第39話  新天地でのエピローグ




「ここが···俺が住むマンション?」




到着し、車から降りた俺はこれから住むマンションを見上げていた。10階建てくらいだろうか?

そのマンションは、俺の実家からそう遠くは離れていない場所にあり、美白先輩の話だと学校も駅もここから近いのだと言う。




「あらあら、そうですよ。家具付きの10畳の1LDKでロフト付き。オール電化で、浴室とトイレは別。家賃は3万円ですので、食費光熱費を合わせても一人で充分暮らしていけるはずです。そのためのバイトもご紹介致しますし」


「い、いや···確かにそれは助かりますし、勿体無いほどの物件ですが···本当に良いんですか?俺なんかが借りても···」


「はい、もちろんですよ。校長からもちゃんと承諾を得ましたしね」




にっこり微笑む美白先輩だが、本当に貸しばかり作ってしまっているようで申し訳なくなってくる。




「では、お部屋に案内致しますね」


「あ、はい。よろしくお願いします」




俺はキャリーケースを引きずりながら、美白先輩の後を付いていく。

エレベーターに乗り、5階へ降りると美白先輩はある部屋で立ち止まった。そこが俺の部屋らしい。




「はい、こちらがあなたの部屋です。これが鍵ですので、どうぞ入ってください」


「はい、ありがとうございます」




俺は美白先輩から鍵を受け取り、ドアノブに鍵を差し込んで回して開ける。

確かに中は広く、テレビや冷蔵庫といった必要最低限の家具も備え付けられている。

まあ、小物などはないらしいので後で買いに行く必要はあるが、それでも充分過ぎるほどだった。




「良い部屋」


「今は暗いから分からないけど、日当たりも結構良さそうじゃないか」




何故か付いてきた黒羽先輩や『つむぐ』も、感嘆の言葉を漏らしていた。

いや、黒羽先輩はまだ良いとして―――




「何故、『つむぐ』がまだ居るんだ?」


「むっ、ボクが居たら迷惑かい?」




膨れっ面になって睨んでくる『つむぐ』に、俺は内心可愛いと思いつつも首を横に振る。




「そういうわけじゃないが、家に帰ったほうがいいんじゃないか?もう暗くなってるぞ?」




時計の針は、既に9時を指していた。

俺の家庭事情に巻き込んでしまって今更だが、さすがにこの時間だと親御さんも心配するに違いない。

そう思ったが、『つむぐ』は何故か頬を赤らめて上目遣いで俺を見上げてきた。




「あのね···?ボク、今日はここに泊まっていいかな···?」


「泊まる···?」




俺は彼女の言葉の意味を一瞬理解することが出来なかったが、その間に黒羽先輩は目を見開きながら愕然とし、美白先輩は「あらあら」と頬に手を当て微笑んでいた。

俺もようやく意味を理解し、焦ったように口を開く。




「い、いや···さすがにそれはまずいだろう」


「どうして?」


「だって、それは···ほら、一応俺は男なわけで···間違いがあるといけないというか···」


「ふぅ~ん?彼方は、ボクを抱きたいと思っちゃうのかな?」


「そ、それは···」




ニヤニヤしながら悪戯っぽく嗤う『つむぐ』を見て、からかってきてると分かった。

分かったのは良いが、上手い返しが思い付かない。

こんな経験は初めてだし、俺も感情を無くしたとはいえ性欲はもちろんある思春期の男子。

さすがに同衾とまではいかないだろうが、男女が一つ屋根の下で一夜を共にするとなると、俺も意識せざるを得なくなるわけで。




「ボクは、君になら抱かれてもいいんだけどね?」


「っ···!?」




『つむぐ』の爆弾発言により、俺の顔が急激に熱くなっていくのを感じた。

なんだ、この感情?初めて感じる。

『つむぐ』の顔を上手く見ることが出来ないが、彼女の顔は赤く染まっていたように見えた。




「い、いや、ご両親が心配するだろう?」


「うん?『友達の家に宿泊する』と連絡すれば大丈夫だよ」




何が大丈夫なのか、さっぱり分からない。

混乱する俺と顔を赤く染めた『つむぐ』の間に、しかめっ面をした黒羽先輩が無理矢理割り込んできた。




「駄目。不純異性交遊、禁止」




邪魔をされたのが不愉快だったのか、『つむぐ』がムッとした顔で黒羽先輩を睨む。

あー、また始まったなと美白先輩に目配せをすると、彼女はにこやかな笑顔で視線を返してきた。どうやら、事の成り行きを見守るらしい。

というか、少し楽しんでいるようにも見える。




「不純ではなく純粋な異性交遊だ。それなら文句は無いだろう?」


「否定。文句ある。今すぐ、ゴーホーム」


「嫌だね、あなたに決める権利は無い。ここは、彼方の家なんだから」


「む、一理ある」




黒羽先輩が納得すると、今度は俺に顔を向けて訴えるかのような目で睨んできた。

まさか、今度は俺に矛先が向くのか?




「どうするの?泊めるの?」


「あ、いや、それは···」


「泊めてくれたら、ボクいーっぱいサービスするよ?」




キッとナイフのように目を細める黒羽先輩と、頬を赤らめながら上目遣いで見つめてくる『つむぐ』に板挟み状態にされ、どうしたらいいか頭の中が混乱してしまう。

助けを求めるため美白先輩に視線を送ると、美白先輩はやれやれといったように肩を竦めた。




「はいはい、花咲彼方君も今日は色々とあってお疲れのようですし、今夜はお一人にさせてあげましょう」


「うっ···そう言われると···」


「反論出来ない」




美白先輩のごもっともな意見に、二人はしゅんとしてしまった。

なんだか申し訳ないような気持ちになりつつも、美白先輩にお礼を言う。




「ありがとうございます。助かりました、美白先輩」


「あらあら、大丈夫ですよ。ちょっと修羅場を見れて楽しかったですし」




やっぱり楽しんでいたようだった。

本当に喰えないお人のようで、これから先行きが不安になる。

とはいえ、お世話になってしまった以上は彼女に頭が上がらないので今後は彼女に借りを返す形で力を尽くそう。




「それでは、私たちはこれで失礼致しますね。何か他にご入り用がございましたら、遠慮なく私にお申し付けください」


「あ、はい。ありがとうございます」


「それでは、おやすみなさい」




美白先輩は手を小さく振って、退室をする。

それに続き、黒羽先輩と『つむぐ』も玄関に向かった。




「また、明日。おやすみ」


「おやすみ、彼方。ちゃんと休むんだよ?」


「ああ、二人もありがとう。おやすみ」




素直にお礼を言うと、満足したのか黒羽先輩と『つむぐ』はそれぞれ笑顔を浮かべて玄関から出ていった。

そして、急に一人になると押し寄せる解放感と孤独感。

家族から離れられたのは気分は良いが、やはり一人になると寂しいという感情が芽生えてくる。




「はぁ···しっかりしろ、俺。これは、俺が選んだ結果なんだ」




気合いを入れるため頬を叩き、とりあえずご飯とお風呂と荷解きは明日の早朝にすることにして、今日は疲れたからもう休もう。

そう思い、ふかふかのベッドに横になる。

これも美白先輩が用意してくれたものかな?

明日、彼女に礼を言わないと。

そう思いつつ、俺は意識を手放すのであった。












そう、この時の俺はまだ知らなかったんだ。

安らかな平穏はすぐに終焉を告げ、地獄はまだこれから始まることを。

そして、着実に俺が壊されていく未来がまだ想像し得なかったことを。







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