第95話  一歩リードするヒロイン




「···俺は、何故こんなところに居るんだ?」




夏休みを迎え、夏本番。

俺は自宅ではなく、ショッピングモールへ足を運んでいた。

それ自体は別に構わないのだが、問題は今俺が居る場所である。




「俺は何故、女性用水着売り場に居るんだ?」




その問いに答える者は居なかった。

どうしてこうなったんだろう?

それは、つい昨日に遡る。








「えっ?買い物に付き合ってくれだと?」




夏休み、机に向かって宿題をしていた俺に、紡がそう言ってきた。




「うん、そうだよ。ちょっと欲しいものがあってね。同行してくれないかな?」


「まあ、いつも世話になってるし、迷惑もかけたからな。それくらいなら別に良いけど···」


「本当かい?二言は無いよね?」


「あ、ああ···そんな念を押さなくても、約束は守るよ」


「えへへっ、ありがとう。じゃあ、明日でいいかな?」


「随分急だな。まあ、用事もないから良いか」




そう紡と約束を交わし、翌日ショッピングモールに紡と二人で訪れた。

それは良いんだが···まさか、買い物が水着だっただなんて誰が想像出来ようか。

女性用水着売り場なためか、周囲の女性客の視線が痛々しく俺に突き刺さる。

それを気にせず、紡はどの水着にするかで悩んでいた。




「ねぇ、彼方。君は、どっちが好みかな?」




そう言って見せてきたのはフリル付きの可愛い水着と、布面積の少ないビキニだった。

ただの水着なのに、なんだか恥ずかしくなって顔を逸らしながら答える。




「ど、どっちも紡に似合うんじゃないか?」


「こら、ちゃんと答えてくれ」




そんなことん言われても困る。

第一、なんで俺に選ばせるのか意味不明だ。

自分が好きなものを選べばいいのに。




「これじゃあ、何のために君を連れてきたのか分からないじゃないか」


「どういう意味だ?」


「はぁ···鈍感も大概にしてくれよ?そんなの、彼方が好きな水着を着たいからに決まっているだろう?」


「ッ―――」




顔を赤く染めながらもはにかむ紡の直球な一言に、俺は顔が熱くなるのを感じる。

そんな俺の異変に気が付いた紡は、ニヤニヤと卑しく笑った。




「おやおやぁ?彼方、顔が真っ赤だけど···照れてるのかい?」


「う、うるさい。こういうのに慣れてないんだ。放っておいてくれ」


「ふふっ、照れてる君も可愛いね」




変な褒め言葉を貰ったが、嬉しくともなんとも無い。




「い、いいから早く選んで出よう」




女性客の痛い視線と紡の恥ずかしい言葉のダブルパンチで、俺の精神は限界に近い。

しかし、紡はそれで許してはくれなかった。




「彼方、私の買い物に付き合うと約束しただろう?君はなんて言ったかな?」


「うっ···や、約束は守る···」


「そうだよね?そう言ったよね?じゃあ、約束は守ってもらわなくちゃ」


「い、いや、そうなんだが···俺が選ぶ必要が無いというか···」


「さあ、どの水着が良いんだい?もしかして、こっちがお好みかな?」




そう言って見せてきたのは、あろうことかマイクロビキニだった。

それを見て、俺は想像してしまった。

マイクロビキニを着る紡の姿を。




「もしかして、ボクの水着姿を想像してる?」


「なっ···!?」


「あははっ、図星?分かりやすいねぇ、君は」


「う、うるさいな···」


「まあまあ、そんなに拗ねないでくれよ」




からかうように言ってくる紡になんとか言い返したくて、俺は意地悪に聞いてみた。




「じゃあ、俺が着てほしいって言ったらその水着を着るのか?」




さすがにそんなマイクロビキニを着るような子じゃないのは、俺も分かっていた。

だから困らせたくて言っただけなのに、紡はそれに動揺することなく笑顔を浮かべた。




「ああ、着るよ。君のためなら、どんな衣装だって着てあげる。制服だろうが、バニーガールだろうが、メイド服だろうが、巫女服だろうが、ボンテージだろうがね」


「待て、変な単語が最後聞こえたぞ?というか、なんでマニアックなものばかり···」


「えっ?男の子は皆、こういうのが好きなんじゃないのかい?」




どこでその情報を知ったのだろう?

それにちょっと偏見が入っている。

まあ、確かに嫌いではないがボンテージは違うと断言しよう。




「分かった、俺の負けだ。お前には、さっきのビキニが似合いそうだよ」


「ふふっ、そうか。やっと観念して正直になったね。それじゃあ、早速試着してくるよ」




俺の言葉に満足したのか、紡は顔を綻ばせながら俺が選んだ水着を持って試着室に向かおうとする。

それを聞いて、俺は焦って彼女の腕を掴んで止めた。




「ちょっ、水着を試着するのか!?」


「何をバカなことを言っているんだい?試着をしないと、似合っているかどうかなんて分からないじゃないか」




そんな当然みたいなことを言われても困る。

一応、俺も男だ。

美少女の水着姿を見てしまったら、興奮してしまうわけで。

紡をそんな性的な目で見たくはない。




「もしかして、私の水着姿を見るとエッチな気分になったりするのかい?」


「うぐっ···さっきからなんなんだ、お前は?エスパーなのか?」


「まさか当たってるとはね···」


「まさかの誘導尋問だっただと!?」




そんなに分かりやすいのだろうか、俺は?

親友である紡を性的に見たくないのは本当だ。

だけど、美少女の水着姿は見てみたい。

そんな理性と欲望が渦巻いて、俺は葛藤に頭を悩ませていた。




「それじゃあ、そんな彼方の期待に応えるために着替えてくるよ」


「ハッ、しまった!」




気が付けば、紡は試着室へ入ってしまっていた。

不覚だ。油断した。

だが、ここで逃げ出すことは出来ない。

そんなみっともないことはしたくないし、約束をやぶるわけにもいかない。

ここは、腹を決めなくては。

服を脱ぐ音が余計に興奮をそそるが、平常心を保つしかない。

大丈夫だ、水着を買いに来たということは紡は試着することも踏まえて水着用のインナーを着ているはず。

つまり、下着の上に水着を着ていると思えば心を乱すことは無い。

平常心、平常心だ。




「彼方、ちゃんとそこに居るかい?」


「ん、ああ···居るよ」




そんなことを思っていると、紡から声が聞こえたので冷静に返事をする。




「じゃあ、今カーテンを開けるから見てくれるかな?感想も欲しいしね」


「ああ···わ、分かった」




妙にドキドキしてくる。

落ち着け、落ち着くんだ。

ただの水着だ、下着じゃないんだから変な目で見るんじゃない。

深呼吸をしながら待っていると、試着室のカーテンが勢い良く開かれて水着姿の紡が姿を現した。




「ッ―――」


「どうかな?似合うかな?」




正直に言えば、かなり似合っている。

おそらく、すれ違う男性がほぼ全員振り向いてしまうこと間違い無しのプロポーションだ。

だが、待ってくれ。

俺の気のせいかもしれないが、良く良く見ればインナーを着用していないように見えるのは気のせいか?




「なぁ、紡···?」


「なんだい?似合っているかな?」


「ああ、似合っている。それは認めよう」


「そうか、それなら良かった」


「だが、その前に聞かせてくれ。お前···その水着の下、着ているのか?」


「うん?着てないよ?」




あぁ、やっぱり。

紡は真っ裸の上に水着を着用していたらしい。

それを聞いて、恥ずかしくなってきた。




「それがどうかしたのかい?」


「い、いや、何でもない。それより、似合っているから早く着替えろ」


「···?分かったよ。ふふっ、似合っていると言ってくれて、ありがとう」




紡は柔らかい笑顔でそう言うと、再びカーテンを締めた。

また裸になっているのだろうか?

···いかんいかん、何を考えてるんだ。

煩悩退散、煩悩退散。




「ふふっ、これで一歩リードかな」




カーテンの向こうでそうボソッと聞こえてきたが、何のことか分からない俺は早く着替えてくれるのをひたすら待つことしか出来なかった。





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