第44話 奇妙な同居生活スタート
「彼方···君、バカだろう?」
「···返す言葉もない」
俺の隣で呆れたように溜め息を吐く『つむぐ』に対し、俺はぐうの音も出なかった。
俺のアホな言い間違いにより、何故か今日から黒羽先輩がうちに泊まることになってしまい、これはまずいと思って『つむぐ』も呼んだわけだが···それが決して好転に傾くとは思ってはいなかった。
「あなたは不必要。帰って」
「ハッ、残念だったね!ボクは彼方からお願いをされてここに居るんだ」
「彼の世話、私で充分」
「そうはいかないね。ボクの両親も快く送り出してくれたし、なにより同棲なんだ。ボクが彼方を世話するのが当然だれう?」
「私は認めない」
「やはりこうなったか···あと、同棲じゃなくて同居な」
家に二人を連れて帰ってきたはいいが、案の定二人はこれでもかというくらいに不機嫌を顔に表して睨み合っていた。
まあ、これは俺の自業自得。今更、同居は無しとは言えない。
なにせ、既に二人は自分たちの両親から許可を正式に頂いた上で必要な荷物を持って家に来ているのだから。
仕方ない、ここは腹を決めて現実をありのまま受け入れよう。
「あー、二人共。俺は小物とか必要なものを買ってこようと思うが···」
「同行する」
「ボクも行くよ!」
「···ですよね」
言うとは思った。
まあ、俺も黒羽先輩から目を離さなくて助かるといえば助かるし、何よりここで二人を残せば喧嘩に成りかねない。
まあ、どこに行くにしても二人が喧嘩することは目に見えているのだが。
このマンションの近くには、『ダ◯ソー』といい100円均一の店がある。
生活に必要な小道具は全てそこで整えられるため、俺たち三人はそこに来ていた。
右に『つむぐ』、左に黒羽先輩と並んで歩いているが、両手に花と喜ぶべき状況ではない。
「彼方、これなんかいいんじゃないかな?お揃いのコップ!動物のフォルムで可愛いよ?」
「却下。オススメはコレ」
「それ、歯ブラシだろう?一本しか無いけど···?」
「問題無い。彼と一緒に使う」
「問題大有りだよ!なんて羨ま―――じゃなくって、細菌とか問題があるからダメだ!」
『つむぐ』と黒羽先輩は、交互に言い合いながら商品を物色しては俺に見せてくる。
こうして一緒に買い物をするということも実は初めてで、俺は新鮮な気分になっていた。
何だろう、この感情は···?随分昔に感じたものだが、
あまり思い出せない。だけど、懐かしい。
俺も少しずつではあるが、感情を取り戻しつつあるのかもしれない。
そう思うと、なんだか複雑な気分だ。
「―――ッ」
また、不意に視線を感じた。
間違いない、確実に誰かから見られている。
今朝、コンビニで感じた視線とは同じものかは分からないが、辺りを見回してもそれらしき人は見当たらない。
「気のせい···ではないな」
しかし、ねっとりとした不気味な視線を確かに感じた。
まるで、観察?いや、獲物を狙う猛禽類のような冷たく、それでいてまるで熱狂にも似た眼差し。
それらがごちゃ混ぜになった、本当に気持ちが悪い視線だ。
今まで侮蔑や軽蔑、虫を見るような視線を送られてきたことはあったが、これはそれらとは一画を期した恐怖さえ感じる。
「どうしたんだい、彼方?」
ハッと我に返ると、『つむぐ』と黒羽先輩がきょとんとした顔で俺の顔を覗き込んでいた。
「怖い顔。何か問題?」
どうやら無意識にそんな顔になっていたらしい。
『つむぐ』や黒羽先輩が気付いていないということは、あの視線はやはり俺だけを見ていたということなのだろうか。
ということは、黒羽先輩の父親のものではないかもしれない。
そもそも10年の歳月が過ぎた上、黒羽先輩や美白先輩の話ではそこまで父親が頭が良いとは思えないので、そう簡単に黒羽先輩を見付けられる可能性は低いだろう。
視線のことは気になるが、どちらにせよここは俺よりも黒羽先輩のことを優先しなくてはならない。
「何でもないですよ」
いつもの調子で返事をし、俺たちは必要な雑貨を買い集めて店を後にした。
その頃には、既にあの視線は感じなくなっていた。
「さて、ではついでだし食材の買い出しも行こうか。今日はボクが、腕によりをかけて夕飯を作ってあげるよ」
「む、それはダメ。私が作る」
また二人が喧嘩をしている様子を見ると、何故だか心が安らぐような感覚になる。
多分、これが日常として定着しつつある証拠なのかもしれない。
こんな俺を支えてくれる二人に感謝しなくてはと思いながら、俺は喧嘩する二人と共に食材の買い出しに向かうのであった。
家に着いた俺たちは、彼女たちの荷解きと購入した雑貨の整理などをしながら、着々と部屋を自分たちの荷物で彩っていった。
しかも、クローゼットやタンスに自分たちの服や下着なども次々に整理していっているわけだが、この子たちは羞恥心というものは無いのだろうか?
思春期である男子に、これ見よがしと言っていいほど自分たちの下着などを置いたりしているのはさすがにどうだろう?
「あのさ、二人共?やっぱりカーテンとかで、部屋を仕切ったほうが良くないか?」
いくらなんでも、年頃の男女が同じ空間で寝食を共にするのはまずい気がする。
幸いソファーはあるわけだし、二人にはベッドを使ってもらうが、さすがに何もないとは言い切れない。
そう思ったんだが―――
「えっ?なんでさ?」
「カーテンの無駄遣い」
「いや、ほら、間違いがあるといけないというか···お前らだって寝顔とかプライバシーな部分は見られたくないだろう?それに、さすがに下着とかは触れられたくないはずだ」
「ボクは彼方なら平気だよ?」
「同意。くんかくんかしても問題無い」
「俺はそこまで変態じゃない···」
はぁ、と深い溜め息が自然と溢れる。
何故か分からないが、不思議そうな感じで当然のように言われるから困ったものである。
本当にこの子たちは、俺に対して羞恥心や警戒心は微塵も無いんだろうな。
それは、一人の男としてどうなのだろう?
男として見られてはいないのではと思うと、少し悲しくなる。
まあ、彼女たちが良いと言うのであれば俺も特に気にしない方向で行くしかない。
「あー、えっと、出来れば洗濯とか干すのは各自でしてもらいたいんだが···」
「なんで?ボクは君に下着を洗われようが一向に構わないんだけど?それに、ボクも君の下着に抵抗感は無いから安心して洗えるよ?」
「再び同意。何も問題は無い」
「そういうことじゃないんだが···」
駄目だ、この子たちには俺の常識は一切通用しないようだ。
別に俺も疚しい気持ちで彼女たちの下着を手に取ろうなどとは考えていないが、果たしてそれでいいのだろうか?
それとも、俺が過剰になり過ぎているだけか?
考えたところで、彼女たちを説得するのは困難だと思った俺は思考を止めた。
「まあ、いいか。俺もお前たちには何もしないから安心して過ごしてくれ」
俺がそう言うと、二人は露骨に不機嫌さを顔に出した。
「それはそれで、なんかムカつくなぁ···ボクに魅力が無いってこと?」
「同感。さすがにショック」
あれ?なんだ?俺、何か間違えたことを口にしたか?いや、適切な言葉だと思うのだが。
やはり乙女心は難しいようだ。
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