第67話  狂気の真実




今、こいつは何と言った?

『俺が小学生の頃から、ずっと悪意を向けてきた』?

あまりに唐突で理解不能な言葉に、俺は思わず耳を疑った。




「あれれ?訳が分からないって顔してるね?」


「ッ―――」




見透かされてしまい、嫌な汗が額を流れる。

そんな俺に対し、少女はさも満足そうに声を出して嗤った。




「あはっ!いいね、その表情!とっても素敵だよ、ダーリン」


「···どういう意味だ?」


「ん?どうも何も、そのままの意味だよ?」




少女はくるりと回り、フードから僅かに覗かせる口元を歪めた。




「考えたことはないの?どうして自分だけが立て続けに悪意に巻き込まれ続けるのか、ってさ」


「·········」


「小学生、中学生の事件、そして西川愛莉による嫌がらせ。あれってさ、本当に偶然だったりするのかな?」


「まさか···」




俺の予感がさぞ嬉しかったのだろう、その場でぴょんぴょんと跳ねながらご満悦に語る少女。

その態度で、俺は彼女が言っていた意味を嫌でも理解してしまう。

こいつは···こいつは···!




「一つ一つ解説しなくちゃ分からない?なら、教えてあげる。まず、小学生のリコーダー紛失事件!覚えてるよね?」


「···ああ」




忘れたくても忘れられない。

リコーダー紛失事件。

幼馴染みの桐島彩花と不仲の子のリコーダーが盗まれ、俺が犯人に仕立てあげられた最初の悪意。

しかし、実際は被害者の子がリコーダーを落としただけの何とも呆気ない結末。




「でも、真実は違うんだよ?私が幼馴染みと仲が悪い子のリコーダーを盗み、それを捨てただけ。そうすれば被害者の子は不仲の子を疑い、疑われたくない幼馴染みは君を犯人に仕立てあげた。そういうこと」


「·········」



こいつは、馬鹿なのか?

話を聞くと、こいつが事件の犯人らしいことは分かったが、何故こいつは不仲の二人を知っているんだ?

まさか、俺と同じ学校の生徒か?

いや、それよりもそんなことをしても桐島彩花が俺を犯人に仕立て上げるとは限らない話だし、何よりリスクが大きい。




「あはっ、その顔は色々考えてるね?さしずめ、私が学校の関係者なのか、君を犯人に仕立て上げる可能性の問題ってとこかな?」


「っ···お見通しか。それなら、教えてくれるのか?」


「もちろん、君になら教えてあげるよ」




口元がさらに歪む。

俺でさえその姿は不気味と感じるが、引いてはならない。

警察や救急車が来るまで、ここはなんとか時間を稼ぐしかない。




「私は、学校の関係者じゃない。あくまで、君の周りを調べただけに過ぎないからね」


「調べた?」


「そう、調べたの。君があの女と幼馴染みなこと、その幼馴染みが被害者の子と不仲なこと。全部、ぜぇーんぶね」




おそらく、少女と俺は同じくらいの年だろう。

つまり、彼女も当時はまだ幼いはず。

それなのに、俺の身辺調査をしたというのか?

あまりの行動力に、思わず引いてしまう。




「そして、幼馴染みから犯人に仕立て上げらる可能性。これはね、極々単純明快な話。私が彼女に魔法をかけてあげたの。『花咲彼方を犯人に仕立て上げろ』という、催眠という魔法をね」


「さ、催眠···!?」


「そうだよ。あぁ、安心してね!その子にかけた催眠は、今はちゃんと解かれてるから。まあ、私のことは完全に忘れるように処理はしたけどね」




あまりの突拍子も無い話に、俺の脳が情報の処理に追い付かないでいた。

待て、落ち着け。冷静になって整理しろ。

被害者のリコーダーを少女が盗んで捨て、その犯人を俺にするように桐島彩花に催眠をかけた?

まだ幼いはずの少女が···?あり得ない。

だが、本能がそれが事実だと受け入れてしまっている。




「···何故、そんな回りくどいことを?」


「それも簡単な話。当時大事だった幼馴染みからそんな裏切りを受ければ、君の心が壊れると思ったから。残念ながら君は人間不信には陥ったけど、心までは壊れなかったけどね。あれは失敗だったよ、うん」




本当に残念そうに、やれやれと両手を上げて首を横に振る少女。

あり得ない、その当時から既に彼女は狂っていたとでもいうのか?

だが、彼女の説明にはなんとなく納得がいく。

そうでなければ、互いに大事にしていた幼馴染みが俺を犯人に仕立て上げる必要は無い。




「待て···まさか、中学の事件も!?」


「イグザクトリィ!あれも私の仕業。というか、岸萌未を痴漢していたのは私だよ。君と岸萌未の近くに居ることで、仲の良かった彼女を助けようとする君を犯人に間違えるように誘導しただけ。催眠は使ってないよ?」


「まさか···彼女との関係も調べたのか?」


「あはっ、もちろん!言ったでしょ?君のことなら、何でも調べてるの」




あの中学の痴漢事件も、彼女が俺が岸萌未を助けると踏んでの行動だったのか?

だとすれば、やはり理解が追い付かない。

そもそも、彼女を常識で捉えること自体が間違いなのかもしれない。




「まあ、それでも君の心は壊れなかった。でも、あの事件を起こしたのはそれだけの理由じゃない。岸萌未は君に好意を寄せていた。それが堪らなく気に入らなかった。許せなかった。つまり、私の嫉妬もあったんだよ」




そんなことのために、俺が巻き込まれたとでもいうのか?

失いかけた怒りの感情が沸々と沸き上がる。

だが、そんな俺の様子に気にも留めず、彼女は嗤いながら言った。




「ふふっ、でも君が家族にも信じてもらえず、『失感情症アレキシサイミア』という病気に冒されたのは幸運だったかな?私の目的に一歩近付いたんだから。あのクズな毒家族に感謝しないと」




どうやら家族についても調べているらしい。

まあ、彼女は俺の全てを知っているようなので、今さら驚きはしないが。




「西川愛莉の嫌がらせも、お前の仕業か」


「あはっ、当然!まあ、今までの事件に比べれば、軽いものだったかな?だけど、君には効果覿面だったみたいだね」


「···そのようだ」




桐島彩花と岸萌未の再会で、多少なりとも精神が不安定だった。

そこに悪意をぶつけられ、限界だった俺は自殺を考えるほどに追い込まれた。

まあ、これは素直に認めるしかない。




「西川愛莉もお前が催眠をかけたのか?」


「ん?いやいや、違うよ、そこは勘違いしないで。あの正義感バカの女に、君が起こした事件をちょっと吹き込んだだけだから。催眠なんてかけなくても、彼女なら君を敵対すると思ったの」


「···お前が企んだ事件、の間違いだろう?」


「あははっ、そうとも言うね!あぁ、ちなみにぶっちゃけると、内空閑姉妹の父親···えっと、宮風青児だっけ?あいつを裏で動かしたのも、実は私なんだよ」


「···なんだって?」


「あの男が出所するのは、私も情報を掴んでたからね。親切心も込めて彼女らが通う学校を教えただけだけど···あれもまあ、失敗だったよね」




まさか、あの事件もこいつが裏で糸を引いてたということなのか?

だが、今考えれば確かに不自然だ。

出所したばかりの彼が、内空閑姉妹の通う学校を知っているはずがない。

探偵とか雇えばそれも可能だが、上記の理由でそれも不可能だ。

こいつは俺だけじゃない。俺の周りの人物たちの詳細まで全て調べ上げている。




「そこまでして、お前自らが俺を傷付けないのは何故だ?愛情からか?」


「うーん、それもあるけどね。君は、自分の大事なものを自分で傷付けることは出来る?」


「···さあな、時と場合による」


「そっか、私には無理なんだよ。だから、着々とここまで準備してきたというのに、君の周りの女共が私の邪魔をしたからね」


「そんな理由で、美白先輩を襲ったのか?」


「あはっ、そうだよ」




なんの悪びれもなく、肯定する少女。

やはり、こいつは色々と危険な奴だ。

自分のためなら周りがどうなろうと関係ない、謂わば典型的なサイコパス少女。

俺が昔から悪意に飲まれてきたのは、全てこいつの仕業なのかと思うと怒りが爆発しそうになる。




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