第33話  似た者同士の過去




「大丈夫?」


「はぁ···なんとか···」




黒羽先輩に支えられながら自室へ戻った俺は、ベッドに横に寝かされていた。

彼女には平気そうにしてみせるが、正直言って立っているのも辛い。

あの三人の取り繕った笑顔を見るだけで、こんなにも気分が悪くなんて思わなかった。

思い出すだけで吐き気がするほど、俺は彼らに嫌悪感を抱いている。

これも、仮面が壊れた影響なのかは分からない。




「嘘は駄目」




不意に、黒羽先輩が俺の頭をコツンと軽く叩いてきた。

見ると、少しだけ不機嫌そうに眉をひそめている。




「今にも泣きそうな顔をしている」




泣きそう?俺が?いやいや、冗談キツい。

あんな家族らのために、何故俺が泣かなければならないのか理解出来ない。




「気のせいですよ」


「否定」




誤魔化そうとしたが、黒羽先輩はさらにムッとした表情を浮かべて俺の頭をまた軽く叩く。

痛くはないが、これは怒っていると鈍い俺でも分かった。

何故怒っているのかは、皆目検討も付かないが。




「な、何するんですか?」


「家族に拒絶。違う?」


「っ···何故、それを?」




家族と不仲なことを、黒羽先輩のみならず『つむぐ』や美白先輩には既知の事実であった。

しかし、俺が家族に対して拒否反応を起こしていることはまだ誰にも言っていない。

だって、自分でそうだと確信したのは今さっきのことだから。

おそらく、あの反応を見る限り家族の誰もそれを理解していないはず。

にも関わらず、何故彼女は気付いた?

まさか、顔に出ている?




「以前にも言った。私は、あなたとは似た者同士。だから分かる」


「いや、いくら似た者同士だからってそこまで分かるわけが···」


「分かる」




断言する黒羽先輩の瞳を見て、俺は嘘じゃないと確信する。

彼女は嘘や冗談を言う性格じゃないことは、この短い間の付き合いでも分かっていた。

しかし、彼女は何故ここまで俺の心が分かるのだろう?

そう聞こうとする俺の言葉を待たずして、黒羽先輩は続けて口を開いた。




「私も、同じ痛みを抱えているから」




そう彼女は言った。




「同じ、痛み···?」




繰り返す俺の言葉に、黒羽先輩は小さく首を縦に振る。

確か、美白先輩もそれについて匂わせる発言をしていたような気がする。

『俺に心を開いた』と。まさか、それと今黒羽先輩が言ったことと何か関係が?

そう訊ねようとすると、黒羽先輩はベッドにもたれかかるようにして座って小さく呟いた。




「···聞いてくれる?私のこと」




真剣な声だった。

もちろん聞かないと言う選択肢もあるが、美白先輩は俺に言った。

『自分から話せるように心を開くまで待ってほしい』と。ならば今が、その時かもしれない。

彼女の告白を真剣に聞くため、俺はベッドから起き上がり黒羽先輩の横に座る。




「はい、聞きます。黒羽先輩の口から、是非聞きたいです」


「ん···」




そう言うと黒羽先輩は小さく頷いた後、俺の手を握ってきた。

その手は緊張からか恐怖なのか、はたまたそれ以外の感情からかは知らないが小刻みに震えている。

きっと、彼女は勇気を振り絞るために俺の手を握ったんだ。

ならば俺も応えようと、黒羽先輩の手を握り返す。

この時間がいくら経ったか知らないが、黒羽先輩はようやくポツリポツリと語り出した。





――――――――――――――――――――





私、内空閑黒羽は幼い頃から感情を表に出すのが苦手な子だった。

その原因は、私の家庭にあった。

小さい頃から両親は私と姉に無関心で、特に父が最低最悪のクズ男だった。

酒に溺れ、何か少しでも気に入らないことがあれば母だけでなく私たちにも暴力を振る。

暴言などは当たり前、子供をなんとも思っていない毒親の代表格。

そんな母も自分の保身のためか、まだ幼い私たちを置いて家を出ていってしまった。

捨てられたと思った父はさらに荒れるようになり、パチンコに出掛けたり女遊びが増えてくるようになり、家を空けることが多かったために

育児放棄もするようになっていった。

それでも、姉の美白は自分も辛いのにも関わらず私を守ろうと、まだ幼いのにご飯などの家事も全てするようになった。

だから、そんな姉が自慢であり誇りでもあった。



しかしそんなある日、悲劇は起こった。

久しぶりに帰ってきた父は、あろうことかまだ幼い実の娘である私を犯そうとしていた。

大の男の腕力に敵うはずも無く、乱暴に衣服を脱がされて身体を舐め尽くされていく。

嫌悪しか無かった。ただひたすらに気持ち悪かった。なんでこんなことをするのか理解が出来ない。

泣き叫びたいのに、恐怖で声も出ない。

しかし犯される直前、父は美白に背後から鈍器のようなもので叩かれて倒れた。

私は姉と共にその場から逃げ出し、交番へ駆け込んだ。

育児放棄、レイプ未遂を犯した父を断罪しようと今までのことを警察官に全て話した結果、すぐに父は逮捕されることとなり、私たちは施設へと預けられることになった。


しかし代償はとても大きかった。

私は、姉以外の人間に心を開くことが出来なくなっていた。

私たちを捨てた母親も信じられない。

私たちを放棄した挙げ句、私を強姦しようとした父親も信じられない。

分かっている、人間皆がそこまで愚かではないことは。

けど、人間には自分では抑えることの出来ない欲求も胸の奥底に宿っており、いつそれが顕著に表れるか分かったものじゃない。

皆、クズばかりだ。信じてはいけない。そう思っていた。




―――あの日、彼と出会うまでは。









(あれは···自殺?)




授業をサボって屋上で過ごそうとしていたその日、私は一人の男子がフェンスに手をかけてよじ登ろうとするのを見た。

身投げしようとしているのだと一瞬で分かった。

しかしその下は植えられた樹木があるため、身を投げてもかすり傷か悪くても骨折程度だと悟ったが、何故だか彼を止めた。




「止めたほうがいい」




自分でも驚いた。声が怒りに震えている。

普段ならどうでもいいと思っているはずなのに、今この世から逃げようとしている彼を見て久しぶりに怒りが込み上げた。

私がこんな辛い目に遭っても生きているのに。

許せず、彼の自殺を止めた。

私は、その子を見てピンと来た。

『犯罪者の一年生が居る』。

そう噂されている男子がいることを知っていたから、すぐにこの子が噂の渦中の花咲彼方だと理解した。




「ッ―――!」




だが、私はその子の目を見て思わず息を飲んで驚愕した。彼の目は、何も映してはいなかったのだ。そこにあるのは暗闇。虚無だけ。

深く絶望した人間でも、ここまでこうはならないだろう。

こんな目をした人間が他にもう一人居ることを、私は良く知っている。

それは、私自身だ。

彼の目は、私と酷似している。

彼の雰囲気は、私と似ている。

この子は自らの心が壊れないように、偽りの仮面を付けている。

私も同じだ。心を保つために心を閉じている。

誰も信用してはおらず、誰にも心を開かない。

私と同じ、世界から悪意を向けられた嫌われ者だ。




(···あぁ、そうか)




私は、一瞬で理解した。

―――この子は、私だ。私と似た者同士だ。

だから、私は彼を止めたのかもしれない。

その人は、涙を流した。




「誰か···俺を助けてよ···っ」




私には姉が居たが、この人には誰からも助けてもらえなかったのだろう。

誰かに救ってもらいたかったのだろう。

誰かに愛されて欲しかったのだろう。

それが似た者同士の私だから分かった。

だから、私は彼に手を差し伸べた。




「私はあなたを信じる。私が守ってあげる」




自分でも驚いた。まさか、自分がこの子に心を開いて手を差し伸べるなど、誰が予想したことだろうか。

それでも、私は彼にこう言わずにはいられなかった。




「だから、私を信じて」




と。







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