襲い来る狂気
第51話 悪意はまだ終わらない
あの日から数日が過ぎた。
事件後、俺はひとまず病院で検査を受けた後に帰宅が許された。
あれだけ殴られたが骨は折れておらず、打撲程度で済んだことは奇跡に近い。
ただやはり安静はしなくてはいけないとのことで、俺は怪我が治るまでは自宅療養という形になった。
その期間がようやく終わり、今日から登校日である。
「何にしろ、彼方が無事で本当に良かったよ。けど、もうあんな無茶はしないでくれ。ボク、かなり心配したんだから」
「同意。次はない」
「あ、ああ···悪かった」
通学中、両隣で歩く『つむぐ』と黒羽先輩からギロッと睨まれて叱られていた。
まあ、あんな無茶はもう二度と御免なので素直に頷くより他はない。
それにしても、あの日から黒羽先輩はトラウマを見事克服したようで、夜もちゃんと眠れるようになっていた。
やり方は間違えたかもしれないが、結果オーライというやつだ。俺は後悔など無い。
「それより、黒羽先輩。あの後、奴はどうなりました?」
「奴は死んだ」
「へっ···?」
「冗談。ちゃんと話す」
じょ、冗談だったのか。
黒羽先輩が冗談を言うなんて珍しい。
これも、トラウマから解放された影響だろうか?
とりあえず、黒羽先輩から聞いた事の顛末は次の通りだった。
宮風青児は脅迫、恫喝、暴行、殺人未遂に加え、黒羽先輩を襲おうとしたことや姉妹をストーカーしたとして現在は警察署で取り調べを受けており、しばらくして拘置所に送致、その後に裁判が待っているのだと言う。
次に檻の中に入ることとなれば、やはり長い期間お勤めになるだろうとのこと。
これは全て美白先輩から聞いたことらしいのだが、彼女は本当に何者なのだろうか?
興味はあるが、聞くのは怖い。
「まあ、何にせよ良かったですね」
「ん、彼方のおかげ」
黒羽先輩はふっと微笑むと、俺の腕を組んできた。
表情も段々と豊かになってきたようで、喜ばしい限りである。
そんな俺たちの間に、『つむぐ』が割り込んできた。
「あっ、ちょっと黒羽さん!なに彼方にくっついてるんだ!」
「これはお礼。最大限のお礼はキス」
「それはダメに決まってるだろう!?私だってまだしたことないのに!」
「あなたの許可は必要無い」
「ぐぬぬぅ~···!」
「むむ···!」
相変わらず二人は仲良しのようだ。
黒羽先輩も『つむぐ』に遠慮しなくなり、ほぼ毎日このような喧嘩ばかりしている。
だが、二人とも本気でないのは見ていても分かる。
「二人とも、置いていくぞ?」
俺は苦笑しつつ、先を歩く。
そんな俺に二人は言い争いながらも、しっかりと付いてくる。
なんだかこれが新しい日常なんだなと思うと、新鮮な気分になる。
こんな日が続けばいいな、そう思ったのも束の間だった。
「···なんだ、これ?」
学校に着いて下駄箱を開けると、俺の下駄箱はさらに悲惨を果たしていた。
ゴミが散乱しており、せっかく新調した上履きもインクで落書きされたりしていた。
これは、またスリッパを用意しなくては。
「彼方、どうしたんだい?」
「まだ靴履いてない?」
俺がなかなか履き替えないのを不審に思った二人が寄ってきた。
そして二人が俺の下駄箱の中を見た途端、表情が曇った。
いや、曇るというより···何だ?殺気に満ちた顔をしている。
「ははっ···まだ彼方に喧嘩を売る奴が居るとはね。彼方に喧嘩売るということは、ボクに喧嘩を売るということを思い知らせてやらなければならないようだね」
「ふふっ···地獄、見せてやる。私は、敵には容赦しない」
二人から黒いオーラのようなものまで見えるのは、俺の気のせいだろうか?
「二人共、落ち着け。大丈夫だ、今の俺はこの程度の悪戯は気にしない。それより予鈴のチャイムが鳴るぞ?」
「ちっ···仕方ない、この問題は後に回そう」
「むぅ···同意、後で敵を屠殺する」
気にしないという選択肢は、彼女たちには無いらしい。
なるほど、俺より怒っているようだ。
その気持ちは嬉しいが、この二人が本気を出すと相手が可哀想になってくる。
ともあれ、二人を宥めてから教室に向かう。
「おはよう、カナくん。それと、天野さんも」
「ああ。おはよう、桐島」
「おはようございます、桐島さん」
教室に入ると、元幼馴染みの桐島彩花が俺に声をかけてきた。
あの日、仮面が壊れてからは俺は砕けた話し方で彼女と接するようになった。
別に彼女を許した覚えは無い。
冤罪をかけられ、俺を傷付けた罪は消えない。
未だに心が拒絶して、『つむぐ』たちのようにある一定以上の距離に近付かせないようにしている。
それでもめげずに挨拶をしてくるのだから、神経は図太いのだろう。
その図太さは、俺も見習わなくてはならない。
挨拶を交わして席に着くと、尻にチクッとした痛みを感じた。
「···なんだ?」
椅子から立って良く見ると、椅子の座る部分に小さな画鋲が仕込まれていた。
なるほど、この痛みは画鋲によるものだったか。多分、尻から血が流れているだろう。
仕方ない、トイレにでも行って血を拭くか。
保健室に行きたいところだが、赤の他人に尻を見せるのはやはり恥ずかしい。
保険医が女性ならば、なおさらだ。
「ん?どうしたんだい?」
座った途端に立ったので、『つむぐ』も不思議に思ったのだろう。
怪訝そうな顔で見つめてくるが、こんな小さな悪意で彼女を巻き込みたくない。
こんな悪戯で犯人探しも馬鹿馬鹿しい。
そう思う俺は、やはり壊れている。
「何でもない、少しトイレに行ってくる」
「えっ?もうすぐ予鈴が鳴るが···」
「我慢が出来ないんだ」
「そ、そうか···我慢が出来ないのか···」
何故か、ぽっと赤くなる『つむぐ』。
何だ?俺、何か変なことでも言ったか?
自分の言葉を思い返すが、特に不自然なことを言った覚えは無い。
それなのに何故か『つむぐ』はどんどん顔を赤く染め、可愛らしい上目遣いで口を開いた。
「大丈夫かい?付いてってあげようか?」
「それは無理」
何を言うかと思えば、とんだ変態発言だ。
『つむぐ』のアホすぎる提案を拒否し、俺は教室を出てトイレに向かう。
「···ん?」
その途中、また視線を感じた。
以前のような、気持ちが悪い視線だ。
何だ?誰なんだ?
辺りを見渡すが、廊下で談笑している生徒ばかりで、俺を見る奴は一人も居ない。
だが、明らかにこれは気のせいじゃない。
誰かが俺を見ているのは確実だ。
まさか、この一連の悪戯と視線は同一人物によるものか?
いや、決めつけは良くない。
違う可能性だって充分に考えられる。
悪戯のほうは放っておけば沈静化するかエスカレートしていくかは分からないが、その時になったら改めて考えよう。
まずは、先日から続く視線の持ち主をいい加減に特定したい。
今さっき感じたということは、やはり犯人はこの学校の関係者だろう。
となると、やはり協力を仰ぐべきは黒羽先輩だ。防犯カメラに犯人が映っているかもしれない。
「後で、黒羽先輩に相談してみるか···」
女の子に頼るのはいかんとも情けない話ではあるが、それも仕方のないことだ。
小さく溜め息を吐いた俺は、まず尻の出血を抑えるためにトイレに向かうのだった。
「あはっ、危ない危ない♪危うく見てるのがバレちゃうところだったなぁ。少しの間見なかっただけでも、あんなに格好良くなるなんて···あのクソ男を動かしただけでも甲斐があったってものね。でも、まだだよ?まだまだ壊れてくれなくちゃ···ふふっ」
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