第49話  怖くても覚悟を決めて抗う時




「さて、ここでなら存分にお話が出来ます」




そう言い、俺は付いてきた男のほうへ振り向く。

宮風青児。黒羽先輩と美白先輩の実の父親で、投獄されてから10年の歳月を経て出所した男。

美白先輩から容姿は聞いていたので見付けることが出来たが、本当に粗暴で乱暴、気が荒く短気な性格のようだ。

この人気の無い校舎裏へ来るだけでも、何回か舌打ちやイライラしたような独り言を耳にした。

やはり、こいつは黒羽先輩にとって悪意の何者でもない。




「ケッ···それで?黒羽や美白のところまで連れて来るんじゃなかったのか?」


「まあまあ、落ち着いてください。そんなに怒ってばっかで疲れません?」


「あぁ!?舐めてんのかぁ!?」




どうやら話の通じる相手ではないようだ。

こちらが下手になっているから良い気になっているだけなのか、それともただ単にこういう性格なのかは分からない。

だが、やはりこいつは黒羽先輩や美白先輩を探しに来たようだ。

癪だが、もっと情報を引き出す必要がある。




「彼女たちを探し出して、何をするおつもりですか?」


「ハッ、決まってんだろぉ?俺の世話をさせるのよ!親の面倒を見るのが子供の務めだしなぁ。家事はもちろん、金を稼いで貰わなくちゃ困るんだ」


「···それだけですか?」


「あん?それだけじゃない。あいつら、昔から顔とスタイルは良かったからな。今じゃ、相当の美人だろぉ?だから、夜の相手もしてもらわなくちゃなぁ」




下唇を舌で舐め、下品な顔を露にしている。

クズはクズだと思っていたが、どうやら最悪のクズらしい。

こんな奴に、黒羽先輩の心は壊されたのか?

そう思うと、『怒り』が込み上げてくる。

そんな俺の様子など気にすることはなく、宮風青児は下品な笑い方をしながら続けた。




「ハハァッ、そそるよなぁ!ただし、優しく抱くつもりはねぇ!黒羽の奴は、この俺が初めての相手をしてやろうってのに拒否しやがった!美白も許せねぇ!この父親の頭を殴りやがって!だから、容赦はしねぇ!ボロボロに犯し尽くして、ガキ孕ませて、そのガキもでかくなったら親子揃って犯してやるよ!ハハ、ハハハァッ····!」




自慢げに未来を夢見て語る目の前の男は、もはや人間ではない。

人間という皮を被った、正真正銘のクズな悪魔だ。

最初からそのつもりは無かったが、やはりこの男に二人を連れて行かせるつもりは毛頭無い。

ここで引導を渡す。容赦など微塵もしてはならない。




「バカみたいに笑っているところ悪いが、それを聞いて、俺が素直に二人を連れてくるとでも思ってるのか?」


「あぁ?なんつったぁ?」


「あんたみたいなクズ男に、あの二人は勿体無いって言ったんだ。聞こえなかったのか?この三下風情が」




怒りに任せて、相手を挑発するように叫ぶ。

その怒声で頭に来たのか、宮風青児は怒りで顔を真っ赤にして俺の胸ぐらを掴んできた。

やれやれ、どうせなら女の子が照れて真っ赤になるシチュエーションが良かったのに。




「テメェ、調子こいてんじゃねぇぞ?痛い目に遭いたくなきゃ、あの二人を呼んでこい。知り合いなんだろ?あ?」


「ははっ、台詞まで三下か。さすがは雑魚」




俺はそう言い捨てると、奴の顔に唾を吐いた。

瞬間、俺の腹部に激痛が走り、俺は地面に倒れ込んだ。




「がっ···!」




鳩尾にパンチが入ったのか、呼吸が入りづらく痛みも激しい。

殴られたのはあの中学のいじめ以来だが、相手は大人だ。

子供と大人では、腕力に差が出る。

しかもこいつは、根っからの暴力人間だ。

俺に対しても容赦ないだろう。




「テメェ、死にてぇみてぇだなぁ?」




拳をバキバキと鳴らして俺を見下してくるが、そんなもの痛くも痒くもない。

こんな暴力を、黒羽先輩や美白台詞は幼い時からずっと堪え忍んできたのだから。

その痛みに比べれば、大したことではない。




「ふっ···暴力で人を屈したところで、あんたに尽くす物好きは居ないな···がはっ!」




まだ喋っている途中だというのに、また距離を詰めて殴ってくる宮風青児。




「テメェ、ムカつくなぁ。正義の味方気取ってんじゃねぇぞ!いいから連れてこいっつってんだ、クソガキが!」


「ぐぅっ···!」




駄目だ、これは。頭のネジが数本取れている。

話し合いなんて、無駄な選択だったなと胸中で笑う。だが、これでいい。これで―――






――――――――――――――――――――





「美白さん、今の言葉は一体どういうことだい!?」




私の隣で、天野紡が美白に吠える。

私も聞き捨てならなかった。

彼が帰ってこない?こうやってご飯の準備もしていたのに、帰ってこないとはどういうことなのか。

もしかして、彼は私を捨てた?

いや、そんなはずはない。

彼は約束してくれた。私を守ると。

彼は誠実な人間。だから、嘘はつかない。

ならば、この矛盾は何だろうか?




「美白?」




美白の顔を見ると、気まずそうな顔を浮かべていた。

いつも笑顔の彼女が、こんな顔を見せるのは珍しい。

何かあった。それも彼に。

私の直感がそう告げていた。




「彼に、何かあった?」


「黒羽····あらあら、そんなに怒って···あなたらしくないですよ?私に似て可愛らしいお顔が台無しです」


「とぼけないで」


「―――ッ!」




美白だけじゃなく、天野紡も驚いていた。

自分でも驚いた。まさか、こんな低い声を出せるなんて思わなかった。

それでも、訊かずにはいられない。

いくら誤魔化しても、長年双子をやってきた私が美白の動揺を見逃すはずがない。

それを看破された美白は、ふぅと諦めたように溜め息を吐いた。




「分かりました···お話しましょう。いえ、元々そのつもりで、こちらに来たのですから」


「···どういう意味?」




美白の話を聞いて愕然とした。

私と美白の父が今日出所し、私たちに近付いてくることは美白が既に情報を掴み、それを彼に教えたという。

そして私たちを巻き込まないように、一人で決着を付けようとしている。

そんなの頼んだ覚えはない。全て、彼の独断によるものだ。

彼は知らないのだ、あの男の暴力的な性格を。

もし一言でも逆上させるようなことを言ってしまえば、あの男は躊躇することなく暴力を振るうし、最悪の場合は殺してしまうかもしれない。




「くっ···!彼方は、何処に居るんだ!?今すぐ彼を見付けて保護しないと···!」




美白の話を聞いてあの男の冷酷な一面を知った天野紡が、青ざめて美白に問い詰める。

しかし美白は、何故か口を閉ざしていた。

彼女は彼のことが心配ではないのか?

彼がどうなっても構わないとでも?

私は、美白に対して軽蔑の感情を覚える。




「···?」




その時、美白が私の顔を見た。

切迫したこの状況で、美白は何故私を見るのか。私に何か言いたいことがあるのだろうか?


―――あぁ、そうか。

瞬間、私はふっと気が付いた。

彼女が私に何か言いたいんじゃない、彼女は私に何かを言わせたいのだ。

それが何か、既に理解はしている。

だが、怖い。ひたすらに怖い。身体が恐怖で震える。口を開こうにも、言葉が出てこない。

こうやって怯えて、彼を助けに行きたいのに足も竦んで一歩も歩けない。

あぁ、やっぱり私は駄目な人間だ···。




「また、逃げるんですか?」


「―――ッ」




黒く醜い思考をしている中、美白が私の顔をじっと見ていた。

あの目は知っている。

普段怒らない美白の、本気で怒っている瞳。




「そうやって逃げて、怯えて、後悔して···それで満足ですか?」


「そ、んなわけ···」


「彼があなたの前から居なくなっても、あなたは構わないと言うんですか?」


「···ッ」




言い返したかった。今、彼を助けないお前が何を言うんだと罵りたかった。

だけど、彼女の言葉が私の脳内を反芻して邪魔をした。


―――彼が、私の前から居なくなる?

想像をしたことも無かった。

彼が居なくなったら、どうなるんだろう?

せっかく心を許せた人が、私のせいで私の傍に居なくなってしまう。


―――嫌だ!それだけは嫌だ!

初めて意思を分かち合った、初めて互いを守り抜くと誓った人。

私が心から休まると初めて思えた人。

そんな人が私の前から居なくなるなんて耐えらない。

あの男のせいで、彼が死ぬなんて現実は見たくはない。


何を躊躇していたんだ、私は!

彼を守ると決めたのだろう?

彼を信じると誓ったのだろう?

彼を愛すると囁いたのだろう?

ならば、私がやるべきことは既に決まっているじゃないか。

怖くてもいい、怯えてもいい。

彼が一歩前に踏み出したように、私も一歩前に踏み出さなければならない。


覚悟を決めろ―――内空閑黒羽!




「···美白、教えて。彼は、何処に居るの?」




私の言葉が正解だったのか、美白はクスリと笑みを溢したのだった。





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