第25話  悪意への反撃




「さて、何故ここに呼び出されたのか理解していますか?花咲彼方君?」


「はい···」




時が進み、放課後。

俺は校長室へと呼び出されていた。

用件は言うまでもなく、噂の真偽についてだろう。

この場には、うちのクラスの担任も居る。

目の前には、真面目そうな妙齢の女性が座っていた。

そう、彼女こそこの学校の校長である。




「さて、確認する前に一つだけ訊ねたいのですが···」


「なんでしょう?」


「何故、生徒会役員である内空閑美白さんと妹の内空閑黒羽さんがここに?」




そう、俺の両隣には生徒会長の美白先輩と、書記で妹の黒羽先輩が付き添っていた。

訝しげな校長先生を前に黒羽先輩は無表情のまま、美白先輩は笑顔でそれぞれ口を開く。




「彼の弁護人」


「あら、口下手な妹の代わりの説明役です」


「弁護人?あなたたちが?」




怪しげに目を据える校長先生。

当然だ。学校中に俺の悪評によって広まっている中、生徒会長とその書記である二人がたかが一般生徒のために味方になると言っているのだから。俺だって訳が分からない。




「あらあら、そんなに睨まないでください。生徒のために動くのが生徒会ですよ?」


「それはそうですが···まあ、いいでしょう。それで、弁護とは?」


「その前に、まだ全員が集まってはいないのでお呼び立てしても構いませんか?」


「···全員?まあ、いいでしょう。あなた方が何をする気か分かりませんが、好きになさい」


「ふふっ、ありがとうございます」




校長先生と会話を続ける美白先輩だが、その間に何やら暗雲が立ち込めているような気がする。

この二人、仲が悪いのか?




「では、もうしばらくお待ちください」














そうしてしばらく待った後、美白先輩が言っていた『全員』がこの校長室に集合していた。

この場には俺たちだけではなく、何故か桐島さん、岸さん、西川愛莉、その他知らない女子生徒が数人、さらには『つむぐ』の姿まであった。

まさか、ここで犯人を暴露する気なのか?

あんな弱い証拠一つで?それはあまりにも無謀だ。

だって防犯カメラには教室に入った映像しか無く、決定的な証拠ではない。

しらばっくれられるのがオチだ。

不安に思っている俺だったが、黒羽先輩は「大丈夫」と囁いてきた。




「黒羽先輩···」


「任せて」




その目には強い意思が宿っているように見受けられ、俺は彼女を信じることにして頷く。

西川愛莉や他女子生徒は何故自分たちが呼ばれたのか分からず、困惑している様子だった。




「あのー?何故、私たちも呼ばれたんですか?噂の渦中にある彼が処分される場なら、私たち関係ないと思うんですけど?」




さも自分は知らないとばかりに話す西川愛莉に、少しだけ不快感を覚える。

その軽い発言に、美白先輩が笑顔で返した。




「申し訳ありませんが、ここは校長室なので以降の私語は謹むようにお願い致します」




美白先輩の笑顔のプレッシャーに圧されたのか、西川愛莉たちは揃って口を閉ざした。

それを見届けた美白先輩は、続けて言う。




「まずは、皆様を急にお呼び立てしたことについて謝罪を致します。申し訳ありません。ですが、あなたたちにも関係のあるお話を私がしますのでご静聴よろしくお願いしますね?」




丁寧にお辞儀をして謝罪の意を述べた後、笑顔で注意して話を進める美白先輩。




「さて、最初にこの噂についてですが···先に校長先生、そして彼の担任の先生に確認致します。彼の噂が流れた要因をご存じでしょうか?」


「···いえ、私は存じ上げていません」


「俺も知りません」




どうやら教師陣は、俺の机が落書きされていたことについては知らないようだ。

まあ、当然かもしれない。

聞くところによれば、俺の机は俺が教室から出た後に片付けられたらしいから知る機会が無かったのだろう。




「実を申しますと、噂の発端となったのは今朝、花咲彼方君の机に『犯罪者』という落書きが発見されたことから始まりました。そこから噂が流れたようです」


「···そのような報告、受けていませんが?」


「あらあら、すみません、ちょっとうっかり忘れていました」




目が据わる校長先生に、わざとらしくまるで悪戯っ子のように微笑む美白先輩。

俺はチラッと西川愛莉のほうを見るが、余裕そうな笑みを浮かべていた。正直、気持ち悪い。

そんな彼女たちに気が付いていた美白先輩は、一瞥した後に続ける。




「その書いてあることは、事実かどうかは今は置いておくとしまして···実は私、ここで妙なことに違和感を覚えたのです」


「妙なこと···?」


「はい。落書きをされた彼の机が見付かったのは今朝。ですが、噂は今朝から既に生徒たちに出回っていたのです」


「···なんですって?」




そう言って美白先輩が西川愛莉とその他の女子生徒数人に視線を移すと、それまで余裕そうにしていた彼女たちはビクッと肩を震わせていた。




「おかしいとは思いません?そう、噂の拡散があまりにも早いんですよ」




言われてみれば、そうだ。

俺は他の生徒たちより早めに登校している。

にも関わらず、そんな早朝の段階で噂が既に学校中に広まっていた。

つまり、俺の考えが正しければ―――




「それはつまり、故意に噂を流した生徒が居ると?」


「あら、大正解です」




俺の考えを代弁する校長先生の質問に、満足そうに答える美白先輩は笑顔で頷く。

なるほど、失念していた。

つまり、俺の机に落書きをした人物と故意に噂を流した人物が居るということか。

もしかしてと思い訝しげに心当たりのある彼女らに視線を向けると、彼女たちは皆目が泳いでいた。

なるほど、彼女たちか。実に分かりやすい。




「ふむ、話は分かりました。つまり机に落書きをした犯人と、故意に噂を流した犯人が居る。そして、それはこの集めた人物たちの中に居るということですね?」


「はい、校長先生の仰る通りです」


「その犯人の目星は付いているのですか?」


「当然」




そう質問する校長先生に、美白先輩ではなく俺の隣に立っていた黒羽先輩が対応した。

全員、黒羽先輩のほうへ視線を集める。

注目を一斉に集めた黒羽先輩は涼しげな顔をして、校長先生へ目を向ける。




「校長、私が任されていることは?」


「それをこの場で言っても良いのですか?」


「花咲彼方は承知済み」




確かに俺は、彼女の裏の顔を知っている。

だが、校長先生の言い方だとまるで今まで内緒にしていたようにも聞こえた。

しかし、それでも構わないと黒羽先輩は言う。

この人は、本当に俺のことを守ろうとしているんだと改めて実感した。

そんな黒羽先輩に校長先生は何故か目を見開き驚いていたが、ふぅと諦めにも似た溜め息を吐いて口を開く。




「内空閑黒羽に任せた仕事は、この学校の警備システムを管理することにあります」




瞬間、ざわっと室内がざわめいた。

皆信じられないようで、「どういうこと?」「まさか···」「ヤバいんじゃ···」というヒソヒソと話す声が耳に届く。

そんなことを気にもしない黒羽先輩は、「そう」と小さく頷く。

それに続き、美白先輩も話に割って入る。




「今聞いた通りです。この学校中の防犯カメラも私の妹の作品であり、それを一括管理しているのです。私が言っている意味、分かりますか?」




ここまで言えば、さすがの彼女たちにも理解が出来たようだった。

彼女たちの顔が次々に青ざめていき、涙を浮かべている女子まで居た。

いや、泣きたいのはこっちだ。






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