第30話  本心をさらけ出せ




「花咲彼方君、生徒会に入っていただけないでしょうか?」




唐突のお願い、というかむしろ提案に近い美白先輩の言葉を一瞬理解できず、俺は唖然と放心してしまった。

そんな俺が返事に困っていると思ったのか、『つむぐ』が代わりに訊ねる。




「部外者の私ですが、質問してもよろしいでしょうか?」


「あらあら、ええ、なんなりと」


「何故、彼方君を生徒会へ?私が言うのもなんですが、彼は世渡りとコミュニケーションを取ることに不慣れなんです。それに彼は、その···」


「『失感情症アレキシサイミア』」


「「ッ···!?」」




俺と『つむぐ』は共に目を見開くほど、驚きを隠せなかった。

まさか、美白先輩からその単語が出てくるとは思いも寄らなかったからだ。

『失感情症』。感情をいくつも無くしてしまった俺の心の病。

このことを知っているのは、『つむぐ』とうちの家族、あとは当時世話になった心療内科の先生だけだ。




「あらあら、何故知っているんだといった顔ですね?特に彼方君、仮面が無いからか分かりやすいですよ?」


「っ···!」




美白先輩は可笑しそうにクスクス笑いながら、俺のほうを見ていた。

そこで気付く。そういえば先日の校長室で、美白先輩は俺のことを調べたと言っていた。

まさか、本当に全てを知った上で生徒会へ誘っているのか?でも、何故?




「さて、それでは天野さんのご質問にお答え致しましょう。あなたを生徒会へお誘いしたのは、実を言うと黒羽があなたを推薦したからです」


「えっ···?」




黒羽先輩が俺を推薦?何故?

訳が分からず彼女のほうを見ると、何故か黒羽先輩は恨めしそうに美白先輩を睨んでいた。




「···美白、言わない約束」


「あらあら、ごめんなさい。ついうっかり」


「わざとなくせに」




そして黒羽先輩は俺と目が合うと、ぷいっと顔を背ける。

一瞬、彼女の頬が赤くなっていたような気がするが···まあ、約束を反故にされて怒っているんだろうなと納得することにした。

それにしても美白先輩は、校長先生といい黒羽先輩といい、どうやら人をおちょくったりするのが好きなのだろうか?

悪戯っ子のような内面が俺でも計り知れた。




「まあ、黒羽の推薦もそうなのですが···私は、あなたに興味を抱いています」


「はぁ!?」




美白先輩の言葉に一番早く反応したのは、やはり『つむぐ』だった。

まさに、驚天動地といった驚きぶりだ。




「せ、生徒会長!それって、どういう意味なんですか!?」


「その意味、私にも説明求む」




『つむぐ』だけでなく、何故か黒羽先輩も美白先輩を睨み付けているが、当の本人は「あらあら」と頬に手を当て楽しそうに笑っていた。




「大丈夫ですよ、別に彼を取っちゃおうなんて考えていませんから」


「な、なら良いですけど···」


「安心」




露骨にホッと胸を撫で下ろす二人に、美白先輩はクスッと笑いながら言った。




「まあ、花咲彼方君が私に告白をしてきたら話は別ですけどね」


「「はぁ!?」」




せっかく宥めたというのに、再び焦ったような怒り狂ったような良く分からない形相をしながら美白先輩に詰め寄る二人。

もしかして、この二人をからかっている?

短い付き合いだが、なんとなく彼女のことを理解してきたような気がする。

とはいえ、なんだか油断ならないのでやはり俺とは相容れないタイプの人物だ。

楽しく笑っている美白先輩は二人を押し退け、「それはさておき···」と話を強引に進めた。




「興味を持っているのは本当ですよ?なにしろ、私以外に心を開かなかった黒羽があなたにあそこまで自分を出していたのですから」


「···それは、どういう?」


「すみません、それについては深く追及しないでいただけると助かります。今、この場で話すことでもないですし。黒羽が自分から話せるように心を開くまでお待ちください、どうかお願い致します」




からかっているような表情が消え、代わりに真面目な顔をした美白先輩が頭を下げた。

どうやら本当に触れられたくないような内容らしい。

その気持ちは、俺も『つむぐ』にも痛いほど分かっていた。

だから彼女の意を汲み、これ以上は聞かないことにした。

『つむぐ』も同じようで、俺を見て頷く。




「分かりました、それ以上は問いません」


「ありがとうございます」


「しかし、そんな理由で俺を?助けてもらった身ですが、一度は不評のあった俺ですよ?生徒たちの反感を買うかもしれません」




いくらなんでも分不相応だ。

美白先輩のような巧みな話術とカリスマ性は俺には無いし、黒羽先輩のように機械が強いわけでもない。

俺には、何の特筆すべき力は無い。

だと言うのに、偶然黒羽先輩の心を開かせたからといって、それが何の役に立つのか。

そんな俺に、美白先輩は優しい口調で諭すように言った。




「あら、大丈夫ですよ。そんな不評など私たちは気にしませんし、あんな根も葉もない噂に踊らされていた連中の雑音など耳を貸す必要もありません」




実に生徒会長らしくない発言だ。

こんな言葉を全校生徒や教師陣が聞いたら、顔面蒼白ものだろう。




「私は···いえ、私たちはあなたを必要としています」


「先輩···ですが、俺は···」


「やはり、ご家族へ迷惑はかけたくないと···?」


「っ···」




やはり、この人は食えない人だ。

こちらの心理などお見通しと言わんばかりに、先の先を考えている。

全て調べられている以上、この人に隠し事は不可能のようだ。




「はい···俺が生徒会に入れば、まず間違いなく帰るのが遅くなります。遅くならないと、家族に約束しましたから。まあ、あの人たちが俺に興味なんて持ってはいないんですが···それでも、あの人たちに迷惑はかけたくないんです···」




あの人たちは、所詮世間の目のほうが大事だ。

家族なんて後回し、二の次。

俺は、あの人たちに『恥さらし』として認知されている存在だ。

生徒会に入って遅くなれば、また彼らの心評を悪くする。

まあ、元々俺に対する信頼や評価なんて無いに等しいのだが。

結局のところ、彼らは俺には何の期待もせず、何の信頼も寄せず、愛情だって持っていない。

今までも、そしてこれからも。

俺も同じだ。彼らに何の信頼も信用も無い。

だから、俺が仮に生徒会に入ったとしても、彼らはきっと喜ばない。

『恥さらし』が生徒会に入るなど、世間の目にどう映るか、それを気にしているから。




「だから、すみません···申し出はありがたいのですが、俺は―――」


「彼方」




俺が言い終わる前に、『つむぐ』が俺の名前を呼ぶことで遮った。

彼女のほうを見ると、その目は真剣の色を宿している。

俺が「どうかしたか?」と訊ねる前に、『つむぐ』が口を開いた。




「今は、家族のことなんてどうでもいいんだ。ボクは、君の本心が知りたい」


「俺の···本心?」


「そうだよ。誰かの迷惑になるからとかの上っ面な心ではなく、君が本当は何をしたいのか、どんなことを為したいのか、それを聞いているんだ」


「俺が···本当にしたいこと···?」


「いいかい、彼方?何度も言うけど、ボクは君の友達だ。君を守りたい。そのためなら、どんな奴が相手だって助けてやりたい。君が本当にしたいことを阻む奴は、みんなボクの敵だ。君の家族だろうと、容赦はしないつもりだよ」


「『つむぐ』···」


「だから安心して、ボクに君の本心を聞かせてほしいんだ。


「お、れは···」




『つむぐ』の言う、俺が本当にしたいこと···。

それは、何だろう?今考えても分からない。答えは出せない。

でも、わがままを言うなら···わがままを言っていいのなら···。




「俺は、この学校でやりたいことを見付けたい。自分で出来ることを探したい。ここに居る皆と仲良くしたい」


「彼方···」


「ん···」


「花咲彼方君···」




三人が見守るように、俺の次の言葉を待っている。

本当に俺でいいのか、俺がここに居ていいのか。そんな不安が過るけれど、俺の心は既に決まっていた。




「生徒会に···俺の居場所をください」




そう、俺はただ自分の居場所がずっと欲しかったんだ。





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