第36話  相容れぬ家族との決別




黒羽先輩と一緒にリビングへ戻ってきた俺の耳に届いたのは、親友の狂ったような怒声だった。

何事かと思っていたが、どうやら『つむぐ』が俺の家族を糾弾していたようだった。

彼女の言葉を聞き、次第に胸が熱くなるのを感じる。

『つむぐ』もまた、俺を守ろうとしているのが痛いほど分かった。

美白先輩がこちらに気が付き、軽いウインクをしてくる。

それを見た俺は、黒羽先輩と一緒に『つむぐ』の背後に立つ。



「か、彼方···」


「すまない、『つむぐ』。俺のためにそこまで怒ってくれて、ありがとう」




素直な気持ちを告げ、彼女の頭を撫でる。

『つむぐ』は耐えきれなかったのか、目に涙を浮かべて俺の胸に飛び込んできた。




「ごめ···っ、ごめん···!ボクっ···ボク、君の家族に···っ、とんでもないことを···!」


「いいんだ、『つむぐ』。俺がずっと言いたかったことを言ってくれて、本当に感謝してる。ありがとう、後は俺に任せてくれ」




そう言い、『つむぐ』の涙を指で掬う。

そして俺は彼女を泣かせた家族の前に立ち、小さく深呼吸をしてから口を開く。

彼らに、俺の思いの丈を全てぶつけてやる。




「···あなたたちにお願いがある」


「な、なんだ···?」


「か、彼方···あなた···」


「お兄ちゃん···?ほ、本当に仮面を···っ」




家族らの雑音に耳を貸すな。同情するな。

心を鬼にしろ。迷うな。戸惑うな。

ここに、彼らへの思いを断ち切るんだ!




「俺は、この家を出ていく」


「なっ···!?」




俺の言葉に、家族全員だけでなく黒羽先輩や『つむぐ』まで唖然とする。まさに寝耳に水といった感じに。

当然だ、この決意は俺が今さっき決断したことなのだから。

美白先輩は相変わらず笑顔で、お茶を飲み続けている。本当にマイペースな人だ。

俺の唐突な発言に、顔を真っ青にした両親が慌てた口調で返してくる。




「ば、馬鹿なことを言うな!お前は、まだ高校一年生、15歳だ!そんなことが許されるとでも思っているのか!?」


「そうよ、考え直して!そもそも、ここを出ていってどうするの?住むところだって、親の了承もないあなたが部屋を借りられることだってないのよ?」




まだこんなことをほざく両親に、俺は沸々と何かが心から溢れてくるのを感じた。

この人たちは、泣くほどに俺の心を代弁してくれた『つむぐ』の言葉を少しも理解してはいない。

だったら、理解してもらおうとは考えない。

未だに心のどこかで俺のことを思ってくれると期待していたが、やはり無駄のようだ。




「住むところなんて、どうにでもなる。俺がこの家にいたら、俺は俺で居られなくなる」


「そんなことは、断じて認めん!お前は、私たちの息子なんだぞ!?ホームレスになど、ならせてたまるものか!」


「そうよ、彼方。だから、諦めて?ね···?私たちと暮らしましょう···?」


「っ···あなたたちは、まだ···!」




両親の言葉に再び怒りが込み上げたのか、『つむぐ』はキッと彼らを睨み付けるが、俺は彼女の前に手を伸ばして制止する。




「か、彼方···?」


「いいから、ここは俺に言わせてくれ」




これ以上、彼女が俺のために涙を流して何かを言う姿など見てはいられない。

今この瞬間だけは、誰にも譲らせない。

俺は目を見据え、彼らに冷たく言い放つ。




「違うだろ?あなたたちが気にしているのは、俺が出ていくことで『世間様に悪い目で見られてしまう』ことだろ?」


「なっ···!?」


「この年で家出をするなんてご近所に知られでもしたら、あなたたちの評判が悪くなる。さらにホームレスになったなんて知られたら、『親の責任』として白い目で見られることになる。だから、必死に引き止めるんだ」


「ち、違うわ!わ、私たちはそんな···!」


「何も違わない。あなたたちは、今も昔も変わっていない。世間のためなら、平気で子供のことなんて考えないクズ親だ。だから、『つむぐ』にも毒親なんて言われて軽蔑されるんだ」


「っ···わ、私たちは、本当にお前のことを···」




まさか、俺がここまで言うとは彼らも思っていなかったようで、顔が青白くなっていた。

俺も、ここまで彼らに言ったのは初めてだが、まだ終わらない。まだ言うべきことが残っている。




「だから、言わせてくれ。あなたたちとは、縁を切らせてもらう」


「なぁっ···!?」




俺の絶縁宣言に、一際大きく驚き絶望の顔をする両親。妹は、泣きじゃくっていた。

あぁ、その顔···懐かしいな、小さい頃に戻ったみたいだ。だが、俺は容赦はしない。




「後日、絶縁状を送らせてもらう。この瞬間から、俺とあなたたちは赤の他人だ」


「馬鹿を言え!そんなこと認められるはずがないだろう!?私たちにも面子があるんだぞ!そもそも、学校の学費は!?衣食住は!?お前は、親が居なければ何も出来ないんだぞ!?」


「あ、あなた···落ち着いて。そんなに叫んだら、ご近所様にご迷惑が···」




あぁ、醜い。この期に及んで、まだ自分たちの保身や世間の目を気にするなど本当に救いようがない。

それでも食い下がろうとする親に、それまで黙っていた美白先輩が「あらあら」といつもの口調で間に割って入ってくる。




「それでしたら、何も問題はありません。彼の学費でしたら、学校側が負担を持ちます。なんなら、奨学金という手もありますしね」


「なっ···何故、学校側がそんなことを···!?」


「あら、言い忘れていましたが、私と黒羽の里親に当たる人が、実はうちの学園の校長なんですよ」


「は···!?」




これには家族のみならず、『つむぐ』や俺も驚きを隠せなかった。

あの校長先生が、内空閑姉妹の里親!?

だから、あんなに親しげに会話して···いや、少し険悪な雰囲気もあったように見えたが、今は彼女たちの関係を気にしている場合ではない。




「彼女に頭を下げて頼み込めば、彼の学費はどうとでもなりますよ。理事長も、今回の話についてご納得するでしょうし」


「せ、先輩···それは贔屓じゃ···?」


「ふふっ、あらあら、それぐらいのことはしてでも、花咲彼方君をうちに引き込みたいのです。まあ、貸し一つということで」




唇に人差し指を当て、悪戯のように微笑む彼女はさらに続けた。




「住居に関しましても、ご心配なく。彼は、私が管理するマンションに引っ越してもらいましょう」


「はぁっ···!?」




次は、黒羽先輩も交えて全員が驚く。

彼女が管理するマンションだって?




「ふ、ふん。馬鹿を言うな。一学生の君が、マンションなど買える金があるはず···」




そう強がって言いつつも、父の進さんは青ざめながら貧乏揺すりを起こしていた。

しかしそんな強がりを見せる父に対し、美白先輩はクスッと小さく笑った。




「あらあら、勘違いしないでください。私が買ったわけではありません。里親である校長が私物件として購入し、私が管理を任されているだけです。しかし、これもまた私が頭を下げれば問題はありません。食費家賃光熱費に関しては、彼には私が管轄するバイトを紹介致しますので、そこで働いてもらいます。バイトといっても、そこまで大変なことではありません。親の承諾も必要ありませんし。さて、これでもまだ何か文句がおありで?」




美白先輩は再び笑顔で、俺に「貸し二つ目ですよ」とウインクをしながら呟いてきた。

なんだか至れり尽くせりで申し訳なくなってくるが、美白先輩のせっかくのご厚意だ。

ここは素直に応じないと、彼女の親切心を踏みにじることになる。

美白先輩から提案された両親らは、悔しいのか彼女に何も言い返すことはなかったが、何を思ったのか俺のほうを見て口を開いた。




「か、彼方···わ、私たちが悪かった!本当にすまん!」


「ごめんなさい、彼方!今までのことは謝るわ!だから、また私たちと一緒に暮らしましょう?せっかく仮面も無いみたいだし、また一から家族としてやり直しましょう!?」




次は、俺に対しての必死の懇願か。

見事なまでの手のひら返し。

俺に謝る二人を見るのは、これが初めてだ。

だが、今の俺にはそんなことを言われても何も感じない。俺をこんな風にしたのは、家族だ。だからこれは、因果応報だ。




「もう一度だけ言う。あなたたちとは、縁を切らせてもらう。15年間、今までありがとうございました」




俺がそう言うと、両親は絶望の顔を浮かべて膝から崩れ落ちた。

妹は未だに泣いているが、そんな彼らを見ても俺の心は動かなかった。俺は、なんて酷い息子だろう。

だが、これで俺と家族との確執は終わりを迎えたのだ。





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