第32話  家族との再会に心揺れず




「はぁ···」




気が重い。気だるさを感じる。

生徒会の皆に任せてみようと思ったものの、やはり気が向かない。

俺は今、生徒会の皆と自宅の前に佇んでいた。

いつもはドアを開けてすぐさま逃げるように自分の部屋へ駆け込んでいたが、今日は違う。

家族と数日振りの再会を果たすのだ。

玄関のドアを握る手が震える。

この震えが恐怖なのか、はたまた別の何かなのは俺には良く分からない。




「彼方···」


「ん···」




そんな俺の震える手に、二つの手が優しく包むように重ねられた。

『つむぐ』と黒羽先輩のものだった。

まるで俺を勇気付けるかのように頷く二人。

そうだ、ビビってなんかいられない。

このドアを開けて家族と対峙しなければ、何も始まらない。

せっかく来てくれた三人にも失礼だ。




「···行きます」




意を決して玄関を開け、俺たち四人は家の中へ入る。

誰か来たのかと思ったのか、母親である舞桜さんがパタパタと駆け足で玄関に向かってきた。




「あら、お客様?どなた···様···」




笑顔を浮かべていた舞桜さんが俺の顔を見るなり、唖然としたように目を見開く。

俺はそんな舞桜さんの顔を見ていられず、顔を背けた。




「か、彼方···!お、おかえりなさい。そちらの方たちは···どなたかしら?」




声は、挙動不審を表していた。

そんな舞桜さんに、美白先輩が前に出て丁寧なお辞儀をした。




「お初にお目にかかります、花咲彼方君のお母様でしょうか?私は、彼の通う高校の生徒会長を務めています、内空閑美白と申します」


「せ、生徒会長さん···?」




美白先輩に続き、黒羽先輩と『つむぐ』も前に出て軽くお辞儀をする。




「同じく、書記の内空閑黒羽。以後、お見知り置きを」


「初めまして、会計の天野紡です。彼方君とは懇意にさせてもらっている友達です」


「と、もだち···!?」




信じられないとばかりの声を上げる舞桜さん。

それはそうだ、俺は今まで誰かを家に連れてきたことなんて一度もない。

舞桜さんから『友達と一緒に遊ぶ暇があるなら勉強しなさい』『犯罪を犯した子に友達なんて必要ありません』と昔に言われて以来、俺は友達を作ることに消極的だったからだ。

だから今三人、しかも全員が女の子ということで慌てているのだろう。随分とまあ、滑稽な話だ。




「なんだ、誰か来ているのか?」


「おかーさーん、誰ー?」




珍しく家に居た父親の進さんと、妹の桜さんも一緒に玄関まで様子を見に来た。

俺と三人の姿を見て、二人とも舞桜さんと同じような反応を示す。

あまり顔を合わせたくはなかったが、チラッと両親の顔を見ると少しだけやつれたように見え、まだ若いのに白髪が増えていた。




「あ、あなた···彼方が、ちゃんと帰ってきて···そ、それに初めてお友達を···っ」


「あ、ああ···どうやら、そうらしいな···これは、本当に嬉しいことだ···!」


「お兄ちゃ、ん···久しぶりだね、会いたかったよぉ···ぐすっ···えぐっ···」




両親が嬉しそうに語り合う。

妹は泣きじゃくりながら、でも二人と同じように嬉しそうに笑っている。

そんな家族を見て、俺は―――反吐が出る。そんな気持ちしか湧かなかった。

家族に対してこんな思いしか浮かばない俺の心は、どうやら本当に壊れているらしい。

そんな三人を見たくなくて、再び顔を背けて口を開く。




「ただいま帰りました、遅くなった上にご迷惑をかけてすみません」




偽りの仮面はもう無い。

だから、彼らに本当の素顔は見せたくない。

そんな俺に、二人は焦ったように近寄ってくる。




「い、いや、そんなことはいいんだ。良く私たちの前に顔を見せてくれた」


「そ、そうよ···?それだけで、私たちは嬉しいの」


「ぅぐっ···お、おかえり···なさいっ···、お、お兄ちゃん···っ」




あぁ、駄目だ。虫酸が走る。吐き気がする。

やはり、心は彼らを許してはいけないと拒絶する。

どうせ彼らは、『息子と不仲』というレッテルが世の中に出回らないように自分たちを必死に誤魔化して演技をしているだけだ。

そういう意味では、俺も彼らと同じだ。

ははっ、さすがは家族ってところか?




「あらあら、すみません。家族の再会に水を差すようで悪いのですが、立ち話もなんですから上がってもよろしいでしょうか?」




彼らが俺に触れる直前、間に割って入るように美白先輩が俺の前に出て家族に声をかけた。その声は、どこか怒りを感じるように聞こえる。

黒羽先輩と『つむぐ』も美白先輩に続き、俺を庇うように前に出て近寄らせないように立ち回ってくれた。

そんな三人の鬼気迫る気迫を感じたのか、両親はたじろいで後退りをする。




「あ、ああ···そうだね、なにやら話がありそうだし、どうぞ上がりなさい。母さん、お茶を頼むよ」


「はい、あなた···」


「あらあら、お構い無く」




こうして俺は、家族と直接向かい合う形で望まぬ再会を果たした。














リビングのソファーに、相対する形で座る俺と家族。

俺の隣には内空閑姉妹と『つむぐ』が並んで座っている。

先程と同じように、美白先輩たちは改めて軽い自己紹介をした後に早速と言わんばかりに口を開いた。




「本日、急な訪問にも関わらず私たちを受け入れてくださり、誠にありがとうございます」


「いや、そんなに畏まることはないよ。そうだ、彼方が友達を連れてきたお祝いに、何か出前を取ろうか。何がいい、彼方?」




進さんがやけに上機嫌に俺に話を振ってくるが、俺は返事をせずに黙っていた。

お祝い?出前?ふざけるな。

彼らは、美白先輩たちに良い親を演じようとしているだけだ。

本当に俺のことなど微塵も思っていないくせに。根っからの偽善者だ。

俺が黙ったせいで場の空気が悪くなったのを感じた進さんは、慌てた様子で美白先輩に向き直って声をかける。




「そ、それで···私たちに話があるのだろう?一体、何の話かな?」


「あらあら、それなんですが···」




話を振られた美白先輩は俺のほうに一瞥した後、確認するように軽く頷き「その前に···」と口を開く。




「花咲彼方君の顔色があまり優れないようなので、一度退席させていただいてもよろしいでしょうか?」




俺が驚いて美白先輩のほうを見ると、クスッと小さく笑みを溢してくれた。

まるで、『大丈夫』と言うように。

そんな彼女の言葉を聞いた進さんは、慌てたような顔をして俺に訊ねてくる。




「そ、そうなのか?彼方、どこか具合が悪いのか?何故もっと早く言ってくれなかったんだ?」




まったく、本当に反吐が出る。

色々と言いたいことはあるが、ここは美白先輩に任せてありがたく退席しようと立ち上がると、妹の桜さんが泣きそうな顔をして近付いてくる。




「お、お兄ちゃん···ほ、本当に大丈夫?えっと、私が看病しよっか···?」




止めてくれ、何故具合が悪くなった元凶に看病されなくてはならないんだ。

しかし、偽りの仮面はもう無いので上手く話すことが出来ない。

そんな中、優しく俺の腕を絡んで支えてくれた人が居た。




「それには及ばない。私が看病をする」




黒羽先輩だった。

彼女のいきなりの横入りに、妹は気まずそうな表情を浮かべつつそれでも食い下がる。




「えっ···で、でも···」


「あらあら、そうですね」




そんな妹を制止するかのように、美白先輩が黒羽先輩の意見に同調する形で割り込む。




「黒羽は口下手なので、話し合いには向きません。なので彼は黒羽にお任せください。妹さんは、私たちの話に付き合ってくださいね」


「む、一言余計」




妹は美白先輩の笑顔に押され、「はい」と小さく頷いて自分が座っていた場所に座り直した。

両親も何か言いたげだったが、それ以上何かを言うことはなかった。

それを見届けた美白先輩は、次は黒羽先輩のほうを見やる。




「それではお願いしますね、黒羽」


「ん、任された」




『つむぐ』が何故だか羨ましそうに、いや正しくは恨めしそうに睨んできたが、彼女が自分で家族に言いたいことがあると言った以上は口を挟まないだろう。

俺は黒羽先輩に支えられながら、自室へと向かい歩き出した。




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