第34話  再び誓い合う心




「そんなことが···」


「誰にも話したことはない」




黒羽先輩の壮絶たる過去を聞き、俺はどんな反応を示したら良いか分からずに居た。

誰にも話せなくて当然だ。心を閉ざす理由も、似た者同士の俺だからこそ分かる。

だからあの時、黒羽先輩は『世界の嫌われ者』と言ったのか。

彼女の言うことは、間違っていない。

確かに俺も黒羽先輩も、世界から悪意を仕向けられた被害者であり、嫌われた存在だ。

でも、彼女が感情を壊さなかったのは紛れもなく姉の美白先輩が傍に居たからであろう。




「なんか、羨ましいですね···黒羽先輩には美白先輩という家族が居て···。俺の家族は誰も、俺を救おうとはしなかったから羨ましいです···」




そう、俺は黒羽先輩が羨ましくもあった。

美白先輩という家族が傍に居たから、黒羽先輩は心を壊さずにいられた。

だけど、俺を救おうとする家族は誰一人として居なかった。

父の進さんも母の舞桜さんも、妹の桜さんまでも俺を外敵として認識していた。

そこだけは、似た者同士である俺と彼女の決定的な差だ。




「そんなことはない」




多少自棄になっていると、黒羽先輩は握っていた手に力を込めてきた。少し痛い。

先輩のほうに視線を向けると、彼女はジッと俺の顔を見つめていた。

先程辛い過去を話したばかりだというのに、彼女の目はそれを既に忘れていた。




「黒羽先輩···?」


「私はあなたが羨ましい」


「俺、が···?」


「私にも負けない凄惨な過去を持って、先日も事件に巻き込まれて。それでも、あなたは前に向かおうとした。あなたは、とても強い人」




珍しく長く喋る黒羽先輩は新鮮だった。

それほどまで真剣だと、これが彼女の本心だということが分かる。

しかし、俺は彼女の言うような人間じゃない。




「俺は、強くなんかありません。本当に強い人間は、感情が壊れることなく人間関係を上手く結べているはずですから。だから、俺は弱い人間なんですよ···」


「そんなことはない」




自虐混じりの言葉を吐くと、またしても黒羽先輩に否定された。




「違う。あなたは強い人」


「いや、ですから···」


「嫌いな家族と顔を合わせた」


「っ···それ、は···仕方ないじゃないですか」


「前に一歩踏み出した」


「それは···」


「私に話す勇気をくれるために、手を握り返してくれた」




反論など許さないとばかりに次々と言葉を並べていく黒羽先輩に、俺は言い返す言葉が見付からずに黙り込む。




「弱い人間は、前に踏み出そうとしない」




黒羽先輩の言葉が、胸に染みてくる。




「ううん、弱くてもいい。あなたは、私が守ると決めた」




あぁ、先輩には本当に敵わない。

似た者同士とは実に厄介なもので、俺が欲しかった言葉をくれる。




「だから、挫けないで。諦めないで。私たちとの絆を無くさないで」




黒羽先輩は俺と握っていた手にもう片方の手を重ね、そこにコツンと頭を乗せてきた。

まるで、祈りを捧げるように。




「だから、私を信じて」




何度も紡がれた言葉。

どうしてか、彼女のこの言葉には疑いの余地も無く反論出来ない。

あぁ、本当に···この人は狡い人だ。




「はい···俺は、黒羽先輩を信じます。いえ、あなただけじゃない。美白先輩も『つむぐ』も、俺にとって信じるに値する人たちです。本当に、俺には勿体無いくらいに···!」




だから言えた、俺の本心を。

この人たちは、俺が関わってきた人たちとは違う。

俺と同じような過去を、痛みを持っている。

だから信じられる。だから安心出来る。

この人たちが居る限り、俺は―――




「あなたは、決して一人じゃない」


「黒羽先輩···」




俺が思おうとした心の声を、黒羽先輩が代弁する形で声に出した。

やっぱり、この人は俺と似た者同士なんだなと改めて強く思えた。

だから、俺は迷わずにこの言葉を送れる。




「再び誓う。私は、あなたを信じる。あなたを守る。あなたを愛する。だから、私を信じて」


「誓います。俺は、あなたを信じる。あなたを守る。あなたの味方になる。だから、俺を信じてください」




黒羽先輩と見つめ合いながら、今まで出すことはなかった言葉を誓いに立てた結果、黒羽先輩の誓いの言葉と重なるように被ってしまった。

あまりにも同じタイミングで同じような言葉を喋ったため、二人でぷっと噴き出してしまう。




「ふふっ···やはり私たち、似ている」


「···そうですね、まさか一緒に言うとは。しかも同じような内容ですし」


「···笑ってるあなたを見るの、初めて」


「えっ?俺、笑ってます···?」




やはり自覚がない。

鏡があれば見てみたいが、生憎と俺の部屋に鏡は設置していない。

しかし、黒羽先輩は柔らかな笑顔のまま首を縦に振った。




「ん、素敵」




そう言われて、胸の内が熱くなるのを感じる。

これ、なんて感情だったっけ···?

初めて感じる感情に具体的な答えを出すことが出来ずに戸惑うが、それよりも今は彼女の笑顔のほうに興味が湧いていた。




「そういう黒羽先輩も、笑ってる顔がとても可愛いですよ?」


「む···」




お返しといった感じで素直に褒めると、黒羽先輩はかぁっと頬を赤く染めて俯いてしまった。

こんな黒羽先輩を見るのは、少し新鮮でさらに可愛らしさを増す。

しかし彼女は俯いた態度から一転し、握っていた手を離して俺の両頬を引っ張った。




「ひ、ひひぁいれふ、ふぇんふぁい···!」


「意地悪した罰。反省して」




何を反省すれば良いのだろう?

俺は黒羽先輩と同じように、ただ正直に褒めただけなのに。甚だ疑問だ。




「でも、元気出た?」




黒羽先輩が笑顔のまま訊ねてくる。

もちろん、俺の答えは決まっていた。

美白先輩からは一歩踏み出すきっかけを、『つむぐ』からは本心を言える根性を、そして黒羽先輩からは覚悟を決める勇気を貰った。

だから、俺は迷わずに言える。




「はい。家族と面向かって話します」


「大丈夫?」


「正直、不安ですよ。俺は家族を許せそうにないし、拒絶もしている。でも、だからといってもう逃げることは止めました。自分の本心で彼らと向き合います」


「うん、偉い」


「もしも、俺が途中で挫けたら···」


「その時は私が助ける。任せて」




黒羽先輩の心強い言葉で、安心感を覚える。

そうだ、怖くなんてない。

俺には、生徒会の皆が傍に居てくれている。

居場所を作ろうとしてくれている俺に、心から喜んで迎え入れてくれる。

俺は家族が嫌いだ。信じられない。

拒絶している。軽蔑もしている。

だからこそ、俺は彼らと今一度話し合わなければならない。

俺に秘めた本心を、ある思いをぶつけなくてはならない。

それが、俺に後押しをしてくれた生徒会の皆に対するせめてもの恩返しだから。




「先輩···」


「ん···」




俺たちはどちらからともなく、手を握り合う。

俺はこの感情が何なのか、理解出来ない。

でもそれだけで、俺の心に温もりと安堵をもたらしてくれることだけは確かだ。

このおかげで、俺は戦える。向き合える。




「行きましょう、黒羽先輩」


「うん、行こう」




家族と対峙するため、俺たちは揃って部屋を後にするのであった。




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