第27話 壊れた仮面
その後、事態は目まぐるしいほど早く解決へと至った。
まず、俺の噂を故意に流した女生徒の数人には、俺の信用回復を図るために自分たちが流した噂の払拭、その後反省文という少し軽い処分が下された。
本来なら悪質な噂を流したとして停学か退学、また名誉毀損で訴えることも可能らしいが、俺はこれ以上の面倒事は避けたかったし関わりたくもなかったので別に処分無しでも良いと断った。
しかし、『つむぐ』や黒羽先輩、美白先輩が断固として反対したためにそのような形に収まることで収拾が付いたのだ。
そして、俺を陥れた西川愛莉。
こちらについては実害もあったため無罪放免とは当然いかず、無期停学処分を課された。
その後で、名誉毀損で損害賠償を請求という罰が処されるらしい。
これについては、後日謝罪しに家に訪れた彼女の両親から「そのようにしてほしい、娘をきちんと育てられなかった親の責任だ」ということで両親たちの間で話し合いが真っ最中である。
彼女に至っては本人が謝りにも来なかったし、校長室から出る際に最後の最後まで睨まれたが、彼女と二度と関わるつもりは毛頭無かったので別にどうでも良かった。
親友である桐島さんが放課後毎日様子を見に行っているらしいので、そこは彼女に丸投げして任せよう。関わると面倒だ。
そして、現在の俺はというと―――
「カナくん、本当にごめんなさい!」
「謝っても許してもらえないと思うし、今更だとは思うけど、私はあなたにとても酷いことをしました···何度謝っても謝り切れないと思うけど···本当にごめんなさい!」
数日後のある日の屋上。
俺は桐島さんと岸さんに呼び出されたかと思えば、二人に土下座をされて謝罪を受けていた。
本当は呼び出されても無視する気だったのだが、『つむぐ』が「ボクも一緒に居るから」と笑顔で絆されて泣く泣く来てしまった。
自分の意思の弱さにビックリである。
しかし、謝れても困る。こんな美少女たちが必死に土下座をしても心に響かない。
鬼畜だ人でなしだの言われてしまいそうになるが、本当に何の感情も湧かないのだ。
やはり、俺の感情は壊れてしまっているらしい。
「えっと···とりあえず、頭を上げてください」
俺たち以外に誰も居ないとはいえ、いつ人が来るかもしれないというのに土下座は勘弁してほしい。
誰かに見られたりでもしたら、また学校中に変な噂が立ってしまう。
それでも土下座を止めない美少女二人。
「本当にごめんなさい!私、あの時本当に怖くって···勇気が足りなくて、大切なカナくんを犯人扱いしてしまった···その罪悪感と後悔は、今でも夢に見るほどで···これが神様が私に与えた罰なんだって思ってる···許してなんて烏滸がましいことは言わない···でも、言わせてほしいの···謝らせてほしいの···!カナくん、本当にごめんなさい···っ!」
「私も、本当に愚かでした···彼方君、ごめんなさい···!彼方君が助けてくれようとしていたのに、私···あなたを犯罪者にしてしまった···!私が勇気を出していれば、皆から苛められることもなかった···!冤罪だって周りに説明すれば、防げたはずなのに···臆病な私は何も出来ずに···。彼方君、私に罰をください···そうじゃないと、私···罪の意識で押し潰されそうで···お願いします···!」
困った。本当に困った。
もちろん最初は、ふざけんなと思ったし、到底許すつもりはなかった。
でも今はもうとっくに関わりたくないって思っているし、正直どうでも良かった。
許すもなにも無い。
罰を与えるとか、正直に言って面倒くさい。
ただし心にもなく許すとか言って突き放してしまえば、おそらく彼女たちはずっと謝ってばかりだろう。それもまた面倒くさい。
どうしたら良いものかと悩んでいると、突然ズキッと頭が傷んだ。偏頭痛か?
―――だったら、罰としてこの二人を犯してしまえばいい。
「···?」
不意に、頭の中で声がした。···誰だ?
―――彼女たちは、罰を欲しがっている。なら、与えてやるのが優しさじゃないのか?
―――良い子振るな。心を深く傷つけられたんだぞ。だったら、これくらい安い見返りだ。
―――この女共も、きっと拒めない。むしろそれを望んでいる。
何を言っている?誰なんだ?
頭の中で、ガンガンと頭痛が酷くなっていき、謎の声はまるで俺を支配するかのように囁き続けてくる。
こんなことは初めて―――いや、確か以前にも、こんなことがあった気がする。
確か、あれは···俺が感情を無くした時に会ったあの人が···誰だっけ?良く思い出せない。
―――ほら、早くしろ。あまり女を焦らすもんじゃない。
うるさい、黙れ。消えろ、俺に話しかけるな。
頭の中で誰とも知らない声が囁き続け、頭痛が酷くなっていくのを感じた俺は―――
(ふざけるな。何様のつもりだ、お前は?)
心の中でそう叫ぶ。なんとか気を強く持って、自制をしたその時―――パリン―――と、脳内に自分が着けていた仮面から音が聞こえた。
仮面が外されたのではなく、壊れた。その表現が正しいのかもしれない音だった。
初めてのことで脳内の処理が追い付かず、動悸が激しくなって額から冷や汗が流れていき、最後にはフラフラと倒れそうな感覚に陥った。
「彼方···!」
「カナくん···!」
「彼方君···!」
俺を呼ぶ声が聞こえ、ハッと気が付くと俺は『つむぐ』に身体を支えられていた。
二人も土下座を止め、俺の傍に駆け寄ってきていた。
そのおでこは土下座で頭を擦り付けていたせいか、赤く腫れていて痛々しい。
その姿を見て、思わず呆れてしまった。
「···二人共、目と額が赤くなっているぞ。せっかくの美少女が台無しだ」
「えっ···!?」
「えっ···?」
「彼方···君···ですか?」
唐突に酷いことを言われた。
俺が俺じゃなかったら、誰だと言うんだ。
やっぱり許せないと思いつつ、俺はやれやれと溜め息を吐きながら答える。
「当たり前だ。俺が俺じゃなかったら、一体何だと言うんだ。化け物か?」
「か、彼方···」
呆然とする二人だけではなく、『つむぐ』も何故か目を見開いて俺を凝視していた。
何なんだ、一体?俺が何かしたか?
訳が分からないでいると、『つむぐ』は目に涙を浮かべて震える声で呟いた。
「『つむぐ』まで···何なんだ?」
「だって、彼方···わ、笑って···る···っ」
「は?」
笑っている?俺が?そんなはずばない。
俺の笑顔は、仮面で作られた偽物の笑顔だ。
誰もがその不気味な笑顔に戦慄し、自ら距離を取る者も居たくらいだ。
そんな俺が笑っている?馬鹿馬鹿しい。
第一、俺は仮面を―――あれ?俺の、仮面は···?
仮面を被る感覚がいつの間にか消えていることに気が付き、俺自身でさえ驚愕している。
いやいや、おかしい。仮面は最初から着けていたはすだ。仕方ない、もう一度着けるかと思ったものの、その感覚は一向に感じなかった。
···マジで?勘弁してくれ、今まで必死に取り繕って作ってきたのに、また作らなければならないとかとんだ鬼畜な作業だぞ。
そんな俺の憂鬱な気分を知らず、桐島さんと岸さんは何故か涙を浮かべて泣き始め、『つむぐ』も同じく号泣して俺を抱きしめていた。
「ちょっ···な、なに?何なんだ···!?」
「よ、良かったぁ···カナく、ん···っ、あの頃の笑顔だぁ···うぅっ···ひぐっ···」
「あの時と同じ···っ、優しい笑顔、を···っ」
「彼方ぁ···彼方、ぁ···や、やっと···っ、君の本当の笑顔が、ぁ···っ」
三人の言っている意味が分からない。
俺が何したって言うんだ?
というか『つむぐ』さん、ちょっと力を緩めてほしい。息苦しいんですが。聞いてます?
俺は訳も分からず、また泣く三人を宥めることも出来ずに『つむぐ』に抱きしめられたままだった。
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