第98話  恋愛を知ってもらうために




あの海に遊びに行ってから数日。

俺は夏祭りへ遊びに来ていた。

この町の夏祭りは結構大がかりで、町中が祭りの熱気で盛り上げられるほどだった。

しかしながら、俺は生まれてこの方夏祭りに来たことなど一度もない。

何をどう楽しめばいいのか分からない。




「何をボーッとしてるんだい、彼方?」




夏祭り会場前で考えていると、背後から声がして振り向く。

そこには浴衣姿に着替えた紡、黒羽先輩、美白先輩、桜、桐島、岸のメンバーが立っていた。

こうして浴衣姿の美少女たちが並んでいるのを見ると、海の時とはまた違う圧巻である。




「へぇ···皆、良く似合ってるじゃないか」


「ははっ、ありがとう」


「照れる」


「あらあら、お上手ですね」


「ありがとう、お兄ちゃん」


「えへへっ、褒めてもらっちゃった」


「嬉しいものですね」




各々、恥ずかしそうに言葉を並べる。

だが、紛れもない本心である。




「それで、何を考えていたんだい?」


「あぁ、いや。夏祭りって、どう楽しむものかと思っていてな」




俺の言葉に全員が黙り込んだ。

皆、俺の境遇を知ってこそ気を遣ってくれたのだろうが、何か言ってくれないと困る。

すると、桐島が俺に近付いてきて腕を取った。




「じゃあ、カナくんには私が夏祭りのなんたるかを教えてあげるよ」


「な、何だそれ?」


「つまり、私がいーっぱい楽しいことを教えてあげる」




そう悪戯っ子のように俺の腕を引っ張り、会場に向かって歩く。

俺は引っ張られるがまま、連れて行かれる。




「あっ、桐島さん!ずるいですよ!」


「ボクらを差し置くなんて、そんなことはさせないぞ!」


「独占、反対」


「あらあら、花咲彼方君も人気者ですね」


「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないですよ、お兄ちゃんが···!」




背後から、ぎゃあぎゃあと騒ぐ連中も追いかけてくる。

まったく、いつも騒がしい連中ばかりだ。












その後、俺は桐島と岸と金魚すくいをしたり、桜とわたあめやりんご飴を食べたり、紡とは射的で勝負したり、内空閑姉妹とかた抜きなどをして遊んだ。

夏祭りどころか、友達とこうやって遊ぶことも無かったために、結構嬉しくて幸せだと感じてしまった。

それは良いのだが―――




「ふむ、しまった。ここは、何処だ···?」




完全に迷子になってしまった。

さすが町の一大イベントなだけあって、会場は多くの人で溢れかえっている。

だから、皆とはぐれてしまうのは当たり前といえば当たり前だ。




「仕方ない、ここは皆に連絡を取るか」




懐からスマートフォンを取り出し、連絡先を開く。

そこには以前は紡と内空閑姉妹だけだったのに、連絡先が六名に増えていた。

以前とはまるで違う高揚感に包まれているのを、俺は自覚していた。

昔は紡さえ居てくれればいいと思っていたのに、とんだ心変わりだ。

いや、これが本来の俺なのかもしれない。




「さて、連絡を取るか···」




全員に連絡して、一ヶ所に合流しよう。

そう思っていると、不意に俺の服の裾がくいくいと引っ張られる。

振り返ると、そこには紡と黒羽先輩が立っていた。




「良かった、こんなところに居たんだね」


「探した」


「あぁ、すまん。今、連絡しようとしていたところなんだ」




二人を心配させてしまい、罪悪感に襲われる。

しかし何はともあれ、二人と合流出来たのは安心だ。




「二人共、他の皆と合流しようか」




そう言うも、何故だか二人の様子がおかしいことに気が付いた。

何かあったのだろうかと思っていると、二人は顔を見合せて頷き、そして俺の顔を見た。




「彼方、ちょっといいかな?」


「大事な話がある」


「大事な話?一体何なんだ?」


「いいから、付いてきて」




なにやら重い雰囲気だ。

それほど大事な話なんだろう。

断る理由もないため、俺は大人しく付いていく。

しばらく歩くと、会場の端にある神社の境内へ辿り着いていた。

ここには誰も居なく、祭りの喧騒もこちらまで届かず静かだった。




「ここなら、良いかな?」


「ん、多分」


「何なんだ、二人共?大事な話ってのは?」




何故こんな場所に連れてこられたのだろうと不思議に思っていると、紡と黒羽先輩は覚悟を決めたような真剣な顔で俺を見た。




「彼方、君は感情を取り戻した。それは、ボクも嬉しいよ」


「だけど、あなたには一つだけ不確かな感情がある」


「不確かな感情?」




言われて考える。

俺は感情を取り戻した際、『喜怒哀楽』だけではない色んな感情が芽生えた。

そんな俺に、一つだけ感情が無いということか?それは、一体···?




「君に足りない感情···それは、恋だよ」


「恋?」


「ん、そう。恋愛感情」


「彼方、君はボクらも含めて今まで色んな人と接してきたよね。でも、ボクらには友愛や親愛といった感情は向けてきても、恋愛感情をボクらに抱かなかった。違うかい?」




そう言われ、以前海で美白先輩と交わした言葉を思い出す。

確かに、俺は今まで誰かに好きという感情は向けなかった。

だけど、それは単に嫌いだというわけではなく、その感情が分からなかったからに他ならない。

どうやったら好きになれるかなんて、分からないんだ。




「その顔、図星のようだね」




紡に言い当てられ、何も言い返せない。

すると黒羽先輩が一歩前に出て、少し頬を赤くした顔で見上げてきた。




「だから、天野紡と二人で話した」


「え、えっと、何を···?」


「彼方に、恋愛感情を知ってもらう方法」




そう黒羽先輩が言うと、今度は紡が一歩前に踏み出してきた。

なに?なんなんだ?

何故だか知らないが、二人共顔が真っ赤だ。

さっきまでの真剣な顔から一転、二人の目がとろんとしている。

なんだか逃げたいのに逃げられない状況に、俺はひたすらおろおろするだけだった。

そんな俺に、二人は言う。




「彼方、ボクはもうただの友人として居続けるのは我慢が出来ないんだ。そろそろ、次のステップに進みたい」


「つ、次のステップ?」


「同意。私も、幸せな関係になりたい」


「く、黒羽先輩?幸せな関係とは?」




必死に誤魔化そうとするが、恋愛感情の無い俺にも既に分かっていた。

二人が何を言おうとしているのか。

二人がどんな気持ちを俺に伝えようとしているのか。

だが、それを俺は多分今この場で返すことは出来ない。

恋愛感情が分からないという言い訳を盾に、二人を悲しませたり苦しませたくはない。




「逃げないで、彼方。分かってるから。君が今、返事を出来ないことくらい」


「つ、紡···」


「分かってるからこそ、ボクらの想いで恋愛感情を知ってほしい。それが例え、君を苦しませることになっても。ボクはもう、自分の気持ちに嘘はつきたくないから」


「同感。今すぐ答えを出さなくても良い。ただ私たちの想いを知って、私たちと同じように苦悩して、自分の気持ちを確かめてほしい」


「く、黒羽先輩まで···」




そこまで言われては、もはや逃げることなど不可能だ。

二人は多分、ちゃんと話し合って覚悟を決めてここに居る。

なら、俺も覚悟を決めて二人の話を聞こう。

そうして悩んで苦しんで、答えを見つける。

だって恋愛は、ただ楽しいものだけじゃないのだから。




「分かった、聞かせてくれ」




俺がそう言うと、二人は頷いてどちらからともなく口を開いた。




「彼方。ボク、天野紡は君を愛している。一人の女の子として。だから、どうかボクと付き合ってください」


「私も、彼方が好き。大好き。あなたと、ずっと一緒に居たい。あなたを幸せにしたい。私と、付き合って」




その告白と同時に、空に花火が舞った。






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