第31話  一歩でも前に踏み出す勇気を




小学校の頃に泥棒扱いされ、中学では痴漢冤罪に巻き込まれた故に、学校にも家にも俺の居場所は何処にも無かった。

だから、俺はずっと自分が居ないような生活を送り続けていた。

そしてそれは、もう慣れたと思っていた。

でも、そうじゃなかった。

黒羽先輩に抱きしめられ、『つむぐ』に諭されて俺はようやく自分と向き合えた。

俺は、寂しかったんだ。誰かに必要とされたかったんだ。

だから生徒会に誘われた時、本当はとても嬉しかったんだ。

だから、素直に言える。もう自分に嘘は付きたくはない。本心を誤魔化したくない。




「生徒会に···俺の居場所をください」




頭を下げて、返事を待つ。

生徒会室が静寂に包まれる中、クスッと小さく笑う声が響く。

頭を上げると、美白先輩が柔らかな笑顔を浮かべていた。




「当然、喜んで迎え入れますよ。ようこそ、花咲彼方君。我が生徒会へ」


「ん、歓迎する」




美白先輩に続き、黒羽先輩も小さく笑って首を縦に振っていた。

この人たちは、本当に俺を必要としてくれているのが分かる。信じられる人たちだ。

嬉しさで胸が熱くなる中、『つむぐ』が挙手をして立ち上がった。




「先輩、私も生徒会に入れてください」


「えっ?『つむぐ』?」


「あらあら、天野さんも?一応、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「私は、彼方の唯一無二の友達です。彼の傍で支えて、彼のやりたいことを一緒に探したい。それが、私の恩返しになるから···」




真剣な眼差しで、美白先輩に訴えるように話す『つむぐ』。

···恩返し?俺、彼女に何かしたか?

遡ってみるが、特に何かしたという記憶は出てこなかった。俺が忘れているだけかもしれないが。

もちろん、美白先輩の答えは最初から決まっていたようで―――




「ええ、もちろん歓迎します、天野紡さん。あなたのような機転の効く人物は、称賛に値しますからね」




おそらく、美白先輩は校長室でのことを言っているのだろう。

確かにツテがあるとはいえ、『筆跡鑑定』などという今時の学生からはとてもじゃないが思い付かない方法である。

その行動力を、美白先輩は高く買っているようで色好い返事をしたと思われる。

問題は―――




「むぅ···」




何故か不機嫌に口を尖らす黒羽先輩である。

なんというか、面白くなさそうな感じに見えるが、気のせいだろうか?




「あら、黒羽?あなたは反対ですか?」


「反対ではない。だけど歓迎はしない」


「あらあら、ツンデレさんですか?」


「断じて違う」




何故だろう、黒羽先輩は『つむぐ』に対して何か敵対心を持っているような感じに見える。

それは気のせいでもなんでもなく、明確に敵意を感じるのだが···そこは俺が干渉すべきところではないのだろう。




「まあ、いいでしょう。では、花咲彼方君と天野紡さんに役職を与えますね」


「役職ですか?」


「ええ、そうです。私は僭越ながら生徒会長を、黒羽は書記を担当しています」




確か、聞いた話だと今年の生徒会はまだ人数が集まっていなかったため、役職が二つしか無く内空閑姉妹しか役員は居ないらしい。

空いている穴は黒羽先輩がなんとか埋めてきたのだとか。さすが黒羽先輩、スペックが違う。

だから彼女は俺たちを引き込んだわけなのだろうが、果たして役職を与えられてその役目を果たせるだろうか?

いや、弱気になるな。さっき、やりたいことを自分で見付けると誓ったはずだ。

ならば、精一杯自分の仕事をこなすだけだ。




「なので空いている役職は、副会長と会計の二つですね」


「では私は計算が得意なので、会計を希望します」


「あら、分かりました。では、会計を天野紡さん、副会長を花咲彼方君にお願い致します」




なし崩し的に、役職が決まってしまった。

俺が副会長?いきなりプレッシャーがかかる重い任だ。重責がかかる仕事はあまり得意じゃないのだが、俺なんかを受け入れてくれた二人に報いるために甘んじて受けよう。




「はい、分かりました」


「うん、良い返事ですね。ではお二人とも、これからよろしくお願い致しますね」


「よろしく」




俺たちは、互いに握手を交わす。

こうして俺と『つむぐ』は、生徒会へ所属することが決まった。




「さて、それでは早速生徒会初の仕事に取りかかりましょうか」


「仕事?何でしょう?」


「あらあら、決まっていますよ。花咲彼方君のご家族を説得しに行くんです」


「は···?」




思わず呆けた声が出てしまった。

俺の家族を説得しに行くだって?

何の冗談かと思ったが、美白先輩がそういう冗談を言う人でないのは既に理解していた。




「ま、待ってください。さすがに、それは···俺、家族とはあまり顔を合わせたくないんですよ···」




どうせ、また何か言われるに違いない。

侮蔑的な眼差しを向けられるに決まっている。

あの人たちは、俺よりも世間体を気にして『生徒会に入る』ことを止めさせようとするに決まっている。

せっかく自分の意思で入りたいと思ったのに、ここで居場所を作ろうとしていたのに、あの人たちに邪魔をされたくない。

そんな俺の胸中を知ってか知らずか、美白先輩は「あら、大丈夫です」と笑顔を向けた。




「別に、あなたとご家族の和解なんて求めてはいませんよ。ご両親を信じられない気持ちは、私にも痛いほど分かっています。ですが、何かあっても私たちが守りますので」


「美白···先輩···でも、俺は···」


「ですから、タイタニック号に乗ったつもりで任せてください」


「いや、それだと沈んじゃうんですが···」


「あらあら、その時は仲良く一緒に泳ぎましょうね」




こんな時まで冗談を言うのかと呆れていると、今度は『つむぐ』が「大丈夫」と囁くように言ってくる。




「彼方はボクが守るよ。それに、ボクも君のご家族に言いたいことがあるからね」


「俺の家族に言いたいこと···?それって···」


「今は内緒。でも安心して?」


「『つむぐ』···」




彼女の言葉で多少なりとも勇気付けられた俺に、今度は黒羽先輩が「心配無用」と声をかけてきた。




「私が救う。そう約束した」


「黒羽先輩まで···」


「何があっても守る。絶対に」




黒羽先輩の言葉は、何故だか安心感を覚える。

やはり似た者同士だからか、親近感が湧くのかは分からない。

でも、俺にとってはそんな些細な言葉でも心が安らぐのだ。

これも、仮面が外れた影響なのかは分からない。この暖かな感情が何なのか分からないが、彼女たちの言う通りにしようと決めた。




「分かり、ました···」




俺の心はまだあの人たちを許せないでいるため和解なんて到底出来そうにもないが、ここは彼女たちに任せてみよう。

そんな俺の返事を聞いた三人は、満足そうに笑顔を浮かべた。




「と・こ・ろ・で···!」




そんな中、何故か突然『つむぐ』が黒羽先輩を睨むような目でジッと見つめていた。

···何かあったのか?




「黒羽さん、彼方を救うのは私の役目なんですが···?」




なにを言っているんだ、『つむぐ』は?

訳の分からないことを言う彼女に対し、黒羽先輩もムッとしたように唇を尖らせる。

なんだ?何か二人の間に険悪な雰囲気が漂っているのだが···俺の気のせい、か?




「否定。それは私の役割」


「違いますよ?彼方を救うのは、唯一無二の『親友』である私の役目です!」


「拒否。それは関係ない」


「関係大有りです!」


「関係ない」




二人が言い争うのは初めて見るが···なんだ?二人は仲が悪かったりするのか?

どういうことなのかと口を挟もうと思ったが、何故か本能が『それは止めたほうがいい』と脳内に警告してきたので口を閉ざす。




「あらあら、楽しそうですね」




そんな雰囲気の中、美白先輩はニコニコと変わらない笑顔で楽しそうに二人を見守っていた。

···楽しそうなのか、あれは?良く分からない。

これが乙女心というやつなのだろうか?

多分、俺には一生理解する日は来ないだろう。





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