第28話  悪意を告げるエピローグ




ある深夜。

とある病院の廊下に、カツカツと歩く靴の音が木霊する。

夜の病院は不気味なほどに静けさを増し、足音だけが病院内を蹂躙している。

その足音の人物は慣れた様子で歩き進み、とある部屋の前で足を止めてドアをノックする。




「···入りなさい」




部屋の中から声が聞こえ、その人物は遠慮無しにドアを開ける。

その人物を見て、対応した部屋の主は溜め息混じりに呟いた。




「なんだ、君か。その後の経過はどうだい?」




その部屋の主は、訪れた人物をあまり歓迎していないようで、うんざりしたような顔を見せた。

部屋の主は、まだ30代と思しき眼鏡を掛けた白衣の男性。

そして部屋を訪れたのは、黒いロングコートとフードで顔を隠している謎の人物だった。




「こんばんはー。経過?あー、うん···まあ、大失敗だったよ」


「···そうか。こちらは、ある意味成功だ。彼の仮面が壊れたようだよ。これで、サンプルがまた一つ増えた」




その謎の人物の残念そうに聞こえない返事を聞いた男性は、逆に満足そうに呟いている。




「まあ、ある意味で当然の結果だったかな」




そのフードの人物は顔こそ見えないが、嗤う口元だけが覗いている。

その姿は、まさに不気味を表現していた。




「えーっと···名前、なんて言ったっけ?···あぁ、西川愛莉だったかな?」


「君が忘れてどうするんだ?大切な手駒だったんだろう?」


「手駒じゃないよ。大事な大事なオモチャ。まあ、そのオモチャも壊れちゃったけどね」




さも可笑しそうに、クスクスと嗤う人物。

男性は冷めた眼差しで睨んでいるが、再び溜め息を吐いて聞く体勢を取る。

その男性の様子を見たフードの人物は、さも可笑しそうに続けて口を開く。




「あの子、本当に役立たずだったなぁ。せっかく『花咲彼方』の情報をあげたっていうのに、それを上手く活用できずに自滅したんだから」


「聞いた情報だと、その西川愛莉とかいう女子が彼を孤立させようとしたらしいが···それは、君の指示ではなかったのかい?」


「違うよ、全然違う」




西川愛莉は花咲彼方を『孤立』させることが、主な目的だった。

しかしそれは、フードの人物とは大きく異なる目的。

別に、花咲彼方を孤独に追い込むことではない。




「なるほど。君の目的は、変わらずか」


「うん、そうだよ」




呆れる男性とは反対に、フードの人物は薄ら笑いを浮かべている。

まさに、狂気という二文字が相応しい笑み。




「それで?そのオモチャとやらは無くなってしまったわけだが···これからどうするのか、当てはあるのかい?」


「うーん···とりあえずまた計画を練らなくちゃいけないから、今は静観が妥当かな?」




可笑しそうに嗤うフードの人物に、眼鏡の男性は座っていた椅子から腰を上げて近付く。




「いいかい?君の目的は、私の目的とは異なる。だが、利害は一致している」


「そうだね。だから協力関係にある。それがどうかした?」


「だからといって、彼を死なせてはならない。それは理解しているかい?」


「もちろん分かってるよ」




眼鏡の男性とフードの人物の目的は異なるが、花咲彼方を殺したいわけではない。

男性は、あくまでも医者である。殺すことは、医者としての範疇を大きく越える行為だ。だから、直接的に関わらない。

またフードの人物も、彼を殺すことは良しとはしない。

ならば、彼らの目的は一体何なのか···。




「分かっているなら、それで良い···だが、君に一つ忠告をさせてもらう」


「へぇ、何かな?」




眼鏡の男性は、ぐいっとフードの人物の胸ぐらを掴むと鋭い視線を向けた。

それは、まるで敵対するかのように。




「妹を巻き込むな。手を出すな。もし、妹に何かあったら···私は、君を許さない」


「ふぅん、許さないか。どうする気かな?」


「その時は、私と君がしたことを世間に公表させてもらうよ」




一切迷いのない瞳。

この男は、やるといったら必ずやる男だ。

長い付き合いだからこそ、本気だと感じ取れる。

しかしフードの人物は臆することもなく、彼を見上げる。

フードから覗くその瞳はどこか面白そうに、狂気を孕んだ色をしていた。




「大丈夫、君の妹さんには手を出さないから。そこは安心していいよ」


「ならば、別に良い」




おどけて嗤う人物にこれ以上は無駄だと察したのか、男性は掴んでいた手を離して再び椅子に座る。




「私と君は協力関係にある以上、出来る限りのサポートはさせてもらう。だが···」


「分かってるってば。その代わり、有益になる情報は全て君にリークする。そういう約束だもんね」




そう、この二人は協力関係にある。

男性はフードの人物のサポートをする代わりに、自分の利益となる情報を受け取っていた。

ギブアンドテイクの関係といえば聞こえはいいが、やっていることはどう考えても普通ではない。犯罪の域に至っている。

そもそも何故、彼らは『花咲彼方』を対象にするのか。

彼らの目的は何なのか、誰もそれは知らない。




「じゃあ、そろそろ行くよ。また計画を立てなくちゃいけないし。君にも、その準備を手伝ってもらうけどね」


「···分かった。くれぐれも、抜かることのないように頼む」


「言われなくても分かってるよ。それじゃあね、ばいばーい♡」




フードの人物は手を振り、部屋を出ていく。

その様子を見送った男性は、ふぅと小さく息を吐いた。

そう、彼はフードの人物とは目的が異なってはいるが、『花咲彼方』に執着している。

別に男色の趣味は無いが、彼でなければならない理由が男性にはあった。




「彼には本当に悪いとは思うが、私にはこれしか道がない···これしか道がないんだ···」




そう納得するように自分に言い聞かせる。

彼に恨みがあるわけではない。

だが、どうしても彼には間接的にとはいえ協力してもらわねば困る。それも秘密裏に。

例え、どんな犠牲を払ったとしても···。















「まったく、これだから男は···」




病院を出たフードの人物は、やれやれといった具合に肩を竦める。

彼の目的は理解しているし、バックアップやサポートは本当にありがたい。

しかし、彼には悪いが最後まで協力する気は微塵も無い。

自分の目的が達成したら、あの男はもう用済みなため切り捨てる。

一蓮托生ではない、ただの協力関係なのだから。

話したくもない男と縁を繋げるのは不愉快だし、気分も悪い。




「だけど、仕方ないよね。それもこれも、全ては彼を手に入れるためなんだから」




フードの人物は、おもむろにフードを脱ぐ。

ふわっと、金髪の髪が揺れて月明かりにその姿を映し出されたのは、花咲彼方たちと同年代くらいの少女だった。




「他の誰かに渡してなるものか。他の誰かに彼の心を救わせてなるものか」




ニヤッと、まるで悪魔のように嗤う。

月明かりに照らされた金髪を髪で掻き分け、暗闇の中を歩いていく。




「まだ、これからだよ···。君には、もぉっと壊れてもらわないといけないんだから···」




狂気に嗤う。

くるくると、可笑しそうに回る。

その瞳には、彼の姿しか映さない。

その姿は、『病んでいる』という言葉はあまりにも似つかわしくない。

分かりやすく言えば―――狂っている。




「待っててね···ふふふっ♡」




その声は誰にも聞こえず、その姿は暗闇の中へと吸い込まれていくかのように消えていた。






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