第68話 希望が潰える時
「さてさて、お次は何が聞きたいかな?君のためたら、何でも答えてあげる」
「···じゃあ、お前の正体を教えろ」
「あはっ、ざぁーんねん!今は、教えるわけにはいかないなぁ」
何でも答えてあげると言ったのに、酷い裏切り行為だ。
だが、『今は』と言った。
ということは、少なからず自分の正体を遅からず明かすつもりではあるのだろう。
となると、次に聞きたいことは―――
「俺たちをどうする気だ?」
「···というと?」
「今まで慎重に隠れていたのにこのタイミングで俺たちの前に姿を現したのには、何か理由があるんだろう?」
「···何故、そう思うのかな?」
「俺が来た時点で、美白先輩を襲うという目的は瓦解したはずだ。警察や救急車も手配されるということは、お前なら理解していると思うのだが···?」
「·········」
「だというのに、俺の前に姿を見せた理由。何かあるんじゃないのか?」
「·········」
「例えば、隠れる必要が無くなった。つまり目的は既に達成、もしくは達成される直前にあるから、とか···」
「·········」
「沈黙は肯定と受け取るぞ?」
そう言うと、少女はくつくつと嗤い始め、次第にその声を大きく上げた。
「キャッハハハハハハハハハハァッ!あぁ、もう最高!素敵!ファンタスティック!いいよ!凄くいい!まさか、自分でその結論に至っちゃうなんてね!」
くるくると回り、気分が良いとばかりに大きな声を上げて喜ぶ少女。
結論に至るも何も、少し考えれば分かることなのだが、少女にとってはそれが何よりも嬉しいことなのかもしれない。
少女は一通り回った後、ニヤッと口元を歪めながら俺のほうを向いた。
「その通りだよ、ダーリン。私の目的は、もう既に達成されたも同然なの」
「···理解が及ばないな。俺の心はまだ、完全には壊れていないが?」
この少女の目的は、俺の心を壊して自分好みの色に染め上げて俺に愛されることだったはず。
既に目的は達成されたという少女の言葉には、矛盾が発生している。
この矛盾が解消される答えとは、つまり―――
「しらばっくれても無駄だよ?君なら、もう分かってるんでしょう?私が君の前に現れた理由、それが何よりも如実に物語ってるじゃない」
「···やはり、そういうことか」
彼女は、俺たちをみすみす逃がすつもりは無いようだ。
それはそうだろう、何せ目的である俺が彼女の前に居るのだから。
それよりも、俺の推測は当たっているようだ。
「ここで、俺の心を壊すつもりだな?」
「あはっ、せぇーいかいっ!良く出来ました、パチパチ!」
やはり、そうか。
彼女が目の前に現れた時点で、そんな予感はしていた。
だが、そうだとすると疑問が残る。
「どうやって俺の心を壊すつもりだ?」
「んー?気になる?」
「当たり前だ。まさかとは思うが、美白先輩に何かするつもりか?残念だが、彼女には指一本触れさせない」
「ふむふむ」
「何より、もうすぐ警察や救急車が来るはず。そうなれば、お前の目論みは崩れ去る。その短時間で、俺をどうこう出来るとは思えない」
「なるほどなるほど」
俺の言葉に、少女は腕を組んで首を縦に振りながら反応を返す。
そうだ、もうそろそろ警察や救急車が到着するはず。
そうなればこちらの優勢なのだが、腑に落ちないのは何故だ?
おそらくそう思ったのは、彼女の反応がさっきとまるで変わらないからだろう。
それを証明するように、少女は未だに口元を歪ませていた。
「ふふっ···果たして、君のシナリオ通りになるかな?」
「···どういう意味だ?」
「それじゃあ、愛するダーリンに二つ良いことを教えてあげる。あぁ、違うかな。絶望を二つという言い回しにしたほうがいいね」
少女はコツコツと距離を詰めながら、人差し指を立てる。
絶望を二つ、だと···?
「まず一つ、ダーリンが望んでいる警察、救急はこの工場には入ってこないよ」
「···は?どういう、意味だ···?」
「理由は簡単。私の右腕が時間を稼いでるから。私の命令で、その女のダミーとなる人物を襲わせ、工場前の道端に放置させたの。君さ、この工場の名前しか伝えてないでしょ?だから警察や救急車は、その人物が被害に遭ったと勘違いをして事態の収拾を図る。分かりやすく言えば、その子じゃなくて別の子を保護しちゃうってこと。ドゥーユーアンダースタン?」
「な、に···?」
バカな、そんな話があるのか?
いや、いくらなんでもその話には無理がある。
俺が警察や救急車を呼んだのは、ついさっきのことだ。
にも関わらず、ダミーの人物を用意しているのは用意周到過ぎる。
まさか、こいつが俺の行うことを予測した上で用意していたというのか?
そのために、美白先輩を利用したとも考えれる。
それに彼女の言っている言葉が本当だとするなら、その右腕という人物はさっきまでここに居た、もしくは現在進行形で居ることになる。
まさか、少女に協力者が居たなんて···これは、明らかに俺の失態だ。
彼女一人が裏で行動していたとばかり考え、その可能性をまるで思い付かなかった。
多分、俺は焦っていたんだろう。
天野紡と内空閑黒羽に頼られなかったことで信じられなくなり、美白先輩がこうして被害に遭ったことで冷静な判断が出来なくなっている。
くそっ、もっと視野を広げるべきだった。
「まあ、信じる信じないはダーリンの勝手だけど、私は嘘は言ってないからね」
嘘じゃないとすると、本当に警察や救急車はこの場には来ない。
だとしたら、俺が美白先輩を守るしかないじゃないか。
「そして、もう一つの絶望をお知らせしまー すっ」
そう言うと、少女は指をパチンと鳴らした。
何かの合図か?
そう思った矢先、俺は後ろに強い衝撃を与えられて床に倒れ込んだ。
「ぐあっ···!?」
一体、何が起きた!?誰に押された!?
いや、考えるまでもない。
俺の後ろには、一人しか居なかったじゃないか。
「美白先輩!?あぐっ···!」
驚いているうちに、目が覚めた美白先輩に馬乗りにされて腕の間接を極められてしまう。
美白先輩が起きたことを喜ぶより、嫌な予感が脳裏に浮かぶ。
それを裏付けるかのように、美白先輩の瞳に光が無く、無表情な顔をしている。
「まさか、美白先輩···!」
「あはっ、せぇーいかいっ!そう、その子も私が洗脳しちゃった!あ、でも安心して?この子には君を捕らえろとしか命令してないから、多分そのうち解けるよ」
そんなことは心配していないが、やはり彼女も少女の手に堕ちてしまっていた。
あんなにいつも笑顔を浮かべていた美白先輩が、今では操り人形のように無表情だ。
その顔に、思わずゾッとする。
「先輩!俺です、花咲彼方です!目を覚ましてください!」
「·········」
必死に呼び掛けるも、反応は一切無く俺の間接を極め続けている。
下手に動くと、骨折してしまいそうだ。
だから抵抗することなく、美白先輩に声をかけて目を覚ましてもらおうとするが、彼女の表情は動くことは無かった。
「あはっ、無駄だよ?すぐ解ける代わりに、強い催眠をかけたからね。ちょっとやそっとじゃ解けない」
「強い催眠だと···!?」
「そう、彼女の意思が固くてね。催眠をかけるのに戸惑っちゃったくらいだよ。だから、催眠もすぐに解けちゃう。一応は安心したかな?」
本当に何者なんだ、こいつは?
催眠なんて、そんな多人数にかけられるものなのか?
だが、今の状況が全てを物語っている。
少女は俺に近寄ると、俺のポケットからスマートフォンを取り出した。
「あはっ、やっぱり!録音機能がオンになってる。本当に君は抜け目無いね?」
「くそっ···!」
証拠となり得るかもしれないと彼女の隙を伺って、陰でスマートフォンを操作していたのだが、彼女には全て露見されていたようだ。
少女は俺のスマートフォンを足で壊し、ぐいっと俺の顎を掴んできた。
こんな至近距離でも、彼女の素顔が確認出来ない。
ただフードから覗かせる金髪がたらりと垂れ、俺の頬に当たる。
「ふふっ、絶望した?したよね?見なくても分かるよ?だって、君の希望が潰されちゃったんだもんね!」
「くっ···」
「安心して?私は君を手に入れたら、他には何にも要らないの。だから、その女もちゃんと後で解放してあげる」
そう言うと少女はフードを少し上げ、その瞳を始めて見せた。
その瞳には、見覚えがあった。
「まさか、そんな···お前は···!」
「あはっ、良い子だから大人しく寝ててね?」
「がっ···!?」
瞬間、俺の首に強い衝撃が走り、意識が途絶え始める。
くそっ···まずい、なんとかして···手がかりを―――いや、もう良いか。
俺が居なくなれば···もう、誰にも迷惑がかからなくなる。
美白先輩が無事なら、それでいい。
「ふふっ、ゆっくりおやすみ、ダーリン」
ああ···もう、楽になりたい、疲れたよ···。
もはやこの世には俺が居座る場所は無い。
なら、ゆっくり休むのも悪くはない。
そう思い、俺は意識を手放した。
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