第48話 迫る悪意との対峙
翌日の朝。
「おはよう」
「おはようございます、黒羽先輩」
黒羽先輩はけろっとしたように、いつもの調子で俺に挨拶をしてきた。
まだ眠たそうに欠伸をし、いそいそと洗面所へ向かっていく。
昨夜のことを綺麗さっぱり忘れたわけではなく、ただ無かったかのように無理に振る舞っているように見えるのは、やはり似た者同士だからこそだろうか。
しかしその背中は、今にも消えてしまうくらいに儚いものを感じさせた。
このまま時間をかけるわけにはいかない。
なんとしても、彼女の心を救う。
だから、今日中に片をつけよう。
―――例え、俺が彼女の心に傷を負わせることになったとしても。
そう、これは文字通り生死を選ぶ賭けだ。
「おはよう、彼方。どうしたんだい?」
「ん?あぁ、おはよう。何でもないよ」
同じく寝ぼけ眼の『つむぐ』が挨拶をしてきたので、俺は我に返って彼女に振り向く。
それと同時に、あることを『つむぐ』にお願いすることにした。
「そうだ、『つむぐ』。一つ頼まれてくれないか?」
「うん?なんだい?」
時が過ぎ、放課後。
俺は今日はなるべく黒羽先輩の傍に居て、心のケアに努めた。
まあ、はっきり言って結果はあまり芳しくはないが。
それでも、これから来る悪夢に備えるためにはやらないよりマシである。
「そろそろ帰ろう」
黒羽先輩が俺の腕をくいくいと引っ張り一緒に帰ることを提案されるが、俺は首を横に振った。
「すみません、黒羽先輩。俺、少し用事があるので、先に『つむぐ』と一緒に帰ってもらっていいですか?」
「えぇ···」
露骨に嫌な顔をされても困る。
だが、俺は今日は一緒に帰るわけにはいかない。とても大事な用事があるからな。
不機嫌マックスといった感じの黒羽先輩だったが、『つむぐ』が無理矢理連行する形で彼女を連れて帰ってくれた。
何度悪意に巻き込まれるのだろうと自嘲しながら、俺はある場所へ向かう。
さあ、ようやく悪意と決着を付ける時が来た。
さらにあれから時が過ぎていき、学校から下校する生徒が少なくなる時間。
今帰宅する生徒はほとんど居なく、学校に残っているのはまだ部活をしている部員たちか生徒会役員、それに教師くらいだろう。
そんな学校の門前に、不審な影が一つ。
その様は生徒を迎えに来た親御でもなければ教師でもなく、言うなれば不審者そのもの。
「あぁ~っ、くそっ、まだかぁ?···ちっ」
その不審者は、忙しなく首を動かしたりイライラしているのか舌打ちまでしていた。
下手に関わったら危ない奴。誰もがそう思うだろう。
だが、そんな明らかにヤバそうな奴に怯えもせず少しずつ近付く男が一人居た。
「
「あぁ?んだ、テメェは?」
明らかに不機嫌と苛つきを顔に表し、殺意にも似た眼差しを向けている。
年齢は大体40代といった風貌で、厳つそうな顔に目付きが鋭い中年の男性。
近くで見ると筋肉が凄く、身体のあちこちに大小問わずの傷が付いている。
簡単に言えば、チンピラ風の男といったところだろうか。
こういう男性を男らしいと勘違いして惚れる女は、どうかしているなと思うくらいだ。
しかしそんな奴に怯むことなく近付いていく男は、ふっと笑いながら言う。
「内空―――宮風黒羽、または宮風美白を探しているのでは?」
「―――ッ!」
いきり立っていた男、宮風青児という男に少し動揺した様子が見受けられた。図星なのだろう。
しかしそれも一瞬で、宮風青児に走った動揺はすぐにかき消されていた。
「テメェ···なにモンだ、あぁ?」
「威嚇していては話し合いすら出来ませんが、自己紹介くらいしておきましょうか」
話し合いが通じるような男ではないと思っていたが、それでも一応こんな男相手でも礼儀を欠くわけにはいかない。
宮風青児を真っ直ぐに見つめ、彼は無機質のような声でこう言った。
「初めまして、俺は花咲彼方と言います。彼女たちについてお話があるので、少々お時間を頂けますか?」
――――――――――――――――――――
「ただいま」
「ただいま」
ボクは彼方に頼まれるまま、黒羽さんと一緒に家に帰っていた。
彼方が何かしようとしていることは、既に明白だ。
おそらく、黒羽さんに関して何か手段を考えてのことだろう。
あの人は一度信じた人は何があっても守ろうとする、そんな人だ。
だからこそ、美白さんも校長先生も黒羽さんを彼方に任せたのだと思う。
それに多少思うところはあるが、そんな優しい彼だからこそボクは好きになったんだ。
だからボクも彼の力になりたかったのだが、こんなことしか出来ないとはと自虐を込めた笑いが溢れる。
「さて、それでは彼方が帰ってきたらいつでもご飯をたべられるように準備だけでもしておこうか、黒羽さん?」
「ん、仕方ない」
黒羽さんは、朝に比べて血色が大分良くなっていた。
彼女のトラウマは彼方から聞いてはいたが、そんな強い傷を持ってでもいつものように接するその強さはボクから見ても羨ましいほどだ。
彼女もボクと同じくらい悲惨な過去を負ってはいるが、ボクもPTSDやトラウマを抱えたら一体どんなことになっていただろうか。
そう考えるだけで、背筋が寒くなる。
いけないいけない、ボクが暗くなってどうするんだ。
「それじゃあ、何を作ろうか?」
「ん、美味しいもの」
「アバウト過ぎないかい、黒羽さん?」
彼女の発言に苦笑しつつ、ボクらはキッチンに立つ。
持参してきたエプロンを着けようとすると、インターホンが鳴った。
「おや?客かな?」
ボクはエプロンをその場に置き、訪問者を迎えるべくドアホンの通話スイッチを押す。
「はい、花咲ですが?」
「む、私が花咲」
付いてきたのか、黒羽さんがムッと唇を尖らせて突っかかってくるが無視してドアホンの画面を見ると、そこに映っていた人物は―――
「あらあら、いつからあなたたちは花咲姓になったのでしょうね?」
やれやれと肩を竦める美白さんだった。
彼女がここまで足を運ぶのは珍しいが、単純に黒羽さんの様子―――果ては、ボクたちの生活の様子を見に来ただけかもしれない。
ボクは「少々お待ちください」とだけ言って通話終了のスイッチを切り、玄関に向かう。
「あらあら、こんばんは」
「やあ、どうも」
玄関を開けると、制服姿の美白さんが相変わらず笑顔で立っていた。
ボクたちは一足先に帰されたが、美白さんはこの時間まで学校に残って作業していたのだろうか?そう思うと、少し罪悪感が残る。
ならば、せめてもの償いとしておもてなししてあげなくてはならないと、ボクの義理人情が心に訴えてくる。
「どうぞ上がって、今お茶を出すから」
「あらあら、お構い無く」
「美白、上がればいい」
いつの間にか黒羽さんも玄関に来ており、彼女を中に招き入れようとするが、美白さんの様子がどうもおかしいことに気が付いた。
いつもとは違って、笑顔ではなかった。
その顔は真剣な表情を宿し、ピリッと緊張感を迸らせるほどの雰囲気を身に纏っている。
こんな彼女を見るのは初めてだ。
「···美白、何かあった?」
ボクが訊ねるより早く、いち早く黒羽さんが様子のおかしい美白さんに問う。
さすがは双子。顔はあまり似ていなくても、そういうところには良く気付くようだ。
美白さんの雰囲気にただならぬものを感じ、ボクも黒羽さんも固唾を飲んで彼女の言葉を待つ。
美白さんは目を閉じ深呼吸をした後、真剣な眼差しでボクたち―――いや、主に黒羽さんを見て衝撃的な一言を口にするのであった。
「花咲彼方君のことですが···もしかしたら、ここへ帰ってくることはないかもしれません」
「「――――――――――――えっ?」」
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