第70話  無力は罪なんかじゃない




「今回は、してやられたね···」




病室の一室にて、ボクは悔し紛れにそう呟く。

ベッドには美白さんが寝ており、その隣に黒羽さんが椅子に座って彼女を看ていた。




「唯一の救いは、美白さんが無事だったということだけか···」




美白さんは下着姿だったため少し体温が失われていたが、大事には至らなかった。

精密検査でも身体や脳には異常が無いとのことで、一安心ではある。




「でも、彼方が行方不明···」




黒羽さんが苦虫を噛み潰したような顔で呟き、ボクも「そうだね」と返すことしか出来ない。

彼方を黒幕にまんまと奪われた。

これは由々しき事態だ。

彼方を最優先で守ろうとしたのにまんまと黒幕に騙されて拐われ、ボクたちはあらゆる意味で彼女に敗けた。

悔しくて悲しくて、自らの無力さを嘆く。




「くそっ、なんてボクは不甲斐ないんだ!」




八つ当たり気味に壁を叩くが、そんなことをしても無意味だ。

黒羽さんもボクと同じ気持ちのようで、ぎゅっと拳を固く握りしめている。

彼方を一刻も早く黒幕から取り戻したい。

だけど、どうしたら良いのか皆目検討も付かない。

警察に被害届と捜索願を提出したが、おそらく結果は乏しいものになるだろう。

なにせボクたちは、黒幕については何も知らないのだから。




「どうしたらいいんだ···」




こうしてる間にも、彼方は黒幕に良いようにされているはずだ。

そう思うと居ても立ってもいられないが、現状ボクたちに成す術はない。

万事休す、というやつか。




「それで良いんですか···?」




不意に、この病室に声が響いた。

ボクでも黒羽さんでも、美白さんが目覚めた訳でもない。

まさしく第三者による声。

ボクと黒羽さんが部屋の入り口に視線を向けると―――




「君は···桜さん?」




そこには、絶縁された彼方の妹さんである桜さんが立っていた。

中学校から帰宅したばかりなのか制服姿で、兄の言葉を守っているのか身だしなみもきちんと整えている。

中学生とは思えないほどすらっとしたルックスで大人っぽく、顔立ちや髪も綺麗に整っていた。




「何故、君がここに···?」


「お兄ちゃんに会おうと思って高校へ行ったら、生徒会全員が病院に居るため欠席だと聞きまして。それで、受付で聞いたらここだと案内されたんです」




桜さんはそう言うと、軽くお辞儀をして中へと入ってきた。

その顔はやはり以前会った時とは比べ物にならないほど大人びていて、兄の彼方に似てとても凛々しい表情をしている。




「ごめんなさい、さっきの会話聞いちゃいました。お兄ちゃんが行方不明なんですよね?」


「ッ―――」




聞かれていたのか。

ならば、もう隠す必要も無い。




「···ああ、そうだよ。すまない、ボクたちが付いていながら、こんな―――」


「本当ですよね。私が言うのもなんですが、お兄ちゃんをあなたたちなんかに任せた私がバカでした」


「えっ···?」




ボクは思わず耳を疑った。

今、この子はなんと言った?




「聞こえませんでしたか?あなたたちのような無能に、お兄ちゃんを任せたのは失敗だったと言っているんですよ、お姉さん方?」


「なっ···」




ボクと黒羽さんは唖然とした。

確かに蔑まれる覚悟はしていたが、彼女はこんなにも冷たい子だっただろうか?

彼方の家で一回程度しか会わなかったが、あの時はもっとおどおどしていて気弱で、笑顔が良く似合う子だったはず。

しかし今の彼女は、まるで汚物を見るような目で私たちを睨み、冷酷な言葉で罵った。




「残念です。お兄ちゃんが家族よりもあなた方のことを優先して選んだというのに、肝心のあなた方がこんな無能だったなんて···お兄ちゃんが可哀想ですよ。本当に軽蔑します」




やれやれと溜め息を吐きながら言う桜さんの態度と言葉に、ボクは思わずカッとなって彼女に近付き胸ぐらを掴む。




「黙って聞いていれば、無能無能と!君にボクたちの何が分かる!?ボクたちは彼方を助けるため、救うために傍に居て努力してきたんだ!絶縁された君に、とやかく言われる筋合いは毛頭無い!」


「ええ、分かりませんね。そりゃ教えてくれないと、あなたたちのことなんて分かりませんよ。ただ、そうやってお兄ちゃんを助ける立場にありながら、助けようとしないあなたたちを無能と言って何が悪いんです?」


「このっ···!」




彼女の言葉で頭に血が昇ってしまい、思わず手を上げそうになるが、すんでのところで思いとどまる。

いけない、桜さんに手を上げようとしてどうするんだ。

そんなことをしても、何にもならない。

ボクはギリッと歯を噛み締めながら、彼女から手を離す。




「あれれ?殴らないんですか?」


「···君を殴ったところで、何も変わりはしないからね」


「そうですか、意外に冷静ですね。じゃあ、代わりに私が殴ります。ごめんなさい」


「は···?」




「何を?」と言う前に、彼女は大きく手を振りかぶってボクの頬をビンタした。




「ッ―――!?」




殴られた箇所が熱く、そして痛い。

ボクは頬を抑えながらキッと桜さんを睨むが、彼女はボクを―――いや、ボクたちを見下すような目で叫んだ。




「あなたたちは本当にバカなんですか!?生徒会が聞いて呆れる!お兄ちゃんが行方不明!?なら、なんで探そうとしないの!?警察には任せられないんでしょ!?自分たちで見付けたいって、あなたたちなら思うはずじゃないの!?」




初めて聞く彼女の怒声と剣幕に、ボクはおもわずたじろいでしまった。

このボクが、年下の女の子の圧に押されたのだ。




「っ···君は、事情を知らないんだ。だから、そんなことが言える。ボクたちだって彼方を助けたいよ!でも、手がかりすら―――」


「本当に無いの!?お兄ちゃんは、勝手に居なくなるような人じゃない!それは、あなたたちも知ってるはず!なのに、あなたちがそれを信じなくてどうするの!?」


「け、けど本当に···」


「うるさい!あなたたちはお兄ちゃんが大切なんでしょ!?私だって、お兄ちゃんが大好き!だから私は、手がかりなんかなくたって一人でも草の根を掻き分けてて探し出すよ!どんなに時間が経っても、必ず!」


「じ、時間を掛けては手遅れに―――」


「そんなこと知ったことじゃない!お兄ちゃんは、何があってもお兄ちゃんだった!私の頭を優しく撫でてくれたお兄ちゃんは、昔のまんまだった!だから、何があってもお兄ちゃんは変わらない!絶対に!」


「桜さん···」


「えぐっ···うっ···うぅ···っ」




言いたいことを言えたのか、桜さんはポロポロと涙を流し始めてしまった。

その熱い気持ちに、ボクは胸を締め付けられる感覚になった。

そうだ、ボクは何を恐れてたんだ。

ここでウダウダ悩んだり後悔するなんて、ボクらしくないじゃないか。


あの日、彼方がボクに言ってくれた言葉を思い出す。


『いいか?無力は罪じゃない。何もしないのが罪だ。確かに勇気が必要なことかもしれない。でもな、後悔に逃げる選択を選ぶな。選択を間違えるな。今、お前は何がしたい?』


彼はボクにそう言ってくれた。

そうだ、後悔に逃げる選択は駄目だ。

ボクが今、何をしたいか。

そんなの決まっているじゃないか。

今も昔も変わらない、ボクは彼方を助ける!

例え彼方に拒絶されようと、それだけは誰にも譲らない。

これは、ボク自身の決意だから!




「ごめんね、桜さん」




ボクは謝りながら、泣いている桜さんの頭を優しく撫でる。




「ふぇ···?」


「ボクは、思い違いをしていたようだ。そうだよ、親友のボクが彼方から逃げてどうするんだ。諦めて何になる。まだ、何も終わってはいない。いや、終わらせはしない!例え手遅れだろうと探し出す!君の言う通り、何があっても彼方は彼方なんだから!」


「うん···うん、そうだよ!」




ボクの回答に満足がいったのか、桜さんは泣きながらぱぁっと笑顔になった。

そうだ、ここで終わらせてなるものか。

黒幕に好きにさせてなるものか。

どんな手を使ってでも黒幕に報復し、必ず彼方を見付け出してやる。




「まるで青春だね、熱い熱い」




気が付けば黒羽さんも、やる気に満ち溢れた顔になってこちらを見ていた。

ボクと同じように、黒羽さんもまた彼女の言葉に感化されたらしい。

本当に、花咲兄妹には諭されて支えられてばかりだ。頭が上がらないよ、まったく。




「ふふっ···あらあら、その子は花咲彼方君とは違い、熱血キャラのようですね」


「美白さん!?」




いつの間に意識を取り戻したのか、美白さんも上半身を起こしてクスクスと笑っていた。

喜ばしいはずなのだが、あまりに普通すぎて逆に唖然としてしまう。




「美白、頭、大丈夫?ナース、呼ぶ?」


「あらあら。その言い方だと、まるで私がおバカさんに聞こえてしまいますが。それに、ナースは今は呼ばなくて大丈夫です。何ともありません、ご心配おかけしました」


「もしかして、最初から起きてた?」


「いえいえ、桜ちゃんの熱い言葉で起こされただけですよ」


「えぇっ!?あ、あの、ごめんなさい!天野さんも、殴っちゃってごめんなさい!」




美白さんのちょっと意地悪な言葉に桜さんは慌て、おろおろと美白さんとボクに頭をペコペコ下げてきた。

まったく、さっきの威勢は何処へやら。




「ですが、桜ちゃんのおかげで俄然やる気が出ましたでしょう?黒羽?天野さん?」


「当然。舐めてもらっては困る」


「うん、もうボクは諦めないよ」


「それでは、早速ですが作戦会議です。花咲彼方君を救うために、ね?」


「わ、私もお手伝いします!」




美白さんの提案に黒羽さんとボクは頷いて返し、桜さんも両手を握りしめてやる気を見せていた。

そうだ、ボクたちはまだ諦めない。

必ず、黒幕の正体を暴いた上でボクが受けた頬の痛みを何倍にしてお見舞いしてやる。

だからもう少しだけ待ってて、彼方。

必ず、迎えに行くから···!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る