第26話 悪意へ終止符を打つ時
この場に居る全員が黒羽先輩の手腕を実感したところで、美白先輩が「さて···」と両手を叩いて再び進行を開始する。
「妹の凄さを理解したところで、話を戻しましょうか。犯人は、既に目星を付けています。もちろん、噂を故意に流した犯人もね」
美白先輩がそう言うと、西川愛莉を含めた女生徒数人が再び肩を震わした。
自分が犯人ですと主張しているようなものだが、美白先輩は容赦なく続ける。
「しかし、それを話す前に釈明をしたいと思います。彼、花咲彼方君のことはこちらで調べました」
「えっ···?」
今度は俺が驚いた。
俺のことを調べた?どうやって?いつの間に?というか、美白先輩も一体何者?
いろんな疑問が頭の中に浮かぶが、美白先輩はこちらにウインクをしていた。
まるで『安心して』と言うように。
「彼の経歴を調べましたところ、犯罪者などという不名誉なレッテルが貼られるようなことは何一つしていないと断言致します」
「なっ···!」
美白先輩の発言に、西川愛莉が顔を真っ青にして驚いていた。
反対に桐島さん、岸さんは申し訳なさそうに頭を垂れている。
そんな彼女らに気付いているのかいないのか、校長先生は美白先輩に視線を向けたままだった。
「それは本当ですか?」
「ええ、裏付けも取れました」
「嘘よっ···!」
二人の会話に水を差したのは言うまでもなく、西川愛莉だった。
真っ青だった顔は怒りで真っ赤になっていて、狂犬のように食らい付く。
「だって私、知ってるもの!そいつが中学の頃、痴漢して周りからずっとハブられてきたって···!」
「あらあら、それは誤情報です。確かに示談は成立していますが、彼は紛れもなく潔白ですよ。その証拠もあります」
「そんなことない!そいつは女の敵なのよ!彩花を泣かせたし!」
「あら、泣かせたぐらいでなんです?言っておきますが、女の涙ほど嘘くさいものは無いんですよ?」
「はぁ!?あんた、彩花をバカにするつもり···!?」
「ふふっ。あら、いえいえ、バカにするつもりなど毛頭ありません。しかし彼が無実だということは、そちらのお二人···いえ、お三方はご存じのはずでは?」
美白先輩が桐島さん、岸さん、そして『つむぐ』にそれぞれ確認するように視線を送ると、彼女たちは各自首を縦に振った。
「はい···カナくんは、何も悪くありません···」
「私が···間違っただけなんです···」
「そうです。彼方君は何も悪いことはしていない。そう西川さんにも、一度伝えたはずなのですが···」
そう、『つむぐ』は前に一度西川愛莉に俺が無実ということを面前の前で公言した。
それも、桐島さんと岸さんにも確認を取った上でだ。
にも関わらず、彼女は丸きり信じていないようだった。
まあ、それほど俺を憎んでいたということかもしれないが、こちらからしてみれば迷惑の何物でもない。
「ありがとうございます、お三方。さて皆さん、聞いての通りです」
ふっと鼻で笑いながら、冷ややかな視線を送る美白先輩は、どこか勝ち誇った笑みを浮かべていた。
あまりに余裕そうなその表情に、西川愛莉は「嘘よ···」と小さく呟いている。
「だって···だって、あいつが教えてくれたんだもの···」
『あいつ』···?誰だ、そいつは?
まさか、俺の中学の頃の噂を西川愛莉に教えたのは、そいつの仕業か?
まさかの黒幕が居たことに驚きつつも、美白先輩は素知らぬ顔でモニターを起動した。
「では、次に彼を陥れようとした犯人をご紹介いたしましょうか。黒羽、お願いします」
「了解」
黒羽先輩は頷くと、持参してきたDVDディスクを校長室に備え付けてあるプレーヤーにセットしてリモコンで操作し始めた。
そこに映し出されたのは俺が見たのと同じ、西川愛莉が朝一番に教室に入る姿。そしてここに居る女子生徒たちが『花咲彼方は犯罪者』だと生徒たちに吹き込んでいく様子がバッチリと録画されていた。
言い逃れは出来ないと判断したのか、噂を流した女子生徒たちは泣き崩れたり顔を真っ青にして立ち尽くしていた。
それでも西川愛莉はやはり予想通り、しらばっくれようと必死に抵抗する。
「わ、私が朝一番に来て何が悪いのよ!」
「クラスの皆に落書きを書いているところを見られるのを避けるため、朝一番の登校が条件なのは既に黒羽が立証済みです」
「ふん、そんなの動画を合成するなり、いくらでも用意出来るわ!それに、これが本物だとしても、こんなのただの状況証拠ってやつに過ぎないわよ!犯人は私じゃない!」
息つく暇もなく、叫びながら否定する西川愛莉の姿は、どこか痛々しくて見ていられなかった。
やはりしらばっくれるかと思った矢先、今度は『つむぐ』が「ははっ」と余裕そうに笑った。
「なによ?何が可笑しいのよ!?」
「いやいや、ここまで清々しいほどにシラを切るとは思わなくて、ついね」
いつの間にか、『つむぐ』が素の自分を出していることに気が付く。
他の皆も唖然とする中、『つむぐ』は校長室のドアまで歩いていく。
「何処に行くつもりよ!?」
「ふん、そんなにヒステリックに叫ばなくても聞こえているよ。なに、安心していい。君が状況証拠だけでは不十分だと言っているのでね、そんなに見たければ見せてやろうと思ってさ」
「はぁ?一体、何を···」
「何って、確たる証拠ってやつだよ」
そう言い捨てると、『つむぐ』は校長室のドアを開き、廊下に出てすぐに戻ってきた。
「なっ···!?」
彼女が両手に抱えてきたソレを見た西川愛莉を初めとする全員が、驚愕に目を見開く。
『つむぐ』が持ってきたもの―――それは、間違いなく落書きをされた俺の机だった。
それを見た西川愛莉は顔を青く染めながらも、震える声で叫ぶ。
「な、なんで!?その机、処分されたんじゃ···!?」
「うん?いやいや、確かに桐島さんと岸さんに『片付けて』とは言ったけど、『処分しろ』だなんて一言も言ってないよ?ねぇ?」
「なっ···!?」と驚く西川愛莉をよそに、『つむぐ』は桐島さんと岸さんに確認を取るために二人に視線を向ける。
二人は、「はい」と声を揃えて答えた。
「この机はね、空き教室に保管していたんだ。どうしてか分かるかい?」
「そ、そんなの分かるわけ···!」
「証拠を掴むためさ」
そう言うと、『つむぐ』は懐から一冊のピンク色のメモ帳と一枚の紙を取り出した。
そのメモ帳には、『西川愛莉』と可愛い文字で名前が書かれていた。
それを見た西川愛莉は怒り狂う。
「あんた!それ、私のメモ帳!盗んだの!?あ、あんたが犯罪者じゃない!」
「失敬な、ボクは盗んじゃいないよ。これは、君が偶然落としたんだ。それをボクが預かっていただけさ」
「はぁ!?私が落とした!?いつ!?」
「そんなことはどうでもいい、些細なことだ。大事なのは、ここから。君が落としたこのメモ帳に書かれた文字と、彼方の机に書かれた落書きの文字、良く似ていると思わないかい?」
まるでわざとらしいように『つむぐ』が言うと、西川愛莉は目を泳がせて視線を逸らす。
「き、気のせいでしょ···」
「うん、ボクもそう思ったんだけど、気になることは調べたくなる質でね。ボクの父親の知り合いに筆跡鑑定のプロが居るんだ」
「はぁ···!?ひ、筆跡···鑑定···!?」
真っ青だった顔はさらに白くなっていき、絶望という言葉が相応しいほど愕然とした顔を浮かべる西川愛莉。
それを見てもなお、『つむぐ』はまるで悪魔のようにニヤッと嗤った。
「筆跡鑑定のプロにお願いしたところ、君の文字とこの机の文字、見事に一致したよ。まさにこれこそ、確たる証拠ってやつじゃないかな?」
「嘘よ···!嘘、嘘、嘘!こ、こんなの嘘よ!私···私は···!だって、だって、彩花に変な男を近寄らせないためには···っ!あぁ···ああぁああああっ···っ!」
完璧な証拠を突きつけられた西川愛莉は、その場に崩れ落ちて泣き叫ぶ。
ここに、一つの悪意に終止符が打たれた瞬間であった。
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