第55話 狂気の犯人を特定
聞き込み開始から一時間ほどで、全校生徒から聴取を終えた全員が生徒会室へ集合していた。
人海戦術とはいえ、こんな短時間で戻ってこれるとは思ってもいなかったので驚きだ。
「さて、皆さん。お疲れ様でした。それでは、私と天野さんでピックアップしますので、皆さんは各自教室へ戻ってください」
美白さんが全員にそう言うと、皆不満そうな顔をしながらも生徒会室を後にして行った。
皆の気持ちは良く分かる。犯人を見付けたいのだろう。
だが、犯人は狂気的な人物。何をするのか、想像の域を出ない以上は彼女たちをこれ以上深く関わらせないほうが賢明だ。
また何か困ったときがあれば、彼女たちの手を借りることにしよう。
「では始めましょうか、天野さん」
「そうだね、美白さん」
ボクと美白さんは集めれた情報を元に、怪しい人物をリストアップするために一人一人の特徴や情報を精査していく。
犯人が次に何を仕出かすか時間との勝負だが、ここで焦って見逃しては駄目だ。
それからまた一時間後、ボクたちはようやく怪しい生徒のリストアップ作業を終了する。
美白さんの手際は早く、あっという間に精査をしていたから助かった。
「さて、天野さん。そろそろ黒羽も作業を終えたところでしょう。早退届を私のほうで出しておきますので、あなたはこのリストを持って帰って、黒羽と情報を共有してくれませんか?」
「分かったよ、こちらは任せて。何か分かれば、私から連絡する」
「お願いしますね」
ボクはお言葉に甘え、リストを手に生徒会室を後にした。
これで、少しでも手がかりが掴めれば良いが···。
「ん、こちらも、情報は整理した」
ボクは家に帰り、早速黒羽さんと情報を共有し始める。
黒羽さんも犯人の情報を再精査したらしい。
ちなみに、彼方はまだ眠っていた。
よほどあの悪意のインパクトが強すぎたのだろう、寝込む気持ちも分かる。
「カメラの精度を上げて、犯人の特徴を逐一調べ上げた」
「さすがだね。これで、このリストと重なる人物が居ればいいけど」
黒羽さんの話によると、映像に映る犯人の特徴を解析ソフトで洗いざらい分析したのだという。
黒いフードの金髪女子生徒というだけでなく、身長、スリーサイズなども映像から計算して算出したというのだから、黒羽さんの能力は本当に高い。
味方で居ると、とても心強い。
「そのリストの特徴と合う人物、今から特定してみる」
ボクからリストを手渡された黒羽さんは、ボクたちがピックアップした怪しい人物のリストと、一人一人照らし合わせていた。
そうして身体的特徴と映像から、ある一人の女子生徒が浮かび上がった。
「···この子か」
リストアップから照らし出されたのは、一人の女子生徒。
名前は、『
初めて聞く名だ。彼方の知り合いか?
だが、彼からそんな子と関わった過去など聞いてはいない。
確かめたいが、無理矢理起こすのはさすがに可哀想だ。
しかし、三年生か。もしかしたら―――
「黒羽さん、この唐木沢ももについて何かご存知かい?」
同じ三年生なら何か知っているのではないかと訪ねるが、黒羽さんは首を横に振った。
「否定。知らない」
「まあ、だよね」
コミュニケーションが苦手な人だ。
交友関係も広くはなさそうだし、むしろ知っているほうが珍しいだろう。
となると、他に頼れるのは美白さんか。
ボクはスマートフォンを取り出し、画面を操作して美白さんに電話をかける。
『はい、美白です』
「ああ、ボクだ。一応、犯人らしき人物は特定出来たから、その子の情報を聞きたくてね。三年生みたいなんだけど···」
『あらあら、三年生ですか。お名前は?』
「唐木沢もも、というらしい」
『唐木沢もも···?まさか、そんなはず···いや、でも可能性はありますか···』
「美白さん?」
美白さんにしては珍しく狼狽しているようだが、どうやら彼女のことを知っているらしい。
さすがは生徒会長。これで情報は掴めそうだ。
「どういった人かな?」
『あの子は、いわゆる優等生ですよ』
美白さんの説明だと、唐木沢ももは学年首席の頭を持つ秀才で、礼儀正しく面倒見も良い性格で友人も多く、教師陣からも信頼を置かれている良き生徒として評判だったらしい。
ただ最近は不登校気味になっているようで、彼女が次に登校した時は黒い髪を金髪に染め上げ、外見ががらりと変わって周囲を驚かせたそうだ。
そして中身も人が変わったように大人しくなり、なにやらぶつぶつと独り言も言うようになっていて不気味だという。
「ふむ、人が変わった···それはいつから?」
『ハッキリとした日にちは分かりませんが、進級を境に豹変したようです。私もあの子と話したことはありませんが、確かに遠目から見ても不気味な姿ですね。まるで、取り憑かれたように···』
「なるほど···彼方との関係性は良く分からないけど、その子の可能性が高いことには変わらない。美白さん、ちょっとお願いがあるんだけど···」
『あらあら、もしかしてその子を見張ってくれと···?』
「ははっ、やはり聡いね。ただ、あなた一人には見張らせない」
実際、この目でその人物を見なくては当たりかどうかの判断も出来ない。
接触出来ないにしろ、遠くから見張っておけば次に犯行を犯した時、現行犯で捕まえることが出来る。
その時、どうして一連の行動を起こしたのか聞きたいところだが、どうも聞く話では精神状態が不安定そうだ。
一人だと何をしてくるか分かったものじゃないから、二人以上で対峙するのが望ましいだろう。
「というわけで、ボクも一緒にその子を見張らせてほしい。どうかな?」
『あらあら、構いませんよ。黒羽の恩人である花咲彼方君のためですからね。ただ、その子が次にいつ登校するか分かりません』
「ふむ···ちなみに、今日は居るかい?」
『いいえ、親御さんから欠席の連絡がきているようですね』
「そうなると、明日来るかもしれないね」
昨日、彼方にあれだけ立て続けに悪意を向けてきた人間だ。
いきなりパッタリと止めることはないだろう。
必ず近いうちに行動を起こす。
その時に取り押さえ、警察に引き渡してしまえば後はどうとでもなる。
今は、一刻も早く彼方を悪意から救わなければならない。
『分かりました。それではもし明日登校してきたら、ご連絡致します。それまであなた方は、休学扱いにさせていただきますね』
「ああ、よろしく頼むよ」
美白さんとの通話を終了し、スマートフォンをポケットに仕舞う。
さて、明日彼女が登校してきて何か彼方に対して行動を起こせば全てが終わる。
それで事件は終了、彼方も学校にいける。
「だけど、何だろう···?何か引っかかるような···」
なんだか釈然としない。漠然とした不安感が拭えない。
本当にこれで果たして終わるのだろうか?
まだ何か嫌な予感がする。気のせいか?
「電話、終わった?」
「黒羽さん···ああ、終わったよ。とりあえず、犯人と思わしき人物の情報も手に入ったから、とりあえず犯人が登校すればボクは行く。黒羽さんは、事が終わるまでここに居て彼方を守ってくれ」
「ん、任された。後、これを貸す」
そう言って黒羽さんがボクに手渡してきたのは、機械のような黒い物体だった。
「まさか、これはスタンガンかい?」
「正解。私の自信作。180万Vの電圧。人間は、一瞬で気絶する」
「おいおい、物騒な防犯グッズだね。心臓が弱い人なら死にそうな威力なんだけど···」
「乙女の必需品。是非活用をおすすめ」
出来れば、あまり活用はしたくない。
間違えれば人を殺しそうなアイテムが乙女の必需品とは、世も常である。
これを使われる犯人が、逆に可哀想に思える。
まあ、ともあれ何かあればいけないので一応は受け取っておこう。
明日、これで決着が付けばいいのだが···。
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