悪夢と悪意と再会

第40話  再会のギャル婚約者




ピピピピピ―――と、スマートフォンで設定していた目覚ましのアラームが聞こえ、微睡みの中に落ちていた意識を覚醒させる。

ゆっくりと目蓋を開け、寝返りを打ってスマートフォンの時間を確認。

設定した通り、朝の7時だ。

気怠い身体を無理矢理起こし、浴室でシャワーを浴びてから制服に着替える。

まだ登校の時間には早いが、コンビニに行って朝食でも買って食べようと鞄を持ち、玄関から出て戸締まりをして歩き出す。

家族と縁を切ったばかりだというのに、俺の心は晴れやかな気分になっていた。

マンションのエントランスを抜けると、入り口に一人の女の子が立っていた。




「···美白先輩?」


「あら、おはようございます、花咲彼方君」




そこに立っていたのは、つい昨夜お世話になったばかりの美白先輩だった。

相変わらずニコニコとした笑顔で、朝だというのにご機嫌な様子である。




「おはようございます。どうしたんですか?」


「いえ、花咲彼方君はつい昨日からここに入居なさいましたので、学校までの道筋やこの辺のことは分からないと思いまして」


「もしかして、案内をするために?」


「はい」




笑顔で頷く美白先輩の可愛さにドキッとしつつも、せっかくのご厚意なので素直に受け入れることにした。

さすがにここで断ったり返事を渋ったりするほど、俺は冷たい人間ではない。




「分かりました。お願いします」


「あらあら、ふふっ。ええ、承りました」




こうして俺は、美白先輩と肩を並べて歩き始める。

『つむぐ』の時も思ったが、やはりこうやって誰かと隣を歩くのも悪くはない。

その隣が、信頼をおける人物なら尚更だ。




「あらあら、どうしました?私の顔をジッと見たりして···もしかして惚れました?」


「···それはないです」




見ているのに気付いた美白先輩が小悪魔のように悪戯っぽく微笑む姿に、俺は妙に照れ臭くなってそっぽを向く。

仮面が無いので、この気恥ずかしさを隠すことも出来ない。

それでも可笑しそうに笑う先輩を見て、やはりこの人は苦手だと改めて思った。




「あっ、先輩。申し訳ないのですが、コンビニに寄ってもいいですか?俺、朝食まだなんですよね」


「あらあら、そうでしたね。昨夜は何も買い物出来ずにお暇しましたし。分かりました、私はここで待っていますね」




コンビニの入り口付近まで着いた俺は美白先輩に断りを入れ、店内に入る。

さすがに朝ということもあってか、サラリーマン風の男性たちや学生なんかもチラホラ見受けられる。

俺は適当に菓子パンと牛乳パックを手に持つと、不意にどこからか視線を感じた。




「···?なんだ?」




いや、視線を感じるのは当たり前だ。

ここは誰もが通うコンビニの中で、行き交う人がただの興味本意で誰が何を買うのかなど目を向けることはたまにある。

とりあえず気にしないようにしてレジに向かおうとすると、突然背後から背中を叩かれた。




「やっほ、ハナっち!お久しぶりだね!」


「ん?えっと···月ヶ瀬さん?」




そこには以前再会した一学年上の元許嫁、金髪ギャルの月ヶ瀬杏珠つきがせあんじゅさんが立っていた。

あれからまだ数週間も経っていないのに、随分久しぶりのような気がする。

相変わらず胸元は広げて胸の谷間が見えてたりするが、そこには目を向けないでおこう。




「杏珠でいいってば!いやー、ごめんね?本当は学校でも会おうとしてたんだけどさ、ほら、例の噂で···」




気まずそうな顔をして、段々と申し訳なさそうに声のトーンが小さくなっていく。

やはり彼女の耳にも届いてはいたらしいが、これは俺や彼女のせいではないのでそんなに申し訳なさそうにされるとこちらも困る。




「気にしないでください。月ヶ瀬さんのせいじゃありませんし、あの場合は距離を取って正解なんですよ」




あんな噂が立った俺なんかの傍に居たら、彼女の評判も地に落ちる結果に成りかねない。

だから、彼女の判断は正しいのだ。




「で、でもあーし···本当は、未来の旦那さんを守るはずの立場なのに、さ···怖く、って···っ」




よほど我慢していたのか、堰を切ったようにポロポロと涙を溢し始めた。

いかん、周りの人がなんだなんだと騒ぎ始めた。

このままでは好奇の目に晒されてしまうと思った俺は、菓子パンと牛乳を買うことなく陳列棚に戻して彼女の手を引き外に出る。




「あらあら、どうされました?何も買ってないように見えますが···。それに、そちらの方は?」




外で待っていた美白先輩が不可思議そうに、俺と未だ泣いている彼女に目を向けてくる。

このままだと変な誤解を招きかねないと思い、俺は彼女に頭を下げる。




「えーっと、事情は後でお話しますので、この人···月ヶ瀬杏珠さんと二人で話をさせていただけませんか?」


「なるほど、お知り合いの方ですか。ええ、分かりました。そちらの女性はうちの生徒みたいですし、後はそちらの方に案内を任せましょう」




やはり話せば分かる人で、美白先輩は笑顔で承諾してくれた。




「それでは私は先に行きますが、お話がありますので学校に着いたら校長室へ来てください」


「校長室···ですか?」


「はい、大事なお話なので。よろしくお願いしますね。それではお先に失礼致しますね」




丁寧なお辞儀をした美白先輩は、小さく手を振りながら去っていった。

彼女に悪いことをしたなと反省し、月ヶ瀬さんをまずどうにか落ち着かせないとと思って彼女と二人歩く。

二人で落ち着いて話せる場所といえば、近くの公園が良いかな?










――――――――――――――――――――





「月ヶ瀬···杏珠···」




その名前を聞き、思案に耽る。

彼女のことは、二年生ということ以外はあまり良く知らない。

生徒会長とはいっても、生徒全員のことを把握しているわけではない。

しかしあの一件以来、彼の周りの交遊関係などについてはあらかた調べ尽くした。

元幼馴染みの桐島彩花、中学時代の友人の岸萌未はもちろん、彼が過去に関わったであろう人たちは全て調査したと言ってもいい。

にも関わらず、月ヶ瀬杏珠という名前はリストに浮上しなかった。

ということは、最近一度だけ知り合った仲かもしれない。

その割には、彼女は彼に心を許している節があるように見受けられるのは気のせいだろうか。




「···ふむ、あの方は一体···」




見た感じでは、西川愛莉のような彼に害悪をもたらすような雰囲気を持つ方には見えないが、念には念を入れて再調査する必要がある。

私の話を通すために、彼の周りの安全を確保することも優先しなければならない。




「やれやれ、私もちょっと過保護ですね。しかし、これも全てあの子のためです」




今一度、彼の周りを再調査する必要がある。

そして、彼にあのお願いを聞いてもらわなければこちらも困る。

なにせあの子を本当の意味で救えるのは、彼しか居ないのだから。




「ふぅ···あの人に頭を下げるのも慣れましたし、また頼みましょうか」




溜め息を吐きつつ懐からスマートフォンを取り出し、ある電話番号を選択してタップする。

数回コールが鳴った後、電話口に相手が出た。




「あらあら、私です。すみません、何回もお手数かけますが、少し調べてほしいことがありまして···」







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