第69話 全ては黒幕の掌の上
「···彼方···」
彼方が外へ飛び出してから、ボクたちは微動だに出来ずに立ち尽くしていた。
あんな冷たい眼差しは、初めて見る。
桐島彩花や岸萌未、家族に向けた侮蔑の眼差しではない。愛想を尽かしたというレベルの目という感じでもない。
『無関心』。好きの反対と言われる言葉。
だからボクたちはショックを受け、彼方の後を追うことが出来ずに居た。
「···あんな目、初めて見た」
黒羽さんがボクと同じ感想を漏らす。
彼は、ボクたちを見限った。
信用出来ない、嘘つきとされた。
だから、自然と涙が出る。
分かっている、これはボクたちの失態だ。
あまりに彼を大事にしようとし過ぎた結果、ボクたちは彼の行動を狭めてしまった。
彼を守りたいが一心で、彼がしたいことを聞き入れずに却下してしまった。
くそっ、ボクたちは言葉を間違えた。選択肢を間違えてしまった。
「けど、やはりボクは彼方を守りたい。例え、彼に二度と信用されなくても!」
「···同意。私も二人を助けたい」
ボクたちは互いに頷く。
そうだ、彼方に拒絶されようが嫌われようが、ボクはボクの出来ることをする。
だって、まだ恩返しはしていないのだから。
好きな人を守る。そう誓ったじゃないか。
「黒羽さん、彼方を追いかけよう!」
「当然」
ボクたちは揃って、外へ駆け出した。
目指すは、アイコンが指し示す場所。
確かここは、廃工事だと記憶している。
明らかな罠が待っている。それでも構わないと、彼方は向かった。
だが、ボクたちも行かない道理は無い。
こうしている間にも、彼方や美白さんが危険な目に遭っているのかもしれないのだから。
「···駄目、やはり繋がらない」
黒羽さんは彼方に電話をかけていたらしいが、やはり出ないみたいだ。
ボクもかけたが、結果は同じ。
わざと出ないのか、出られない状況にあるのかは分からない。
嫌な予感がしてならない。
「黒羽さん、ストップ!」
「···?」
ボクたちは廃工場の手前で、警察や救急車が去っていくのが見えた。
こんな場所で、こんなタイミングで彼らが来ることは通常有り得ない。
まさか、彼方や美白さんが運ばれた?
嫌な予感は、さらに加速する。
「まさか···」
「疑問は後。今は、やるべきことをする」
「···そうだね、ありがとう。危うく取り乱すところだった」
黒羽さんの言葉で落ち着きを取り戻し、ふぅと小さく息を吐いて冷静になる。
彼方らが運ばれた可能性は否めないが、それでも慌ててはいけない。
焦っては事態を把握し切れないどころか、大事なことに気が付かなくなる。
「黒羽さん、ここは手分けしよう。もし、この先罠があったら、二人まとめてやられる可能性がある。だからボクは、病院に向かって運ばれたのが彼方たちなのかを確認しようと思う」
「ん、了解。私は廃工場の中へ向かう」
「一人で大丈夫かい?」
「問題無い。これがある」
そう言うと、黒羽さんは手製のスタンガンを取り出した。
あぁ、確か人間なら一瞬で気絶させることが出来るんだっけ?
ボクが唐木沢ももに対して使ったため、威力は嫌というほど理解している。
「そうだね、それがあれば安心だ。だけど、絶対に油断しないでくれ」
「言われなくても理解済み。あなたこそ、気を付けて」
ボクたちは再び頷き合うと、互いの武運を祈って別れた。
運ばれたのが彼方たちではないと信じつつ。
――――――――――――――――――――
「···さて、いざ行かん」
私は気を引き締め、廃工場の中へ入った。
誰が居るかも分からない。もしかしたら、彼方たちだけでなく、黒幕が居る可能性もある。
充分に気を付けなければと、逸る気持ちを抑えつつゆっくりと歩を進める。
中は薄暗く、確かに何があるか分かったものではない。
だが、彼方たちはここに居る。もしくは、居たかもしれない。
その可能性が僅かでもある限り、逃げることは出来ない。
「ここは···」
特に罠も無く、私は奥の一室へと辿り着く。
おそるおそる中へ入ると、美白が下着姿で倒れているのを発見した。
「美白···!」
周りを確認しつつ駆け寄り、無事かどうかを調べるために身体を触る。
その身体は下着だったためか若干冷えてはいたものの、呼吸は正常で顔色も悪くはない。
どうやら無事らしい。
安堵し、ホッと胸を撫で下ろす。
そして私は救急車をすぐに手配し、辺りを見渡した。
部屋の中は特に何もなく、美白が拘束されていたと思われる椅子やロープなどが散乱している。
これは、れっきとした誘拐だ。
警察にも連絡しておく必要がある。
しかし、私にはそれ以上に疑問に思うことがあった。
「···彼方は、何処?」
狭い部屋の中で、彼方の姿が何処にも無い。
まさか、さっきの警察と救急車は···いや、それは無い。
あれに彼方が運ばれたなら、美白も運ばない訳にはいかない。
このロープが解けた状況から察するに、彼方は間違いなくここに来て美白を助けたはず。
ならば、その肝心の本人は何処に···?
「くっ···私のバカ···そんなの、分かりきったことなのに···」
ギリッと奥歯を噛み締める。
そうだ、そんなの考えなくても分かること。
彼方は、黒幕に連れ去られた。
これが一番考えられる可能性で、彼方がここに居ないことを説明出来る結果。
つまり、美白は彼方を誘き出すためのエサでしかなかった。
やはり、これは彼方に対する罠だったのだ。
「どうすれば···」
黒幕によって彼方が連れ去られたとなれば、私たちが見付けることは困難だ。
なにせ、手がかりが何一つ無い。
そのため、警察に捜索願いを提出しても状況は一向に良くならない。
こうしている間にも、彼方に危険が迫っているのだから。
こうなることなら、彼方の服にでもGPSでも取り付けるべきだったと猛省するが、時既に遅し。
何か、何か手はないのか···?
「···ん?」
ふと視界を動かしていると、部屋の端に転がっている物体を発見した。
「あれは···」
近寄ってみると、そこに置かれたのは一台のスマートフォンだった。
この機種は覚えている。彼のものだ。
「まさか···!」
私は慌ててそれを手に取るが、液晶画面はひび割れていて電源ボタンを押してもうんともすんとも反応しない。
「何故、彼方のスマートフォンがここに?」
いや、考えなくても分かった。
きっとこれは、犯人が壊して捨てたものだ。
おそらく何らかの手がかりを掴ませまいと、犯人が壊したのだろう。
彼方のスマートフォンにGPSが仕込まれていたら、発見されてしまうのではと危惧したのか。あるいは、別の理由で捨てたのか。
どちらにしろ、これは大きな手がかりだ。
「ん···?」
と、そこへ私のスマートフォンが震えた。
一応マナーモードにしていたため、バイブレーション機能が通知を知らせたのだろう。
ポケットから取り出して確認すると、天野紡から電話がかかっていた。
通話ボタンをタップし、スマートフォンを耳に当てる。
「もしもし?」
『もしもし?良かった、無事だったかい?』
「当然。私を甘く見ないで」
『別にそういう訳じゃないけど···まあ、いいさ。とりあえず、落ち着いて聞いてくれ』
なんだか切迫したような声だ。
もしかして、もう病院に着いたのだろうか?
それにしても、落ち着いて聞けとは何事だ?
「···何かあった?」
息を飲み、彼女に問いかける。
『こちらはタクシーを拾ってついさっき病院に着いた訳だが、看護師に話を聞けば運ばれのは、
「え···?」
一瞬、思考が止まった。
宮風朱葉。
宮風青児の元妻であり、私たちを産み落としたにも関わらず、夫の暴力に耐えきれず私たちを捨てて逃げた実の母親。
何故、彼女が廃工場から運ばれた···?いや、そもそも彼女はどうしてここに居た?
理解が追い付かない、どうにかなりそうだ。
『彼女は誰かに襲われたようで、今集中治療室で意識不明の重体だ。ボクも訳が分からないよ、何故彼女が運ばれたのかさえ···』
「·········」
愕然とした。目の前が真っ暗になった。
宮風朱葉に対してショックを受けているのではない。
私たちを捨てた親など、心底どうでもいい。
それよりも何よりも―――
「全て、黒幕の作戦だった···?」
そう、私がショックを受けたのはそこだ。
おそらく廃工場に居た警察と救急車は、美白を発見した彼方が呼んだものだ。
だが、美白がここに居て宮風朱葉が運ばれたということは、宮風朱葉は黒幕が用意した変わり身。つまりは、警察や救急車を中に入れさせないためのダミーだろう。
そう考えれば、全てに辻褄は合う。
つまりは、全て黒幕の掌の上だった。
「···彼方···」
私は愛しい人の名前を呼び、涙を流す。
自身の浅慮と愚行に、後悔の念を抱きながら。
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