第52話  加速する狂気乱舞




「というわけでして···黒羽先輩、ちょっと力を貸していただけませんか?」




放課後、俺は生徒会室にて黒羽先輩にお願いをしていた。

例の秘密基地で、防犯カメラをチェックして俺への悪戯の犯人、または視線の持ち主を特定するためである。

一応今まであったことを報告すると、黒羽先輩の瞳には光が宿っていないことに気が付いた。

良く見ると、この場に居る『つむぐ』の顔も怒りに満ちており、美白先輩に至ってはニコニコと笑顔だが目が笑っていなかった。

この生徒会室、なんかやけに寒くないか?




「私の彼方に、よくも···。分かった、すぐに調べる」


「ありがとうございます、黒羽先輩」




黒羽先輩は座っていたパイプ椅子から立ち上がると、俺の手を引いて秘密基地部屋に向かう。

『私の彼方』というフレーズが気になったが、そこは追及しないでおく。




「ちょっ、ボクも行っていいかい!?」




そんな中、『つむぐ』が焦ったように立ち上がって付いてこようとする。

いつもなら黒羽先輩とここで間髪入れずに喧嘩になるところだが、今日の黒羽先輩は違っていた。

少し考えた後、『つむぐ』に向かって口を開く。




「···分かった、入ればいい」


「えっ···!?」




俺は驚いた。

いつもの黒羽先輩らしからぬ発言だ。

一体、どういう心境の変化だろうか?

許可を得た『つむぐ』も目を見開き、美白先輩は「あらあら」と笑顔ではあるものの驚いている様子だった。

もしかして、黒羽先輩はトラウマを乗り越えたことで、『つむぐ』にも心を開いて―――




「前回、助けられた。だから、今回は特別」




―――無かった。

なるほど、あの事件で多少なりとも『つむぐ』には世話になったから、そのお返しということらしい。

なんともまあ、黒羽先輩らしい几帳面な性格だ。


そんな訳で、俺たちは秘密基地へ入ることになった。

初めて入る『つむぐ』は唖然としていたが、俺が説明すると、「なるほど」と腕を組んで納得していた。




「校長先生が言っていたことは本当だったということか。確かにこの設備なら、彼女がこの学校の防犯システムを掌握しているのにも納得がいくね」




西川愛莉たちが断罪されたあの校長室での一件で、校長先生が言っていたことを全て覚えているらしい。

まあ、当然か。あんなインパクトある事実を明かされたら、忘れろというほうが無理だ。




「黒羽先輩、お願いします」


「ん、任された」




黒羽先輩は椅子に座ると、パソコンを起動して前回のように素早く操作していく。

映像を精査していく黒羽先輩だが、しばらくすると「むぅ···」と唸った。




「どうかしたんですか?」


「犯人、分からない」


「分からない?」




俺はその言葉の意味を理解出来ず、同じ気持ちであろう『つむぐ』と一緒に首を捻った。




「犯人が分からないだって?そんなバカなことがあるのかい?昇降口や教室にも、防犯カメラは設置されているのだろう?」




『つむぐ』の言うことももっともだ。

以前、黒羽先輩が言うにはこの学校にはありとあらゆる場所に防犯カメラが設置されており、昇降口はもちろん教室も全て撮影されると聞いた。

そのおかげで、西川愛莉たちが犯人ということも判明したはずだ。

なのに、犯人が分からない?どういうことだ?

そんな俺たちの疑問に、黒羽先輩は首を横に振って答えた。




「勘違いしないで、別に犯人が映らなかったわけじゃない」


「黒羽先輩、どういうことです?」


「犯人は映っていた。ただ、犯人の顔が分からない」




そう言い、黒羽先輩はモニターにその精査された映像を映した。

俺たちはその映像を見て、さらに困惑することになる。




「誰だ···こいつ?」




映像に映されたのは、一人の女子生徒。

それは分かる。女子の制服を着ているからだ。

ただ問題なのが、制服の下にパーカーでも着込んでいるのか、その顔は黒いフードを株って見えないようにされている。

辛うじて見えるのは、金髪ということとニヤッと薄気味悪く嗤うその口元だけだった。




「ダメだね、これは。金髪なんて、うちの学校じゃ何人も見かけるし、黒いパーカーなんて着込んでても脱いでしまえば意味がない」


「ああ···『つむぐ』の言う通りだな」




言うなれば、手詰まり状態だ。

その少女が下駄箱、椅子への悪戯、そして俺のことを見つめる不審者と同一人物だということが判明したが、成果はそれだけだ。

犯人について、何の手がかりもない。




「そもそも、何故この女は彼方をここまで執拗に狙うんだ?ボクはそこが疑問だ」


「ん、同意。動機が分からない」


「確かに、そうだよな···」




『つむぐ』や黒羽先輩の言うことにももっともだ。

確かに俺は人当たりは良くなく、周りから嫌われていることは察しているが、ここまでされるほど恨みを売った覚えは無い。

なら、たまたま俺を標的にした愉快犯か?

いや、愉快犯なら俺を見つめてくる理由が分からない。

まあ、俺の反応を見て楽しむということが挙げられるが、以前店で感じた視線はこいつのものだとするとそれも理由としては弱い。




「もしかして前回、噂を流した奴らの誰か、もしくは西川愛莉が逆恨みをして···?」




『つむぐ』がそう推理する。

確かに、俺もその可能性は低いとしながらも視野には入れていたが―――




「否定。彼女たちと、この女の身体的特徴が不一致。西川愛莉も、まだ停学処分中」




そう、一番可能性のある西川愛莉が犯人かと思われたが、彼女は未だに停学処分は解かれていない。

それに、彼女ならば前科があるためにすぐに疑われるデメリットもあるし、何よりこんな小さい悪戯をするより直接俺に何かするはずだ。

それに、彼女は金髪では無い。

まあ、染めてしまえば話は別だが、そこまでして俺に嫌がらせをする必要は無いだろう。

となると、犯人は他の女子生徒か?




「ごめんなさい。守ると誓ったはずなのに、この体たらく···」


「い、いや、黒羽先輩が謝る必要はないですよ!こうして力になってくれた。それだけでも充分嬉しいですから」




黒羽先輩が泣きそうな顔をしたので、思わず慌てて慰めてしまう。

弱った、どうも俺は女性の涙には苦手意識を持っているようだ。




「しかし、困ったね。これでは、視線や悪戯がまだ続く可能性があるよ」




『つむぐ』が悔しそうにそう呟く。

別に今のところは気にもしないが、確かにこのまま続き、最悪エスカレートする可能性もある。

なんとか手段を打ちたいところではあるが、現状は手をこまねくしか方法は無い。




「だけど、このまま狸寝入りをするつもりは無いよ。とりあえず現段階の対策として、彼方の周りの安全強化、そしてボクたちが常に傍に居て守ることが最大限の手段だ」


「同意。私も傍に居て守る」


「二人共···ありがとう」




そうだな、何も一人で動くことはない。

俺には彼女たちが付いている。『つむぐ』や黒羽先輩、美白先輩といった信じられる仲間が居る。それだけで戦えるのだから。




「黒羽さんの出番は残念ながら無いよ?ボクが四六時中彼の傍に居るからね!」


「異議有り。私が彼方の傍に居る」


「残念だけど、黒羽さんは三年生だ。一年の教室にずっと居るわけにもいかないだろう?授業だってあるんだしね」


「授業はサボる。教師には、弱味を見せて黙らせる。これで問題解決」


「いや、ダメだろう!?教師を脅すとか何を考えているんだ!?」


「大丈夫、校長を買収する」


「あなたの母親じゃなかった!?」




また始まってしまった、二人の名物喧嘩が。

だが、この空間が何故かとても心地好い。

そう思えるのは、何故なんだろう?













「だから、彼方はボクが守るよ!」


「無理。私が彼方を守る」


「あらあら、モテモテですね?花咲彼方君?」


「はは、勘弁してください」




生徒会の仕事も終わり、四人で昇降口に向かう。

一応、授業中に用務員さんが俺の下駄箱を綺麗にしてくれたおかげで再び使えるようにはなったらしいが、やはり気にしないとはいえ少しは気分が悪い。

上履きも洗わなくてはいけないし、困ったものだ。

だが、また下駄箱に何か悪戯はされる可能性は少なからずある。




「大丈夫だよ、彼方。さすがに授業を抜け出したり昼休みに悪戯をすることは無いさ」


「同意。人目に付く」


「あらあら、そうですね。私もそう思います」


「そう···だよな」




三人の言う通りだ。

ビビるなんて俺らしくもない。

この三人が傍に居て支えてくれるなら、怖いものなど何もない。恐れる必要が無い。

俺は自然と笑みが溢れ、軽い気持ちで下駄箱を開ける。




「ひっ···!?」




瞬間、三人の悲鳴が同時に響いた。

そして同時に、むわっと鉄臭い匂いが周りに充満する。

俺も驚愕し、今目の前にある光景が夢じゃないかと疑いたくなっていた。

何故なら、俺の下駄箱の中に入っていたのは―――









―――血にまみれた黒猫の頭だったから。








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