愛する人を探すために
第71話 疑心暗鬼の中で見付けた疑惑
「さて、それでは花咲彼方君救出作戦会議をらこの病室で開始したいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「うん」
「当然」
「は、はい!」
病室のベッドで上半身起こした状態の美白さんが、ボクたちを見渡しながら言った。
あれだけの身に遭っておきながら、相変わらず笑顔を見せるとはタフネスな生徒会長だ。
なお、この病室に居るのは先程頷いて返したボクと黒羽さん、桜さんだけではない。
「はい!」
「もちろんです」
「オッケーだし」
事情を話して駆けつけてきた桐島彩花、岸萌未、月ヶ瀬杏珠もこの場に集結していた。
彼女らはまだ入院中ではあるもののだいぶ怪我は癒えたらしく、病院内なら自由に歩き回れるとのこと。
彼女らにも何か出来ることはあるのではないかと思い、ボクが声をかけてきた訳だが、皆一様に即答で集まっていた。
彼方を助けるための同志が、美白さんを含めて七名。
三人寄れば文殊の知恵とは良く言うが、これだけ居れば何かしらのアイデアは出てくるだろう。
「さて、皆さんもご理解しているとは思いますが、事態は一刻の猶予もありません」
「同意。早く彼方を救出する必要がある」
内空閑姉妹の言う通りだが、現状思い付く有効な手段が検討も付かない。
全員がその手段を悩んでいると、不意に桐島彩花が挙手をした。
「あの、少しいいですか?」
「あらあら、桐島さん?どうぞ、どのような意見でも構いません。今はブレーンストーミング法の会議なのですから、何かあれば仰ってください」
「ブレーンストーミング?」
ボクの隣に座る桜さんが首を傾げて呟いた。
あぁ、そうか。そういえば、彼女はまだ中学三年生だった。
なら、『ブレーンストーミング』が何なのかは知らないのも無理はない。
ボクは桜さんの耳元で、そっと囁く。
「ブレーンストーミングというのはね、簡単に言えば否定しない意見交換さ。誰にでも発言が出来、あらゆる意見を言うことに対して、誰も否定してはいけないことを意味するんだよ」
「な、なるほど、そっかぁ。ありがとうございます、天野さん!」
「紡でいいよ、桜さん」
ボクの言ったことを理解し、ポンと手を叩いて納得してくれた桜さん。
こんな状況だというのに、なんだか和む。
「ありがとうございます。じゃあ、美白さんにお尋ねしますね?」
ヒソヒソと話すボクたちを尻目に、桐島彩花が美白さんに向かって問いかけた。
「あなたは、本当にその時のことを思い出せないんですか?例えば洗脳をした犯人の顔や、洗脳中にカナくんが連れて行かれたことも?」
「···ええ、残念ですが何も。私もその話を聞かされた時は、まさに寝耳に水でした。この私が洗脳されていたなんて、一生の不覚です」
「それは仕方ない。黒幕の洗脳は、きっと普通じゃない」
珍しく悔しげな表情を見せる美白さんに、黒羽さんが慰めの言葉をかけて励ます。
そうだ、確かに黒幕は普通じゃない。
今まで彼女がしてきた行為を考えれば、当然と言えば当然かもしれない。
彼女は異常だ。常識の範疇では無い。
「それなら、洗脳される直前のこともですか?」
「···それは、覚えています。確か、黒幕が『あたし』という一人称を使ったということで、花咲彼方君の周りで該当する人物が居ないかを調査しようと···」
その話は、黒羽さんから聞いた。
うっかりかどうかは知らないが、桐島彩花たちを襲った黒幕と思わしき犯人が漏らしたとされる一人称。
それを聞き、ボクには心当たりがあった。
『あたし』の一人称を使う彼方の知り合い。
ボクは、横目に彼女を見る。
『月ヶ瀬杏珠』。
いつだったか、ボクがゲームセンターで彼女と話していた時、彼女は確かに『あたし』と素の自分を出していたことを思い出す。
「·········」
ボクは思考を巡らせた。
ボクの中で一番怪しく可能性が高いのは、言うまでもなく月ヶ瀬杏珠だ。
あの時彼女が見せた、狂気に似た瞳と嗤い。
あの笑顔は、普通じゃないと感じていた。
しかし、彼女が黒幕だとすると色々無理があるし辻褄も合わない。
なにせ同じように月ヶ瀬杏珠を怪しいと踏んでいたらしい美白さんは、彼女が入院しているこの病院で黒幕と話していたからだ。
この病院は公衆電話以外、携帯電話の使用は禁止されている。
しかも、傍には校長先生も居たらしい。
彼女の目を盗み、通話をするなど出来るはずがない。
さらに彼方が連れ去られた時も、月ヶ瀬杏珠を含むあの事件の被害者たちは全員、この病院で入院生活を余儀なくされていた。
患者が外に出ることは、基本的には許されてはいない。
だから、ボクの思い過ごしなのかもしれない。
······いや、果たしてそうか?
大事なことを見落としていないか?
「調査で『あたし』という一人称を使う人物は、彼の周りには居ませんでした」
「そうですか、残念です」
「次、私が意見してもよろしいですか?」
「あらあら、岸さん。構いませんよ」
考え込むボクをよそに、桐島彩花が美白さんの結果を聞き項垂れ、岸萌未が色々と美白さんに意見を出しているが、そんなことを聞く余裕はボクには無かった。
考えろ、脳を柔軟させろ!
そうだ、大事なことを忘れている。
黒幕は、洗脳が使える。
もしボクの想像通りなら、やはり怪しいのは月ヶ瀬杏珠だ。
しかし、証拠が無ければ彼女を捕まえることも彼方の居場所を吐き出させることも出来ない。
そもそも本当に黒幕が彼女だとしたら、今彼方を捕らえている奴は一体誰なんだ?
くそっ、ダメだ。考えが振り出しに戻る。
疑心暗鬼になり過ぎて、頭がどうにかなりそうだ。
「―――さん、――――紡さん!」
「ッ―――!」
自分の推理に没頭していたためか、声をかけられていたのに気が付かずハッと我に返る。
隣を見ると、桜さんが不安そうな顔をしながらボクの袖を引っ張っていた。
「ご、ごめん···何かな?」
「ううん、ちょっと怖い顔して悩んでるように見えたから···」
「そっか、心配かけてごめんね?」
「ふぁっ···!」
ボクはお詫びの意味も兼ね、桜さんの頭を優しく撫でる。
くすぐったそうにしている桜さんだが、嫌な顔はせず受け入れていた。
彼女のおかげで、血が昇ってしまった頭を冷静にすることが出来そうだ。
そうだ、ボク一人で悩んでいてどうする。
だが、万が一にも彼方に危険が及ぶ可能性があるので、ここで彼女を問い詰めるような愚かな真似はしない。
なら、ボクが打つべき手は―――
「美白さん、ちょっといいかな?」
「はい、天野さん。何でしょうか?」
美白さんがボクに顔を向ける。
「こんな状況なのに申し訳無いが、少しお腹が空いてしまってね。確か、この病院には食堂があるだろう?」
「あらあら、それは大変ですね。お腹が空いては戦も出来ないでしょうし、どうぞ」
「そうか。では遠慮なく。だけど一人で食べるのはつまらないし、ちょっと黒羽さんと桜さんをお借りしていいかな?」
「私?何故?」
「わ、私もですか?」
ボクの意図を理解してもらうため、敢えて言葉の中に含みを持たせて言った。
これで、彼女に伝わればいいんだが···。
いや、きっと伝わるはずだ。
「!···なるほど、分かりました。確かにそうですね、一人で食べるご飯は味気無いでしょう。黒羽、桜ちゃん、お願い出来ますか?こちらは、私たちで話し合いますので」
美白さんが二人ではなく、チラッと一瞬だけボクのほうに視線を向けた。
その目を見て安堵する。
良かった、どうやら伝わったようだ。
「ありがとう。二人とも、ボクに付き合ってもらってもいいかい?」
「む···仕方ない」
「わ、分かりました···」
二人はボクの意図が分かっていないのか、困惑気味にはなっているが頷いて返してくれた。
当然だ、勘が鋭い美白さんにだけ分かるように言ったのだから。
「では行こうか。では、少し失礼するよ」
ボクは二人を引き連れ、病室の外へ向かって歩き出す。
「あらあら、そうそう」
その途中、美白さんが思い出したかのように手を叩きながら口を開いたため、ボクは首を横に回して美白さんを見た。
「ここの食堂はご飯が出来るのが少し遅いようなので、慌てずゆっくりと堪能してきてください」
「···分かった、ありがとう」
その言葉はただの気遣いだろうと皆は思っているだろうが、ボクには美白さんの真意が読めた。
さすがは美白さん、巧みな話術だ。
本音と建前を一緒にして話すとは、ボクよりも言葉の誤魔化し方が上手い。
なんにせよ、これでボクの狙いは果たされることになる。
ボクは思わずクスッと笑うと、未だ混乱している二人を連れて食堂へ向かった。
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