第65話  救出するための最悪の決別




「美白先輩が···!?」




部屋に帰ってきた黒羽先輩から事情を聞き、俺は耳を疑った。

俺を狙う黒幕の少女が、美白先輩のスマートフォンを使って電話に出たという。

しかも話の内容からすると、美白先輩が少女に襲われたらしい。

それが意味することは、美白先輩が危険な状態にあるかもしれないということだ。




「それは、確かにまずい状況だね」




隣で腕を組み、考え込むような苦い顔をしている『つむぐ』に目を向ける。




「その女が美白さんを狙った理由は、おそらく仲の良い子を襲うことで彼方に精神的ダメージを負わせることだろうね」


「同意。一刻も早く美白を探すのが先決」




この場に緊張感が走る。

二人のその通りだ。

俺の心の問題は後回しにして、まずは美白さんを助けに行くことが先だ。




「黒羽先輩、どうにか美白先輩の居場所を特定出来ませんか?」


「ん、今やってる」




俺が頼むより早く、黒羽先輩はパソコンを操作していた。

何をしていたのかと思ってはいたが、既に美白先輩の居場所を特定するために動いていたとは、やはりハイスペックな人だ。




「しかし黒羽さん、どうやって特定する気だい?正直、手がかりが無いんだが···」




確かに『つむぐ』の言う通りだ。

お願いしたはいいが、どうやって調べるのか俺には皆目検討も付かない。

だが、不思議と黒羽先輩ならやれるんじゃないかと思っている自分が居る。

そんな俺の予感を的中するかのように、黒羽先輩はパソコンを操作していた指を止めた。




「問題無い。もう特定出来た」


「もう!?」




俺と『つむぐ』は同時に驚く。

こんな短時間でやってのけるのも凄いが、果たしてどうやって···?




「私たち姉妹のスマートフォンには、何かあった場合のために、GPSをインストールしている」


「GPS?もしかして、それで?」


「ん、GPSの位置を特定した。これで美白が何処に居るか分かる」




そう言って黒羽先輩が見せたパソコンの画面には、市内全体の地図が表示されていた。

しかも、場所一つ一つにご丁寧に名前も記されており、その中でピコンピコンとアイコンが点滅している。




「黒羽先輩、まさかこれって···!」


「ん、正解。このアイコンが指し示す場所に、美白、もしくは美白のスマートフォンがある」


「なら、これを追えば―――」


「彼方、それは少し短絡的過ぎるよ」




これで助けに行けると思った矢先、『つむぐ』が俺の言葉を遮った。

いつもなら俺の言葉を優先してくれていただけに、その反応に少し驚く。




「···どういうことだ、『つむぐ』?」


「どういうことも何も、そのままの意味だよ。彼方、少しは疑問に思わないのかい?君を狙うその女は、これまで随分と用意周到だった。そんな奴がこんな分かりやすいミスをするかな?」


「同感。何か罠があるかもしれない。ここは、慎重に行くべき」




彼女の言葉に、黒羽先輩も頷いて返す。

確かに、彼女たちの言い分は理解出来る。

だが、そこで素直に首を縦に振りたくない。

もし、本当に美白先輩が危険な目に遭っていたら···?

ダメだ、いくら感情をあまり感じなくなったとはいえ、彼女を見捨てるなんてことは出来ない。




「確かに罠かもしれない。けど、あの人にも返しきれないほどの恩がある。ここで迷ってたら、取り返しのつかないことになるかもしれないんだぞ?」


「彼方···君の言いたいことは分かるよ。でもね、その女の目的は君だ。そんな君を、罠があるかもしれない危険な場所にむざむざ行かせられない」


「ん、賛成。危ない。ここは、私と天野紡が行く。彼方は留守番」




おかしい、二人はこうだったか?

いつもは俺の意見を尊重してくれるはずだし、何より俺の味方になってくれるんじゃなかったのか···?

普段なら、「じゃあ一緒に行こう」と俺に協力してくれるはず。

俺を守る、助けるって言葉は嘘なのか?

何故か分からないが、俺の心は自分のものじゃないみたいに感じて二人を疑ってしまう。




「二人は···俺の味方じゃないのか?」


「な、何を言っているんだ、彼方?もちろん、ボクは君の味方だよ?」


「ん、同じく。だからこそ、あなたを行かせる訳には行かない」




二人の考えていることが分からない。

俺を心配してくれているのは分かるが、それでも俺を置いていくのは理解出来ない。

俺を男として頼ってくれない。

俺だって、皆を守りたいのに。

そんな俺の気持ちを汲んでくれないのなら、俺にだって考えがある。

俺はスマートフォンでパソコンの画面をカメラで撮影すると、そのまま玄関へ向かう。




「ちょっ、ちょっと彼方!何処に行くつもりだい!?まさか···!」




慌てて『つむぐ』が背後から声をかけてくるが、俺は振り返らず進む。

だが、ぐいっと腕を掴まれて立ち止まってしまった。

首だけ振り返ると、黒羽先輩が怒ったような顔で俺を睨んでくる。




「行ってはダメ。きっと罠。取り返しが付かなくなる」


「···美白先輩をこのまま放っておいたら、それこそ取り返しが付かなくなるんです」


「あなたが行く必要は無い。ここは、私たちが何とか―――」


「俺が行くって行ってるだろ!」




黒羽先輩が言い終わる前に、俺は相手が先輩にも関わらず久しぶりに声を荒げた。

俺の怒声に二人は唖然としているが、俺は口を閉ざすことなく続ける。




「守りたい女の子二人を行かせて、俺一人が留守番?そんなこと出来るわけがないだろう!俺は、皆を守りたいんだよ!いつも守られてばかりじゃ嫌なんだ!」


「か、彼方···」




二人が揃って俺の名前を呼び近寄ろうとするが、俺は黒羽先輩の手を払って二人に振り向いて叫ぶ。




「そこまで俺が頼りないか!?そんなに俺のことが信じられないのか!?」


「ッ―――!?」




俺の言葉に、二人が顔を真っ青にする。

そうだ、もしかしたらこの二人は信じると言いつつも結局のところ、ただ単に俺を過保護にしていただけなのかもしれない。

信じるということは、頼るということと同義だと俺は感じていた。

それなのに頼られなかったということは、既に二人は俺のことを信じなくなったのかもしれない。





「ち、違っ···そんなつもりじゃ···!」


「私は、信じてる。そう誓った。でも、今回の件は―――」


「もういい!黙ってくれ!」




俺は、二人の言葉を再度遮った。

二人も結局、あの人たちと同じだった。

その動揺した目を見れば分かる。

元幼馴染みや元同級生、そして家族たちと同じような反応と表情。

ははっ、なんだよ···俺を信じるって言葉は嘘だったのか。

『つむぐ』の優しさも、黒羽先輩の温もりも、全ては俺に信用させるためのもの。

彼女らは、俺をもう信じていない。

彼女らは、俺を必要としていない。

必要とするなら、この場に俺を置いていこうとする訳がないからな。




「あんたたちを信じた俺がバカだったよ···」




また、この感覚だ。

心が、感情が壊れていくような感じ。

あんなに大切だったはずなのに、一瞬でその心が失われた感覚。

俺はそう呟くと、俺はズカズカと足早に玄関へ向かう。




「ま、待ってくれ、彼方···!」


「待って、行かないで···!」




二人が必死に制止しようとするが、俺は構わず靴を履き玄関を開ける。

そして目を細め、彼女らにこう静かに告げた。




「···嘘つき」




二人は涙を流し、呆然と立ち尽くしていたが今の俺には関係無かった。

今は一刻も早く、美白先輩を助けなければならない。

俺は部屋のドアを乱暴に閉め、スマートフォンを取り出して走り出した。


―――さようなら、『つむぐ』、黒羽先輩。

いや、天野紡。内空閑黒羽。




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