相容れぬ家族と拒絶
第29話 生徒会長のお願いとは
「あらあら、急にお呼び立てしてしまって申し訳ありませんね、花咲彼方君」
桐島彩花と岸萌未から土下座謝罪を受けた数日後、俺は何故か生徒会室に呼び出されていた。
特に何もしていないはずなのだが、こうやって呼び出されると何だか恐縮してしまう。
「どうぞ、お掛けになってください。今、お茶とお茶請けを用意致しますから」
「いえ、お構い無く···」
なんだか嬉しそうにお茶を用意しようとする美白先輩だが、どうしてそんなに喜んでいるのか理解出来ない。
生徒会室には、黒羽先輩も居た。
相変わらず好きな黒糖飴を食べながらスマートフォンを弄っているが、たまに俺のほうをチラチラと見てくる。本当に不思議で変わった人だ。
「それで?彼方に一体何の用ですか?」
俺を庇うように前に出たのは、何故か呼び出されてもいないのに付いてきた『つむぐ』だった。
あの日、俺の仮面が壊れて以来、『つむぐ』は何かと俺にぴったり付いてくるようになっていた。
心配してくれるのはありがたいが、正直ちょっと子供扱いされているようで嬉しくない。
そんな番犬の如く威嚇する『つむぐ』をよそに、美白先輩は俺たちにお茶とお茶請けを差し出してきた。
「あらあら、そんなに怒っては美容に悪いですよ?大丈夫、取って食べたりしませんから」
「当たり前です!」
「おい、落ち着け、『つむぐ』。この人は俺を助けてくれた人だぞ?」
何故か今にも食らい付きそうな『つむぐ』を宥めるため、彼女の肩を掴んで諌める。
「分かってるよ、それは感謝してるつもり」
「じゃあ、なんでそんな···」
「分かってるんだけど···だって、なんか嫌なんだもん···。彼方の『恩人』は、ボクだけだって思ってたのに···」
良く分からないことを言い、不機嫌になりつつも俺の隣でお茶を飲む『つむぐ』。
美白先輩はそんな彼女を見ても、意に介さずニコニコと逆に上機嫌に微笑んでいた。
数えるくらいしか会っていないが、黒羽先輩とは違った意味で掴みづらい人だ。
「それで?美白先輩、俺が呼び出された理由は何ですか?」
「あらあら、そうでした。まず、本題の前に···花咲彼方君、黒羽から聞いてはいましたが、仮面はもう無いのですね?」
「っ···ええ」
そう、仮面が壊れたあの日から、俺は仮面を着けることが出来なくなっていた。
今までは意識せずとも偽の笑顔を象った仮面を着けていたのだが、今ではそれが出来ない。
しかしだからといって、劇的に何か変わったことは無い。
相変わらず俺はクラスでは浮いている存在だし、家に帰っても家族とはここ数日顔を合わせてはいない。
俺が仮面を被っていないことを知る者は、『つむぐ』、桐島さんと岸さん、そして内空閑姉妹だけのようだ。
「俺、今はどんな顔をしているのか自分でも分からないんです···仮面を無くした時から、ずっと不安で···俺が俺じゃないみたいで···」
先日、以前世話になった心療内科の先生に相談しに行ったことはあるが、先生は「それは大きな進歩だよ」と大層喜んでいた。
大きな進歩、果たしてそうなのだろうか?
自分が自分ではない感覚に襲われ、今にも心が壊れてしまいそうな不安に陥る。
それを支えるのは『つむぐ』や、贖罪のためだろうか桐島さんや岸さんもサポートしてくれているおかげでなんとか自分を見失わずにいられている。
しかし、一人になれば怖くなってしまう。俺は、本当に弱い男なのだ。
「大丈夫」
黒羽先輩の声が耳に届いた。
彼女のほうに視線を向けると、黒羽先輩は真剣な眼差しで俺を見ていた。
「花咲彼方は花咲彼方。それ以上でもそれ以下でもない」
「黒羽、先輩···」
何故だか、不思議と黒羽先輩の声は俺の不安な心の闇を振り払ってくれた。
それほど力強く、優しい声だった。
それに同調するように、美白先輩も笑顔で頷く。
「あら、私の言いたいことを取られちゃいましたね。でも、黒羽の言う通りです、花咲彼方君。あなたは、他の何者でもない。あなたは、あなたしか居ないのです。だから、不安になることなんて無いんですよ?」
「美白先輩···」
「そうさ、彼方。例え君が何者になろうとも、君はボクの大事な友達だよ。それは今までも、そしてこれからも決して変わることのない事実なんだ」
「『つむぐ···』」
隣に座る『つむぐ』が安心させるように、俺の手を握ってくる。
暖かい。温もりを感じる。安心出来る。
三人の言葉で、俺は俺でいいんだと認められたようで胸が熱くなっていくのを感じる。
そんな俺の様子を見た美白先輩は、「さて···」と両手を叩いた。
「安心したところで、本題に入りましょう。実は、あなたにお願いがあるのです」
「お願い、ですか···?」
「ええ。そのために、失礼ながら先程の質問をしたのです」
俺が仮面を着けていないことと、美白先輩のお願いとどんな関係があるのだろう?
良く分からないが、彼女は俺を助けてくれた。ならば、その恩義に報いたい。その気持ちはあった。
「俺で出来ることなら何でもしますが···」
「あら、本当ですか?嬉しいです」
俺の返事で、嬉しそうに微笑む美白先輩。
その様子を見た『つむぐ』は何故か不機嫌そうな目をして俺を睨み、手の甲をつねってきた。
「あの、痛いんですけど···?」
「鼻の下を伸ばした罰だよ」
俺がいつ鼻の下を伸ばしたというのだろうか。
甚だ疑問ではあるが、素直に謝ったほうが得策だと考えて口を開く。
「すまなかった」
「ふん、別に···いいけどさ」
そんな俺らの様子を見た美白先輩はクスクスと笑い、黒羽先輩は呆れたように見てくる。
なんだろう、正直居心地が悪い。
「あらあら、あなたたち、本当に仲がよろしいのですね。もしかして、付き合ってます?」
「なっ···!?」
美白先輩の発言に反応したのは俺ではなく、顔を真っ赤に染めた『つむぐ』だった。
「ち、違います···けど、えっと···そ、そんなふうに見えますか?」
「ええ、仲睦まじいように見えます」
「そ、そっか···えへへ···」
美白先輩の言葉に、『つむぐ』は恥ずかしげに照れていた。
ちょろすぎだろうと思ったが、彼女が嬉しそうなら別に良いかと気にしないようにする。
「むぅ···」
そんなことよりも、ジト目になった黒羽先輩の視線が痛々しく突き刺さっていた。
俺が何をしたというんだ、勘弁してくれ。
何故か罪悪感を感じた俺は、この場の空気を変えるために話を戻すことにした。
「そ、それより美白先輩。俺にお願いとは···?」
情けなくも、少し声が震えてしまう。
それほどまでに、黒羽先輩の視線が怖かったのだ。未だに黒羽先輩は睨んでいるし。
「あら、そうでした。話が脱線してしまいましたね、申し訳ありません。実は、お願いとは他でもありません」
急に、シンと静かになる生徒会室。
『つむぐ』も照れるのを止め、真剣な表情で彼女のほうを見ている。
俺も世話になった分、少しでも恩返しはした い。だから、出来る限りのことはするつもりだ。
そう心に決め、美白先輩の言葉を待つ。
そして彼女は真っ直ぐな瞳で俺を見て、胸に手を当てて口を開いた。
「花咲彼方君、生徒会に入っていただけないでしょうか?」
そう、彼女は言った。
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