第54話  先手に回れず後手に回る




「彼方···」




ボクは倒れた彼方をベッドに寝かせ、傍で彼の手を握りしめていた。

彼の顔は青白く、まるで黒羽さんのように悪夢に魘されているかのように息も荒い。

彼が体調を崩した原因は分かっている。

下駄箱に入っていた強烈な悪意。

ただ一つ解せないのは、手紙に書いてあった『好き』という言葉。

あれがもし本当の恋愛感情だとすると、悪意との関係に辻褄が合わない。

ただ分かるのは、そいつは彼方にとって、そしてボクたちにとっての敵だ。

黒羽さんの言葉を借りれば、ボクも敵に一切容赦はしない。




「彼方、落ち着いた?」




さっき外に出ていた黒羽さんが戻ってきて、彼方の顔を覗き込むように訊ねてくる。




「いや、今は気絶しているだけだよ。ただ、顔色はあまり良くないね」


「そう」


「それより、そっちのほうはどうだった?」


「ん、一応収拾は付いた」




黒羽さんが美白さんから聞いた話によれば、あの後周囲に箝口令が敷かれたらしいが、やはり警察が来たとのことで妙な噂は立つとのこと。

そしてあの警察の鑑識によると、あの猫の首は本物らしく、殺害されてから間もなく身体を切り裂かれ、彼方の下駄箱に入れられたという見解だったようだ。

ただ、それ以外の手がかりは全く掴めないとのことだった。

ただの悪戯にしては度を越えているが、犯人の用意は周到らしい。

となると、この手紙にも当然指紋といったものは拭き取られているはず。




「つまり、犯人に関しての情報は皆無といったところかい?」


「肯定。打つ手無し」




黒羽さんも防犯カメラの映像を再度チェックしたようだが、やはり下駄箱に猫の首を入れたのは黒いフードを被った女子生徒だったらしい。

その女子は、彼方にねじ曲がった愛情を注ごうとしている。

それだけは、ひしひしと伝わった。




「後手に回っている」




黒羽さんの言う通り、ボクたちは常に後手に回っている。

先手を打つべきだが、現状どの手段を選ぶべきか悩むところだ。

ひとまず美白さんのほうで被害届を警察に提出するらしいが、多分それは焼け石に水、のれんに腕押しだろう。

やはり、ボクたちでどうにかするしかない。




「黒羽さん、ボクは彼方をこの悪意から救いたい。協力してくれるかい?」


「当然。彼方の敵には、容赦しない。ただ、現状打破する手段が無い」




確かにその通り。

学校内の生徒ということしか情報は無いため、しらみ潰しに探していくのは手間も時間も人材も足りない。

犯人は、黒いフードで金髪。それしか特徴は無い。ただ、西川愛莉たちではないことは明白。

それだけで、私たちに対抗しうる手段は無いに等しい。

しかし、だからといって―――




「それでもボクは諦めない。必ず、この悪意に終止符を打つ。必ず彼方を救うんだ」


「同感。彼方は私を救ってくれた。だから、今度は私の番」




ボクたちは、互いに頷いて誓い合う。

とすれば、最低限やれるべきことはしよう。




「黒羽さん、学校の防犯システムってあの部屋のパソコンでしか操作出来ないのかい?」


「否定。あのパソコンさえあれば、何処でも操作は可能」




それは良いことを聞いた。

つまり、ここでパソコンを操作していてもあの防犯システムをチェック出来るということだ。

となれば、打つ手はあるかもしれない。




「なるほど。では、黒羽さん。この部屋で彼方のことを守りつつパソコンで情報収集と監視をお願い出来るかい?」


「任された。あなたはどうするの?」


「ボクは、ちょっと人材を集めて学校内の怪しい生徒をリストアップしようかと思う。つまりは、人海戦術で聞き込み調査だ」


「なるほど、了解した」




本音を言えば、ボクもこの場に残って彼方の面倒を見てあげたい。

だが、そんなことをしていても事態は良くならないし、むしろ悪化する恐れがある。

たった一日であれだけ連鎖的に悪意が続いたのだ、これからもヒートアップする可能性は充分にある。

だから、ここで犯人にとっての抑止力となる対策をしなければならない。

そのためには、ある程度の人物が必要だ。

ただ、黒羽さんにはコミュニケーションが無いため、その役は任せられない。

だから、ボクが行かなくてはならないのだ。




「それじゃあ、行動は明日からにしよう。その準備として、美白さんにパソコンを持ってきてもらおう」


「それは無理。美白は機械が苦手。だから、私が朝一で取りに行く」




なんと、あの完璧超人に見える美白さんにも苦手なことはあったのか。

少し意外で驚きだ。




「分かった。ただ、気を付けてくれ。ボクたちの常識が通じない相手だ。何をしてくるか、分かったものじゃないからね」


「当然、理解している。あなたも気を付けて」


「ははっ、ボクは大丈夫さ」




そうして一日は幕を閉じた。

彼方はあれから寝込んでしまい、風邪のように熱も高くなってしまったためにその日は起きることはなかった。

黒羽さんが医者を呼ぶとは言っていたが、大して役には立たないだろうな。

あれは多分、精神的苦痛によるものだ。

仕方ない、あまり頼りたくはなかったがボクも兄に連絡を取ってみよう。















「というわけで、あなたたちには私に協力してほしいのですが···いいでしょうか?」




翌日、ボクは人手を集めるために幾人かの知り合いに声をかけて生徒会室へ集まってもらっていた。




「もちろんです!カナくんに酷いことをした私ですが、なおのこと私はカナくんを助けたいんです!もう、カナくんが傷付いて弱っていくのを見るのは嫌ですから···!」


「私も、桐島さんと同じ意見です。あの···私が言えた義理ではないですが、その犯人は許せないんです···これが贖罪になろうとは思っていませんが、少しでも彼方君の力になりたい···」


「あーしに任せなさいって!未来の旦那様を傷付けた罪、この妻のあーしが思い知らせてやるし!」


「わ、私たちも同意見です!是非、協力させてください!」




集ったのは、元幼馴染みの桐島彩花、中学時代の友人の岸萌未、彼方の婚約者と言い張るギャルの月ヶ瀬杏珠、彼方に名誉毀損の噂を流した女子生徒数人。そして―――




「私も同じです!お兄ちゃんを傷付けた私が、この場に居るのはおかしいと思うけど···でも!私はお兄ちゃんを助けたい!今度こそ守りたい!お兄ちゃんの妹として認められるように!」




彼方の妹、花咲桜さんまで来ていただいた。

彼女が通っている中学校まで足を運び、事情を話して協力を要請したところ、すんなりとOKを頂いて連れてきたのだ。

彼女だけでなく、この場に居る者たちにも他言無用の上で事情を話している。







「あらあら、それでは私は校長にこの件について話を通しておきますね」


「はい、よろしくお願いします、美白さん」




美白さんには校長先生に声をかけていただき、教師陣が私たちのやるべきことに干渉しないように手配をしていただくサポートに回した。

そうでないと、全校生徒に聞き込み調査をする中で教師が止めに入ってくる可能性も少なからずあるためだ。

それに校長が箝口令を敷いているため、学校側から全校生徒のリストは貰えるとは思えず、満足なサポートは得られないだろう。




「さて、ではあなたたちにはこの犯人の特徴を記した資料をお渡しします。これを使い、全校生徒に聞き込みをして、怪しい生徒が居たらリストアップしてください」




黒いフードの金髪女子生徒。

それしか特徴は無いが、それでも全校生徒から数人はピックアップ出来ると思う。

ボクたちには現状それしか手がないわけだが、やらないよりはマシだ。

怪しい生徒をマークすれば、警戒とあわよくば犯人を取り押さえられるかもしれない。

そんな淡い期待をしつつ、ボクたちは聞き込み調査を開始した。





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