第45話  自分に出来ることを模索せよ!




その後、『つむぐ』と黒羽先輩が夕飯を作ってくれたのでそれを三人で食べて俺は洗い物をしていた。

途中、浴室の湯船に湯が張り終わったと給湯機からアラームが鳴ったので、荷解きが終わってくつろいでいる二人に声をかける。




「湯が張り終わったみたいだけど、俺はまだ洗い物があるからどっちか先に入ってくれ」


「ありがとう。それじゃあ、ボクが先に入るとするよ。なんなら、一緒に入るかい?」





頬を赤らめながらウインクをする『つむぐ』だが、これはからかっているだけだと俺でも分かる。




「入らない。いいから行ってこい」


「ちぇっ···彼方なら別にいいのに。まあ、いっか。それじゃあ、お先に入るね」




『つむぐ』が着替えを抱え、浴室へ向かっていった。

それを見届けると、黒羽先輩がてこてこと俺の隣にやって来た。




「黒羽先輩?どうしたんです?」


「ん、手伝う」




そう言うと、黒羽先輩はまだ水滴が残る食器を手に取り、ふきんで拭いて水切りかごに入れてくれた。

結構手際が良く、俺としては助かる。




「じゃあ、お願いします」


「任された」




俺が洗い、黒羽先輩が拭く。

ある意味で初めての共同作業。

変な意味でドキドキしてしまうのは、やはり思春期ならではといったところか。




「···それで?」


「はい?」




しばらく洗い物をしていると、黒羽先輩が食器を拭きながら俺に声をかけてくるが、「それで?」と言われても主語がないので聞き返すしかない。

首を傾げると、黒羽先輩が手を止めて俺に顔を向けた。




「私を泊める理由」




あぁ、そういうことか。

確かにいきなり泊めるとか言い出したら、理由を疑問に思うのは当然か。

言い間違いとは言えないが、こうなった経緯を黒羽先輩は知らないだろう。

美白先輩や校長先生からは特に本人に対しては口止めするようには言われていないが、これは黒羽先輩のトラウマになった傷を抉るようなことに繋がりかねない。

同じような痛みを抱えている俺だからこそ分かる。

しかし、このまま隠し通せるとは思えない。

さて、どうするべきか···。




「···気になります?」


「当然」




まあ、それはそうだろうな。

逆の立場で考えれば、俺だって気になる。

話すべきかと口を開こうとすると、いきなり視界が真っ暗になった。

目に柔らかな感触を感じることから、背後から目隠しされたと普通に分かる。犯人は、一人しかいない。




「彼方?なぁに黒羽さんと良い雰囲気になってるのかなぁ~?」




目隠ししている手に力が込められている。

『つむぐ』さん、ちょっと痛いです。

ようやく『つむぐ』は手を離し、半身を翻して振り返る。

寝間着の彼女から、ふわっと石鹸の匂いが鼻腔を擽って少しドキッとしてしまう。

タオルで拭いたとはいえ、まだ濡れているその髪が綺麗である。




「『つむぐ』?出てくるの早いな?」


「ボクはシャワー派だからね。それより、黒羽さんとなぁにを話してたのかなぁ?」




ゴゴゴゴゴという擬音が聞こえてきそうなほどの黒いオーラを出しながら、目を細めてじーっと俺を見つめてくる。正直、怖い。

だが、『つむぐ』に協力を仰ぐ以上は彼女には本当のことを打ち明けるべきだろう。




「えっと···そうだ。黒羽先輩、お先にお風呂へどうぞ」


「ん、分かった」




『つむぐ』の乱入により、さっきまで何を話していたのか忘れたようで、黒羽先輩は着替えを持って浴室へ足を運んでいった。

『つむぐ』のおかげで正直助かったが、今度はこっちが多少面倒臭いことになっている。

しかし長引かせるわけにはいかないので、素直に謝罪して黒羽先輩のことを『つむぐ』に相談することにした。

全てを話すと、彼女はしばらく思案しているような顔をしたが、苦い顔をして呟いた。




「なるほど···確かに由々しき事態だとは思うけど、ボクは黒羽先輩に有利になることはあまりしたくないな」


「有利?」


「何でもない。でも、ボクは彼方の味方であって、彼女の味方になった覚えはないよ?」




ぶうたれたように膨れっ面の『つむぐ』だが、ここは彼女の協力も得たいところなので機嫌を取るしかない。

俺は自分の意思を伝えるため、彼女の手を握る。




「ふぇっ···!?ちょっ、か、彼方···!?」


「頼む、『つむぐ』。俺は、黒羽先輩のことを救いたいんだ。だから、お前の力も貸してほしい。ダメか?」


「あぅ、あぅ···」




何故だか頬を真っ赤に染め、あうあうと狼狽し始めた。

なんだ?風邪か?それとも風呂上がりだから、身体が火照っているのだろうか?

そんな『つむぐ』は俯いてしまい、ごにょごにょと小さく何かを言っている。




「うぅ···あの、ね···ボ、ボクは彼方の味方だから···彼方のためになることなら···ボ、ボクは力を貸すよ···?」


「本当か?ありがとう」


「うっ···!」




安心して笑うと、『つむぐ』はボンッという音が出そうなほど顔が真っ赤になってしまった。

その態度は非常に気になるが、何はともあれこれで『つむぐ』という心強い協力も得られた。

後は、どうやって黒羽先輩の傷を癒せるかが問題だ。後で、俺がお世話になった心療内科の先生に電話してみるか。
















『ふむ、つまり彼女のトラウマの克服方法が知りたいということかい?』


「その通りです、久しぶりなのにお手数をかける相談をしてすみません」




俺は家のことを二人に任せ、マンションから少し離れた公園で心療内科の担当医師、鳴海光星なるみこうせい先生に電話をかけていた。

この人には、中学時代病気を発症してから本当にお世話になりっぱなしだ。




『構わないよ。私は医者だ、困っている人を助けるのが仕事だからね』


「···ありがとうございます」




俺ではなく他の人のことまで相談に乗ってくれるのだから、この人は医者の鏡だ。

優しくて頼りになる。

まあ、医者だからといって信頼はしていないが、何かしらの情報をくれるかもしれないことに関しては感謝してもし切れない。




『さて、話は戻るが···PTSDの症状を今すぐ改善する方法は今の現代治療法では確約されていないんだよ』


「···そうですか」


『基本的には、自然の回復力で徐々に治すこと。つまりは、時間をかける自然治癒方法だね。これで、3分の2程度は半年以内に治るよ』




それは俺も考えていた。

だが、黒羽先輩のクズな父親のことを考えればそんな悠長に時を待っている場合ではない。

いつ、あの父親が黒羽先輩に接触してくるか分からない。

俺も出来るだけ傍に居るつもりだが、トラウマの元凶が目の前にあるといくら俺が助けようとしてもあまり意味を成さない。

違う方法が必要だ。




『後は、薬物投与による治療法だ。抗うつ剤などが主な薬になるけど、これはあまりオススメしないよ。個人差によって、治るかどうかなんて保証は出来ないからね』


「まあ、それも分かります」




というか、その程度で治っているなら既に美白先輩や校長先生がその手を打っていたはずだ。

やはり、俺に出来ることはないのか?

そう思うと、なんだかやるせなく無力感が襲ってくる。

だが、諦めたくない。俺は、黒羽先輩を守ると心に決めたのだから。




『すまないね、力になれなくて。しかし言い訳をするつもりはないが、君の話通りならその友人も、カウンセリングや病院にも通っていたんだろう?それでも大した効果がないならば、私も出来ることは少ないよ』


「そう···ですね」


『だが、君は既に決めているんだろう?ならば、その友人の傍に居て支えてあげなさい。人によって負われた傷は、人にしか治せないこともあるんだからね。私の言っている意味、分かるかい?』


「···はい」




確かに、先生の言う通りかもしれない。

俺が傍に居なくては、守れるものも守れない。

だが、やはり何か手を打たなくては手遅れになる可能性も捨てきれない。

なんとかして、方法を探らなくては。俺にしか出来ないことを探すべきだ。

俺は先生にお礼を言って電話を切り、方法を模索しながら家に歩を進めた。











――――――――――――――――――――





「ふむ···棚からぼた餅のような話が舞い込んできたね。これは、実に興味深い。彼女に連絡をして、情報を探らせなくては。そうと決まれば···」




私は再び受話器を手に取り、電話番号をプッシュした。





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