第24話 変わった姉妹の謎
西川愛莉。
クラスメイトであり、元幼馴染みの桐島彩花の親友を名乗る女。
そいつが朝一番に教室に入り、後に騒ぎが起きる様子がモニターに表示されていた。
「この女、知り合い?」
モニターを一緒に見ていた内空閑先輩が俺に訊ねてきたが、俺はモニターから目を逸らさずに答える。
「···ええ、クラスメイトです」
「そう。恨まれる覚えは?」
心当たりはある。
おそらく、桐島彩花をぞんざいに扱ったことが主な原因だろう。
なにせ、あの時鬼のような形相で俺を睨んでいたからな。印象に残りやすかった。
しかしいくら親友を邪険にされて気に入らないからといって、ここまで嫌われるようなことは彼女にしていないはず。
そもそも、何故『犯罪者』などという落書きをしたのかさえも検討が付かない。
―――もしかして、彼女とも昔に会った記憶がある?
いや、それは無いなとすぐさま可能性を否定する。
あの日、俺たちは初めて出会ったはずだ。
その証拠に、彼女は初対面のような素振りをしていた。
彼女の性格から考えても、演技など到底向かないであろう。
であるならば、何故彼女が俺の過去を知っているのか?
「痛っ···!?」
そこまで思案に耽っていると、急に横っ腹に痛みを感じた。
視線を移すと、内空閑先輩が不機嫌そうな顔でじーっとこちらを睨んでいる。
「あ、あの···内空閑先輩、何か?」
「一人で考えない。私にも説明を要求」
どうやら、俺が一人で考え込んでいるのが気に入らなかったらしい。
むっと唇を尖らせる内空閑先輩は、怖くなくてとても可愛かった。
でも、横っ腹をつねるのは止めていただきたい。
「す、すみません。えっとですね···」
かえって申し訳ない気持ちになった俺は、さっき思ったことを素直に打ち明けた。
ここまで腹の内を明かしたのは、『つむぐ』以来かもしれない。
本当に、この人はなんだか不思議な人だ。
「―――というわけなんですが···」
全て話し終えると、内空閑先輩はしばらく考え込んだ後にスマートフォンを取り出した。
そして、素早い指の動きで操作し始める。
「えっと、内空閑先輩?今度は何を?」
「協力申請」
「誰にですか?」
「今に分かる」
それだけ言い、スマートフォンに集中する内空閑先輩。
協力申請って、誰にだろう?もしかして友人か?
なんだか孤高なイメージだった故に、俺と似た者同士じゃなかったのかと軽く勝手にショックを受けてしまった。
そんなこんなで、二時限目のチャイムを迎えてしまった。
場所を再び生徒会室に移した俺と内空閑先輩は、共に椅子に座って時を過ごしている。
俺はともかくとして、何故に内空閑先輩はずっとサボっているのか分からない。
いくら優秀で学年首席だからといって、授業に出ないのはおかしいだろう。
そう心配し、声をかけてみる。
「あの、内空閑先輩?」
「ん?」
「授業に戻らなくてもいいんですか?」
「いい。面倒」
それで良く教師に怒られないものだ。
もしや俺を気遣ってくれているのか?
そう思ったが、内空閑先輩はひたすらにスマートフォンでゲームをして遊んでいた。
いや、本当にサボりたかっただけかよ。
深く溜め息を吐いていると、不意に生徒会室のドアが開かれる。
「お待たせしました、黒羽」
入ってきたのは、綺麗で長い髪の美少女。
モデル並みの体型にふくよかな胸、なにより目を引くのはその誰にでも優しそうな大きな瞳であった。
誰だ、この人は?どこかで見た覚えがあるが、人に興味を抱かない俺は顔も名前も覚えるのが苦手だ。
しかし、黒羽と内空閑先輩のことを名前で呼び捨てにしていることから、二人は親密な関係にありそうだ。
ここは、成り行きを見届けよう。
「待っていた。至急、黒糖飴を要望」
「あらあら、もちろん用意していますよ。相変わらず、お年寄りのような趣味を持っていますね、あなたは。はい、どうぞ召し上がってください」
「ん、感謝」
美少女に飴を差し出され、ちょっとテンションが高くなっている内空閑先輩はそれを口に含んで幸せそうな表情をした。
まるで、餌を与えられた子犬のようである。
幸せそうに飴を頬張りながら、内空閑先輩は口を開く。
「要請任務、完了?」
「あら、どこかの秘密組織みたいな言い方は止めてくれます?ええ、あなたのご要望通りに、依頼されたことは終わりましたよ」
「ん、完璧。感謝」
「あら、あなたがお礼を言うなんて珍しい···明日は雪が降るんでしょうか?···あら?」
仲睦まじく会話をしていた美少女が、ようやく俺の姿を発見した。
そして、にこっと笑顔を俺に向ける。
「花咲彼方君ですね?黒羽から事情は聞いています。私は、生徒会長の
そう言って、ペコリと綺麗なお辞儀をする美少女。
俺はいつものように仮面を着け、お辞儀を返して挨拶を返す。
「ご丁寧にどうも。こちらこそ、初めまして。···ん?内空閑?それって、もしかして···」
「はい。私と黒羽は双子の姉妹なんですよ。私が姉で、黒羽は妹です。良く似てないって言われますけどね」
彼女、内空閑美白は内空閑黒羽の姉であり、生徒会長を務めているらしい。
どおりで何処かで見たことがあるかと思ったら、入学式にて生徒会長として挨拶をしていた人であった。
似てないとは言いつつも、顔のベースは二人とも瓜二つであるため、変な既視感を覚えたわけか。なんとなく見覚えがあるはずだ。
妙に納得していると、内空閑先輩はくいくいと俺の制服の袖を引っ張った。
「ん?何ですか?」
「私たち、姉妹。名字呼びは混乱する。よって、名前呼びを要求」
「な、名前呼びですか?」
「あらあら、本当に珍しいですね。あなたが私以外の人にそこまで心を開くなんて」
内空閑先輩(姉)の言ったことが気になったが、未だにくいくい引っ張っている内空閑先輩(妹)をどうにかしなくてはいけない。
今まで名前で呼んだのは『つむぐ』と元幼馴染みの桐島彩花、あとは家族(さん付けではあるが)しか居なかったため、妙に緊張するもののその提案に乗ることにした。
「えっと···黒羽先輩と美白先輩でいいですか?」
「む、妥協する」
「あらあら、恥ずかしいですね。ぽっ」
黒羽先輩は名前呼びしたのに何故か妥協され、美白先輩は何故か頬を赤くしていた。なんか変な人だ。
「それより、美白先輩までいいんですか?今は授業中では?」
生徒会長ともあろう者が授業を抜け出してきては駄目だろう。
まあ、それを言うなら黒羽先輩もだが。
生徒会役員が二人してサボってはいけない。
そう思ったが、美白先輩は「あら、大丈夫ですよ」と笑顔を返した。
「私たち、結構優遇される立場にありますので、このくらいのことは多少は多目に見られるんです」
「私たちって···まさか、黒羽先輩も?」
「肯定」
生徒会とは生徒の見本にならなくてはいけない立場のはずなのに、授業をサボったり抜け出しても何故だか許される。
そんなことがあってもいいのか?
というか本当に何者なんだ、この人たちは?
「それよりも、黒羽。おそらく事が動くのは、放課後になります」
「了解。全て準備完了済み」
「あら、さすがですね。まあ、私とあなたが組めば敵は居ないも同然ですけど」
「当然」
「では、私はまだ準備があるのでこの辺で失礼しますね」
「任せた」
なんだろう、この二人の会話。
何を言っているのかさっぱり分からないが、双子だから通じ合っているのだろうか?
困惑する俺をそっちのけで、二人で会話を進めた後、美白先輩は「また後でね」と手を振って部屋を出ていった。
「あの、黒羽先輩?何が始まるんですか?」
二人の会話からして、何かが始まる予感がすると思った俺は黒羽先輩に訊ねる。
頬の中の飴を転がしていた黒羽先輩は、ニヤッと悪戯っ子のように嗤った。
「今に分かる」
「なんなんだ、一体···?」
その俺の疑問は、放課後に解決されることになる。
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