第66話  遂に合間見える二人




俺はスマートフォンを片手に、がむしゃらに走っていた。

どうやら、美白先輩が居ると思われる場所は、幸いにも近所らしかった。

美白先輩が居なくなった時から黒羽先輩が犯人と話すまで、時間的に距離は移動出来なかったのだろう。

まさに、不幸中の幸いというやつだ。




「着いた、ここか···っ」




着いた先は、廃工場だった。

どのくらい打ち捨てられていたのか分からないが、大分古い廃墟だ。




「はぁ···はぁ···っ」




全力疾走なんて、いつ振りだろう。

短時間走っただけなのに息は乱れ、激しく動悸が鳴り止まない。

だが、休憩している場合では無い。

美白先輩を一刻も早く助けなければならない。

俺は意を決し、工場のドアノブを回す。




「鍵が開いてる···」




やはり、あの二人の言うように罠か?

いや、中には入れるなら逆に好都合だ。

俺はドアを開け、周囲を見渡してから足を踏み入れる。




「美白先輩!何処ですか!?」




犯人が居ようが居まいが関係無い。

今は、美白先輩の安否が最優先だ。

だが、俺の叫ぶ声に何も反応は無い。




「ん···?あれは···」




しばらく歩くと、廊下に一台のスマートフォンが捨てられているのを発見した。

まさかと思い、それを拾うと電源は点きっ放しで壊れてもなさそうだった。

待ち受け画面には内空閑姉妹、そして里親の内空閑薊校長先生の親子が三人仲睦まじく映っている写真。

やはりこれは、美白先輩のものに違いない。

だとすると、本人もここに居るのだろうか?




「美白先輩ー!居るんですかー!?」




再度、腹の底から大声を出す。

しかし、やはり返事は無い。

だが、奥まで進まなくては確認出来るものも確認出来ない。

俺は薄暗い建物の中を慎重に歩き、ある一室に着いた。

そこの窓ガラスを見て、俺は目を疑った。




「美白先輩!?」




美白先輩が下着姿のまま、椅子に座らされて拘束されていたのだ。

顔は俯いていて、その表情は伺えない。




「美白先輩!」




中に入ろうとドアノブを回すが、どうやら鍵がかかっているようだ。




「美白先輩!美白先輩!」




ドアを叩きながら何度も彼女の名を呼ぶが、当の本人は項垂れたままピクリとも反応をしない。

まさか、既に手遅れなのか···?

もし彼女すらも俺の前から居なくなれば、俺は完全に心が壊れてしまう。

あの二人に裏切られてもなお心を保っていられるのは、まだ俺を信じてくれている美白先輩が居るからだ。

だから彼女を失う訳にはいかない。

俺は鍵がかかっている部屋のドアを蹴破り、中に入って美白先輩に駆け寄る。




「美白先輩!無事ですか!?美白先輩!?」




身体を揺らすと、彼女の口が僅かに動いた。




「ん、んん···」




どうやらまだ生きてはいるらしく、ホッと胸を撫で下ろす。

とりあえず怪我が無いようで一安心だが、いつまでもこんなところに居るわけにはいかない。

拘束しているのはロープなので、これなら簡単に解けそうだ。

キョロキョロと見渡し、床に散らばったガラス片を拾い上げてロープを切断する。




「美白先輩、今救急車と警察を呼ぶので少し待っていてください!」




再びスマートフォンを取り出すと、あの二人から通知が何件も入っていた。

おそらくあの二人もこちらへ向かって来ているんだろうが、悠長に待っている場合では無い。

俺は救急車と警察を手配し、美白先輩を外へ出そうと担ぎ上げようとした。

―――その時だった。




「やあやあ、これはこれは···意外なお客様のご登場かな?」


「―――ッ!?」




不意に背後から声がして振り向くと、部屋の出入口に一人の人物が立っていた。

一人は黒いフードを被っていて素顔は見えないが、その体格と声から女の子だと分かる。

だが、この声···何処かで聞いたことがあるような···?

いや、今はそんなことを考えている場合ではない。




「まさか、あんたが美白先輩を···?」


「いやいや、私はただ命令をしただけ。直接手は出してないよ?だって、君を抱きしめるこの手を汚す訳にはいかないからね、ふふっ」




妖艶に言う彼女は、さも可笑しそうに嗤う。

やはり、そうか。

こいつが俺を狙う全ての黒幕か···!




「···彼女に何をした?」


「あはっ、そんなに睨まないでよ。せっかく会えたのに、君の素敵な顔が台無しだよ?まぁ、そんな怒った君も可愛いけどね」


「もう一度聞く。美白先輩に何をした?」


「私と居るのに、他の女の名前を出すの?私が居るのに···ねぇ、それって立派な浮気だよ?」




さっきまであんなに嬉しそうに話していたのに、急に氷を思わせるような冷たい声が身体をゾクッと震わせた。

こいつは、やはり狂っている。

だが、臆するわけにはいかない。引くわけにもいかない。

後ろには、美白先輩が居るのだから。




「浮気、ね···俺は、あんたとは恋人関係じゃないんだがな」


「何を言っているの?私があなたの彼女だよ?それは生まれた時から、私たちは結ばれる運命だったの。そうでしょ?ねぇ?」




明らかに、こいつは異常だ。

こいつは俺を知っているらしいが、俺は彼女を知らない。

こんな狂った愛をぶつけてくる奴は、少なくとも俺の知り合いには居ない。

だが、これだけは分かる。

彼女は――――――――――――俺の敵だ。




「あんた、狂ってるよ」


「あはっ!狂ってなんかないよ?これは、私が君を愛してるという証なんだもの」


「心療内科へ行くことをお勧めする。なんなら、俺の担当医を紹介してやる」


「あぁ、あのヤブ医者のこと?でも、私はあの男に借りは作りたくないんだよね。第一、私は狂ってなんかないもの」


「····何?」




今、こいつは何と言った?

彼女の言葉を反芻するなら、この女は鳴海先生のことを知っているのか?




「あはっ、どうして私があの男を知っているんだって顔してるね?」


「ッ―――」


「分かりやすいなぁ、君は。でも、愛しい君の頼みでも教えてあーげない」




クスクスと嗤いながら、はぐらかす少女。

だが、別にそんなことは聞きたくもない。

鳴海先生とこの女がどういう繋がりかは知らないし微塵も興味は無いし、今はこいつに構っている暇はないからだ。




「···そこを退け。もしくは動くな」


「ん~?何でかな?」


「美白先輩を外に連れ出す。そのうち手配した警察と救急車が直に来るはずだ」


「あはっ、そして私を逮捕ってこと?でも残念、私が黒幕だからといって逮捕される謂れはないし、証拠もないよ?」


「···ならば、せめてそこを退け」


「それも聞いてあげられないなぁ。今、その女を逃がすわけにはいかないからね」




どうやらこいつは、俺の要求を聞き入れる気はないようだ。

確かに、逮捕するには確定的な証拠は無い。

だが、こいつは野放しにしていてはダメだ。

ここは話を出来るだけ引き延ばし、ある程度の情報を掴んだ上で状況証拠を作り出し、逃げ場を無くして警察に引き渡してやる。

そう、警察と救急車が来るまで情報を聞き出してやる···!




「なんでそこまで俺にご執心なんだ?俺が君にそこまで愛される理由が分からないな」


「うーん、それについてはたーっぷりと教えてあげたいところだけど、今は秘密かな」




どうやら、本当に一筋縄ではいかない相手のようだ。

だが、少しでも有益な情報を掴むために、次の質問をしてみる。




「じゃあ、何故俺を壊そうとする?」


「あれ?その理由、そこで気絶している女から聞かなかった?」


「···俺の空っぽになった心にあんたが自分好みに染め、俺があんたを愛するようにすることが目的か?」


「あはっ、せーいかい!なんだ、知ってるじゃない」




一応、念のための確認だったが、どうやら本当にそんな目的で悪意を向けてきたのかと思うと、こいつの狂気度にゾッとする。

だが、少女から次に発せられる言葉により、俺はさらに恐怖と困惑を上塗りされることになる。




「でも、まさかここまで粘るなんて思ってもみなかったよ。小学生の頃から、ずっと悪意を向けてたというのに、君は案外強かったからね」




···え?




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