第43話 言い間違いとは恐ろしいもの
そんなわけで昼休みを迎えた。
俺はコンビニで朝食も買えなかったので仕方なく購買に寄り、朝食と昼食の分のパンと飲み物を買って屋上に出た。
教室で食べても良かったのだが、あそこには桐島彩花以外の俺を快く思っていないクラスメイトたちが異物を見るような視線を向けてくるので、どうにも居心地が悪い。
俺についての噂は払拭されたと思ったが、そんな簡単に人の心は変わらない。
俺は、どこまでいっても世界の嫌われ者なのだ。
「ふぅ···さて、早速パンを食べるか」
適当な場所に腰を落とし、パンの袋を開けて口に運ぶ。
昨夜、朝食と何も食べていなかったので、結構腹が減っていたから一気にパンを貪る。
誰も居ない屋上に一人。静かだ。
まるで世界にぽつんと独り居る感覚。
「そういえば、黒羽先輩とはここで初めて会ったんだよな···」
あれからまだ数週間。
時が経つのは早いというか、入学してからあっという間にいろんなことがあった。
『つむぐ』には支えられ、黒羽先輩には助けられ、美白先輩には見守られた。
あの時、黒羽先輩に声をかけられなかったら今の俺は居なかったのかもしれない。
だからこそ、俺は恩義として彼女を救わなければならない。
彼女を助ける、救うと決めたのだから。
「しかし、一体どうしたものか···」
とりあえず、トラウマについてお世話になった心療内科の先生に詳しいことなどを聞いたほうがいいのかもしれない。
そう思っていると、屋上の扉が開いた。
振り返ると、今考えていた黒羽先輩がそこに立っていた。
「おはよう」
「おはようって···今は、もう昼休みなんですけどね」
「私、さっき起きた」
堂々の遅刻宣言だった。
もしかして、黒羽先輩は朝に弱いのだろうか?
ちょっと寝癖が付いている。
一体どこで寝ているのか気になるところではあるが、そこは敢えて気にしないようにしよう。
「黒羽先輩もお昼をここで?」
「否定。朝食」
なるほど、それは確かに。
今起きたばかりであるというならば、彼女にとっては朝食なのは間違いない。
まあ、細かい部分はどうでもいいか。
「じゃあ、一緒します?」
「ん、当然」
黒羽先輩は俺の隣まで歩いてくると、ぺたんと膝を地に着けた。
そして持参してきたであろう弁当箱を取り出し、箸を取って「いただきます」と両手を合わせて蓋を開ける。結構礼儀正しい人だ。
チラッと覗き見ると、なかなか上手そうな中身だった。
「へぇ、黒羽先輩って料理上手だったんですね」
「否定。私作じゃない」
「じゃあ、もしかしてこれを作ったのは美白先輩ですか?」
「肯定」
美白先輩も、なかなかにスペック高い人らしい。さすが黒羽先輩の姉。内空閑姉妹はハイスペックだ。
「もぐもぐもぐもぐ」
パクパクと食べる黒羽先輩を見ていると、失礼ながらまるで小動物のようだ。
そんな俺の視線に気が付いた黒羽先輩は、箸で卵焼きを掴むと俺の口元へ差し出してきた。
「黒羽先輩?」
「ん、食べたそうにしてたから」
「もしかしてくれるんですか?」
「肯定。あーん」
ここで拒否したら、黒羽先輩の好意に失礼だ。
あーんと口を開けて、卵焼きを口に含む。
うん、普通に上手い。
「美白先輩って料理上手かったんですね」
「自慢の姉」
それはそうだろう、あの人ほど家族を―――妹を愛している優しい姉は居ないだろう。
あの人は、本気で黒羽先輩を守ろうとしている。
ならば、俺も誓った以上は黒羽先輩を救わなくてはならない。
「ん、そういえば···」
パクパクと食べていた黒羽先輩の手がいきなり止まり、弁当箱から俺へと視線を移してきた。
「上履きの件、聞いた」
「···美白先輩からですか?」
「肯定」
口止めしなかったとはいえ、トラウマを治そうとしているこの大事な時に何余計なことを教えているんだろうか、あの人は?
あまり黒羽先輩にいらぬ心配と負担はかけたくないと思っていると、黒羽先輩がジト目で俺を睨んできた。
「私に隠し事、ダメ」
「しかし···」
「しかしも、お菓子も、隆志も、案山子も無い。隠し事、ダメ、絶対」
「···はい」
その目は本気で怒っているようだったので、素直に頭を下げる。
···ところで隆志って誰だ?
「犯人、特定出来なかった」
「特定出来なかった?もしかして先輩、防犯カメラをチェックしたんですか?」
「肯定」
いつの間にそんなことをしたのだろう?
黒羽先輩はさっきまで寝ていたようなことを言っていたが、まさか一瞬で調べたのだろうか?
だとしたら本当にハイスペック過ぎる、間違ってもこの人は敵に回してはいけない。
とはいえ、防犯カメラでは犯人を特定出来なかったと言っていた。
つまり犯人は『防犯カメラの存在を知っていて、上手いこと隠れながら犯行に及んだ』か、または『防犯カメラに何かしらの細工をした』か、考えれば考えるほど可能性がいくつも浮かび上がってくるが、今は俺よりも黒羽先輩のことだ。
「黒羽先輩、ありがとうございます。俺のために動いてくれて」
「当然」
ふふん、と鼻を鳴らす黒羽先輩がちょっと可愛い。
やはりこの人には、過去のトラウマを克服してほしい。
こんな優しい人に、心の傷なんて負わせたままではあまりにも可哀想だ。
だが、ただの高校生がどうやって救えばいいのか―――いや、せめて多少なりとも癒すことが出来ればいいが。
そんな思案をしていると、くいくいっと袖を引っ張られた。
「何ですか、黒羽先輩?」
「何か考え事?私に教えて」
ジッとこちらを見る黒羽先輩。
隠し事はダメとさっき言われたが、こればかりは軽々しく本人に言えることではないだろう。
本人に言って、心の傷に塩を塗るようなことはしたくない。それが俺なりの配慮だ。
「何も考えていませんよ」
「嘘はダメ。答えて」
やはり嘘は通用しないらしい。
しかし、これは困った。
本人に正直に言って傷口を広げることはしたくないし、かと言って話さないと先輩は見逃がそうとはしてくれなさそうだ。
どうするべきか···と悩んでいる中、ふとある案を思い付いた。
心のケアは一人では出来ず、誰かが傍に居ないと成り立たない。
その使命を校長先生と美白先輩から承った。
しかし四六時中彼女の傍に居るのは、このままの環境では基本的に無理な話だ。
ということは、俺が彼女の傍に居られる時間を―――つまり、心のケアをしてあげる時間を俺が作ればいい。
となれば、どうすればベストか―――そうだ!
「黒羽先輩。提案なんですが、週に何回か俺の家に泊まりに来ませんか?」
「·········」
あれ?おかしい、俺は何を言った?
泊まれ?俺は『遊びに来ませんか?』と言おうとしたのに、このタイミングで言い間違えるとは俺らしくない。
自分でも何をいきなり大胆なことを口走ったのかと唖然とし、黒羽先輩もビックリして目が点になっている。そして、段々と頬が赤く染まっていっている。
さすがに言い直さないとまずいと思っていると、黒羽先輩がこくんと首を縦に振った。
「···泊まる」
「···ん?」
これって本当にまずいんじゃないだろうか?
俺の言い間違いがどんどんと加速していってる気がする。
今更言い間違えたとか言えない雰囲気だ。
「えーっと···校長先生や美白先輩も心配するのでは?」
「問題ない」
そう言った黒羽先輩は、いつの間にか握っていたスマートフォンを俺に向けた。
その画面にはメッセージアプリが起動されており、美白先輩とのやり取りが記載されていた。
そのメッセージには、『黒羽を何週間でもいいのでお願いします♡』と返信がされていた。
···美白先輩、俺も男なんですが。
「···というわけで、今日からよろしく」
「えっ?今日から?」
頬を赤く染めた黒羽先輩と、美白先輩のメッセージアプリで板挟み状態になってしまい、この空気でやはり言い間違えたとは言えなくなり、俺は自分のうっかりを激しく呪うことしか出来なかった。
···間違いがないように、『つむぐ』にも協力を仰ごう。
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