第96話  海にはナンパが付き物




夏といえば、何を想像するだろうか。

確認するまでもない。そう、海だ。

というわけで、俺は海へ来ていた。

もちろん一人ではない。




「あらあら、お待たせしてすみません」


「ごめんね、カナくん。ちょっと混んでて···」


「海開きとはいえ、まさかあんなに人が居るなんて思いませんでした」




俺の前に、既に水着に着替えてきた美白先輩、桐島、岸がそれぞれ謝りながら合流してきた。

美白先輩は大胆な白いビキニ、桐島と岸はフリルの付いた可愛らしい水着を着用している。




「へぇ、三人共似合ってるじゃないか」




素直な感想が口から漏れた。

まるでその人のために作り出されたと言っても過言ではないほど、水着がそれぞれにとても似合っていた。




「あらあら、ふふっ。ありがとうございます」


「あ、ありがとう···」


「て、照れますね···」




俺の褒め言葉に、三人は頬を赤く染める。

その反応をみていると、なんだかこっちまで恥ずかしくなる。

と、急に背後から俺の脇腹がつねられた。




「痛っ···!?」


「お兄ちゃん、デレデレし過ぎ···」


「さ、桜か。痛いんだけど···?」


「デレデレした罰だから」




桜は俺が振り向くと同時に、不機嫌そうに頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いた。

別にデレデレしていた訳じゃないが、桜の目にはそう映っていたらしい。

やれやれ、困った妹だ。

苦笑しつつ、妹の頭を優しく撫でる。




「ふわっ···!?お、お兄ちゃん!?」


「桜もその水着、似合っているよ。兄として、誇り高いな」


「も、もう···そんなこと言っても、許さないんだから···」




そう言いつつも、桜は嬉しそうにはにかんだ。

桜はオーソドックスな水着を選んだようで、桜にぴったりなピンク色の水着がとても良く似合っている。

似合いすぎていて、他の男共がちょっかいを出さないか心配になるほどだ。




「彼方、お待たせ」


「ごめんね、ちょっと着替えるのに時間掛かりすぎたよ」




桜を愛でていると、水着姿に着替えてきた黒羽先輩と紡が同時に現れた。

黒羽先輩は黒いスカート付きの水着で、紡は先日購入した布面積の少ないビキニだった。

どちらも大変良く似合っている。




「綺麗だ···」




つい、うっかりそんな言葉が出てしまった。

だが、もちろんお世辞ではない。

それを分かっている紡と黒羽先輩は、照れくさそうに笑った。




「あははっ、やっぱり照れちゃうね。ありがとう、彼方。これを選んで正解のようだ」


「ん、照れるけど感謝」




さて、これで全員集まった。

端から見ればとんだハーレム野郎だ。

それは否定しない。俺自身驚いている。

だけど、あくまでも皆は大切な友人と家族だ。

決してそんな卑猥な目的で付き合っているわけではない。

だというのに、妙に全員の目がまるで肉食動物のようにギラギラとしているのは何故だろう?




「では皆さん、今は夏休みですが私たちは学生の身です。ちゃんと節度とルールを守って、危険な真似はしないように遊びましょう。まあ、要するに羽目を外し過ぎないように」




美白先輩の生徒会長らしい発言に、全員が素直に頷く。

と同時に、紡が俺の腕を組んできて引っ張る。




「さあ、彼方。早速泳ぎに行こうか」


「ちょっ、紡!?」


「ちょっと紡さん!ズルいですよ!」


「抜け駆け禁止」




紡に引っ張られる俺に、皆が後から付いてくる。

別に俺と一緒に泳ぐ必要は無いのではと思うが、この場面でそれを言えるほど空気が読めないわけではない。

仕方ない、俺も皆と素直に楽しむか。












しばらく泳いだ後、俺は少々疲れたので休憩するために陸へ戻っていた。

何か飲み物が欲しいなと売店を探し歩いていると、俺の視界にある光景が映り込んだ。




「あれは···美白先輩?」




美白先輩が複数の男たちに言い寄られていた。

いわゆる、ナンパだろう。

まあ、無理もない。

美白先輩みたいな美人を放っておく奴は居ないだろう。




「なあなあ、いいじゃん。俺らと遊ぼうぜ?」


「損はさせないよ、きっと楽しいからさ」




なんというテンプレートな誘い文句だ。

それにほいほい付いていく女が居れば、見てみたいものだ。

現に、言い寄られている美白先輩は頬に手を当てて困ったように笑っている。




「あらあら、どうしましょう···あら?」




すると、俺と目が合った。

彼女は俺を見付けると、ニコッとした綺麗な笑顔を俺に向けてこっちに手を振った。




「あらあら。もう、遅いですよ?待ちくたびれました」




目が訴えている。話を合わせろと。

まあ、俺自身助けようとはしていたから、それはやぶさかではない。

演技なんて得意ではないが、ここは芝居をするしかないか。




「すまない、混んでいてな」




俺の登場に、男たちは忌々しそうな顔をした。




「なに、あんた?彼氏?」


「こんなひょろい男じゃなくて、俺らを選ぼうよ、彼女ちゃん」




なんて諦めの悪い男たちだ。

普通彼氏が登場したら、潔く身を引くものじゃないのか?

呆れている俺とは対照的に、何故か美白先輩はニコニコと笑顔を浮かべている。

ただし、威圧感が凄い。迫力のある笑顔だ。

それに気付かない男たちを尻目に、美白先輩は俺に近付くと腕を組んできた。

その豊満な胸をこれでもかというくらいに押し付けながら




「あらあら、ごめんなさい。この人は彼氏ではなくて、私の旦那様です」


「へっ···!?」




美白先輩の一言に、男たちだけじゃなくて俺も驚きを隠せなかった。

しかし男たちはそれを信じたらしく、「人妻かよ」「まあ、あんな美人だし仕方ないか」などと呟きながら退散していく。

それを見届けると、美白先輩は柔らかい笑顔を俺に向けてきた。




「すみません、花咲彼方君。それと助かりました、話を合わせてくれて」


「別に俺は何も···というか美白先輩なら、もっと上手くナンパを回避出来たのでは?」


「いえいえ、ナンパをされたのは初めてですので戸惑っていましたよ。それにしても、ナンパというのは実に不快なものですね。あんな軽い男たちに、誰がほいほい付いていくのでしょうか···」




困ったように、しかし辛辣な言葉を並べる美白先輩。

どうやら思っていた以上に苛々していたようだ。




「しかし美白先輩、さすがに旦那というのは無理があったんじゃ?何故、そんな嘘を?」


「あらあら、すみません。あの人たちの言葉に、少しイラッとしちゃいまして」




もしかして、あの男たちが言ったひょろいと俺を馬鹿にしたことを根に持ってしまったのだろうか?

美白先輩らしくはないが、その気持ちは純粋に嬉しかった。

しかし、それはそれとして―――




「それは良いんですが···美白先輩、そろそろ離れてくれません?」


「あらあら、何故です?」


「いや、胸が当たってますし···」


「もしかして、嫌だったりします?」




ちょっと悲しそうな顔をする美白先輩。

正直に言えば、嫌なわけがない。

俺だって男だ、そんなことをされたら嬉しいに決まっている。

だが、ダイレクトに肌と肌が当たっているので理性が崩壊しそうになるのだ。

それを悟られないよう、もっともらしい意見を美白先輩に向ける。




「いや、そういうわけでは···えっと、こういうのは恋人同士がやることでは?」


「あらあら、良いじゃありませんか。私たち、夫婦ですよ?」


「その設定、まだ生きてたんですか···?」




クスクスとからかうように笑う美白さんに、俺は呆れて言葉を返す。

まあ、別に悪い気はしないが。




「それはそうとあなた、一つお願いがあるんですが···」


「···何でしょう?」




もう突っ込むのは疲れるので諦め、美白先輩の話を聞くことにした。

美白先輩は頬を赤く染めると、腕を組みながら上目遣いで口を開いた。




「私に、サンオイルを塗ってくれませんか?」


「はい···?」


「あらあら、ありがとうございます。それでは行きましょうか、あなた?」




いや、この『はい』は肯定の意味で言った訳じゃないんですけど?

そう反論しようとしたが、美白さんのあまりに素敵な笑顔によって諦めざるを得なかった。

ちょっと恥ずかしいが、いつも世話になっているお礼も兼ねてやらせていただこう。

ただ、あなたはもう勘弁してほしいと胸中で溜め息を吐きながら、俺は美白さんに引っ張られていくのであった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る