第97話  今はまだ友愛のままで




美白先輩をナンパから助けた俺は、新たな問題に出くわしていた。




「あのー、美白先輩」


「あらあら、何です?」


「どうしてもやらなきゃダメですか?」


「どうしても、です」




目の前には、水着の上を外してうつ伏せになっている美白先輩。

そして俺の手には、サンオイル。

そう、俺は美白先輩のお願いだという『身体にサンオイルを塗る』という場面に遭遇していた。これは困った。




「あの、美白さん?別に水着を外す必要は無いのでは?」


「あらあら、何を言っているんですか?隅々まで塗ってもらうには、外すしか無いんですよ?」


「ご、ご自分で塗れば······?もしくは、紡たちにやってもらうとか······」


「自分では背中まで上手く塗れませんし、紡さんたちをこの人混みから探すのは手間です」




ぐうの音も出ない。

だが、果たして俺に出来るのだろうか?

こういうことは初めてだし、自分から女性の肌に触れるのも初だ。

サンオイルを持つ手が緊張で震える。

だが、美白先輩に世話になった以上、何かお礼はしたかった。

出来れば、こんな形でないのが一番好ましかったが仕方がない。




「わ、分かりました···ぬ、濡らせていただきます···」


「あらあら?ふふっ、緊張していますか?」


「そ、そりゃあ···美白先輩は美人ですし、俺が上手くやれるのかも分からないですし···」


「嬉しいことを言ってくれますね。これは、私にも脈ありの可能性が···」





最後のほうは声が小さすぎて、何を言っているか聞こえなかったが、美白先輩の顔が少し赤いのは気になった。




「美白先輩?何か言いましたか?」


「い、いえ。なんでもありません」


「···?なら、良いんですが···」




何はともあれ、塗らなくては終わらない。

俺はサンオイルで両手を濡らすと、美白先輩の傍に寄った。




「で、では···僭越ながら塗らせていただきます、美白先輩」


「ええ、存分に堪能してください」




堪能という言葉は良く分からなかったが、恥ずかしいのでさっさと終えてまた海に戻ろう。

俺は意を決し、美白先輩の背中に触れた。




「あんっ···!だ、大胆ですね···」


「いや、塗れと言ったのは美白先輩では···?」




塗れと命じたのに大胆だと言われるのは、少し理不尽だ。

しかし俺はもう触ってしまったので、腹を括って美白先輩の肌をサンオイルで塗らした手で触っていく。




「んっ···あっ···は、花咲彼方君···なんだか上手ですが、もしかしてご経験が···?」


「いえ、ありませんけど···」


「そ、そうですか···は、初めてですか···わ、私も誰かに肌を触らせるのは初めてなんですよ···あんっ」




恥ずかしそうに、しかし気持ち良さそうに喘ぐ美白先輩。

これ、台詞だけ見たらちょっとやらしいことをしているように聞こえるな。

まあ、実際ちょっとやらしいことをしているのだが···しかし、これはあくまでもサンオイルを塗っているだけである。

平常心、平常心。




「んっ···ふふっ、花咲彼方君も男の子なんですね···手つきがやらしいです。これも、感情が戻った影響でしょうか?」


「どうなんでしょう?感情があるない関わらず、こういうことをすれば、意識してしまうのでは···?」


「へぇ···花咲彼方君は、私に意識しているんですか?」


「···ノーコメントで」


「あらあら、それは残念」





ぶっちゃけ言えば、かなり意識はしていた。

だって美人な人の肌を触っているのだ、意識しないほうがおかしい。

恋愛経験豊富ならまだしも、思春期童貞の俺はピカピカの一年生なのだから。




「ふふっ···ご興味がおありでしたら、違うところも触っていいのですよ?例えば···おっぱいとか、ね?」


「い、いや、それはちょっと···」


「あらあら、残念ですね」




確かに興味はあるが、さすがにやり過ぎだ。

非常に勿体無いが、慎んでお断りさせてもらおう。

そんなこんなで塗っていくと、美白先輩は不意に俺のほうへ顔を向けてきた。




「花咲彼方君、一つ聞きたいことがあるのですが、よろしいですか?」


「はい、何でしょう?」


「花咲彼方君は、今好きな人はいらっしゃいますか?」


「好きな人ですか?そりゃ、皆好きですけど···」




美白先輩だけではなく、紡も黒羽先輩も、桜も桐島も岸も、皆平等に好きだ。




「そういう意味ではありません。あなたのそれは、友達として好きということでしょう?」


「は、はぁ···まあ、そうですね」


「私の言う好きは、恋愛対象として好きかどうかという意味です」




恋愛対象としての好き。

それを聞いて思案する。

確かに皆可愛いし、好きな気持ちはある。

だけど美白先輩の言う通り、それはあくまでも友人として好きという意味だ。

もちろん恋愛感情に発展するかは分からないが、今はそんな気持ちはない。




「残念ながら、美白先輩の言う通りです。俺は友達としては皆好きです。まあ、桜に至っては親愛ですけど。でも、今はまだ恋愛感情が何か良く分からないんです」


「なるほど、『今はまだ』ですか···」


「そりゃあ、皆と居ればドキドキはしますし、安心はしますけど···」


「あらあら、既にそれは分かっていらっしゃるのでは···?」


「はい?どういう意味です?」


「ふふっ、何でもありません」




美白先輩の言葉に疑問を持ったが、それ以上は教えてくれなさそうだった。

俺はサンオイルを塗りながら考える。

俺は今まで感情が壊れていたせいで、誰かを好きになるという気持ちは分からなかった。

しかし感情を取り戻した今は、皆のことは好きだ。それは間違いない。

だけど、恋愛感情って何だろう?

友達の好き、とは何が違うのだろう?

それがただ純粋に分からなかった。

長い年月をかければそれが分かるのか、それともすぐに分かるのか、はたまた一生理解出来ないのか、それは分からない。


そもそも、恋愛なんて必要なのかさえも俺には分からなかった。

皆が俺に対して好意を持ってくれているのは、さすがに分かる。

だが、多分それは俺と同じ友愛や親愛から来るものでは無いのだろうか?




「あぁんっ···は、花咲彼方君···や、やっぱり女の子の胸に興味がおありなのですね?」


「へっ?」




考え事に没頭し過ぎていたため、美白先輩に言われるまで気が付かなかったが、俺はあろうことか美白先輩の胸を触っていた。




「うわぁっ!?す、すみません!わ、わざとじゃないんです!」




まさにテンプレな言い訳をする俺だが、どんな理由があろうと女の子の胸を許可なく触ったのは重罪だ。

まさか、俺が痴漢行為をすることになろうとは思いも寄らなかった。

慌てて謝罪はしたが、普通は許されることではない。

しかし美白先輩は怒るどころか、満面な笑顔を浮かべていた。




「あらあら、もっと触ってくれても良いんですよ?なんなら上だけじゃなく、下のほうも···」




顔を赤くしながらそんなことを言う美白先輩だが、だからと言って喜んで触るほど俺は変態ではない。




「い、いえ、遠慮しておきます···」


「いえいえ、遠慮なさらずに。さあさあ」




なんだかやけにぐいぐい来るが、さすがに恋人でもないのに触るわけにはいかない。

俺はもう既にサンオイルは塗ってしまっていたので、この気まずい雰囲気から脱するためにも去ることを決意する。




「す、すみません!もう塗り終わったので、俺はここで失礼します!」


「あっ、ちょっと···!」




俺は美白先輩のほうへ一瞥もくれず、慌ててこの場を走り去った。

美白先輩の胸を触ってしまったことに激しく後悔したが、やってしまったことは仕方ない。

後日改めて、謝罪しに行こう。

しかし···柔らかかったなぁ。









「あらあら、行ってしまいましたか。案外、ウブなんですね。ふふっ、可愛い人。これは、私にも運が向いてきたということでしょうか···?しかしなんでしょう、触られたところが熱いですね···顔も熱いですし···。不覚にも、ドキドキしてしまいました···」



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