第79話 弱点を見付け出せ!
月ヶ瀬杏珠の部屋を調べて数分もしないうちに、彼女の異常性が改めて理解することになった。
まずボクが見付けたのは、彼女の本棚に陳列された本。
一見すると少女漫画のようだが、実はカバーはカモフラージュで中身は宗教関係と催眠術関係のものばかりだった。
これらの著者は不明だが、紙の質感から考えてもかなり古いものだ。
「まさか、彼女は幼い時からこれを読んでいたのか···?」
それなら、あの狂気にも説明が付く。
そりゃあこんなものを幼少期から読み続ければ、多少は狂うのも無理はない話だ。
「紡さん、私が見付けたコレも大概ヤバいものですね···」
そう、桜さんが見付けたのも相当にヤバい代物だった。
彼女が発見したのは、ベッドの下にあった箱。
その中には大量の彼方の写真と手紙。
写真のほうは彼方が幼少期から今までの様子を撮られたものであり、角度的にも隠し撮りしたものだと思われる。
彼女自身が撮ったのか、はたまた信者に撮らせたものかは判断が付かないが、その数はざっと見積もっただけでも百枚以上はある。
「こちらも相当なものだね···」
ボクはドン引きしながら、手紙のほうを読んでそう呟いていた。
こちらのほうは数百枚に及ぶが、中身はどれもほとんど一緒だ。
そこに書いてあるのは、『好き』と『愛してる』を紙いっぱいびっしりの文字だけ。
ラブレターなんて可愛らしいものじゃない。
これはまさしく、狂気そのものだ。
「いくらその時彼方しか居なかったからといって、さすがにこれはヤバいね」
こういうの、何と言ったかな?
あぁ、そうそう、ヤンデレだ。
「どうします、これ?弱味にもならないと思いますが···」
「うぅん、そうだね···」
桜さんもかなりドン引きしている。
確かに彼女の言う通り、これらは彼女の異常性を示しただけで、弱点にすらならない。
どうしたものかと悩んでいると、ボクは彼女の机に鍵がかかっていたことを思い出した。
「もしかして、この机の引き出しに何かあるんじゃないかな?」
「···ですね。でも、それを開ける鍵がないんですけど」
その通りだ、鍵がなければ開かない。
しかし一通り探したが、そんなものは何処にも無かった。
それにちんたらしている場合ではない。
仕方ない、ここはボクの出番か。
「桜さん。ボク、言ったよね?人の道を外すことをすると」
「えっ?あっ、はい···今のでも充分外している気がしますけど···もしかして、何かやるつもりですか?」
さすがは桜さん、勘が鋭いようだ。
あちらも非人道的なことをしているんだ。
正義感をかざして、真っ向から馬鹿正直に挑むつもりは最初から毛頭無い。
それにボクは、あの時彼女に言った。
『彼方に何かしたら、ボクは君を許さない―――その時は、ボクが君を殺す』と。
だから、ボクは多少なりとも悪事に手を染めてやる。
「ふ、ふふっ···ボクを敵に回したこと、後悔させてあげるよ···月ヶ瀬杏珠!」
「つ、紡さん···?」
ボクは嗤いながらぶつぶつ言うと、懐からあるものを取り出した。
「あ、あの···紡さん?それって何ですか?」
「ん?これかい?ピッキングツールだよ」
「さらっと言いましたけど···も、もしかして紡さん、その鍵をそれで開けるつもりですか?というか、どうしてそんな技術を···?」
「ははっ、何を言っているんだい?こんなの、乙女の作法じゃないか」
「お、乙女の作法···?」
凄く困惑したような表情を見せる桜さんだが、ボクは変なことを言ったのだろうか?
このくらいは淑女の嗜みのはず。
彼女の反応がいまいち気にかかるが、今はそれを気にしている場合ではない。
ボクはピッキングツールを持つと、それを使い鍵穴に差し込んでみる。
「···ふむ、どうやらそこまで複雑な構造ではないようだね」
「そ、そこまで分かるものなんですか?」
「多少はね。そもそも、たかが机の鍵が複雑な訳がないよ。南京錠と同じさ」
「···?言っている意味が良く···?」
まあ、そうだろうね。
だが、こんな玩具のような鍵開けは、ボクにとっては児戯にも等しい。
ボクは感覚を頼りに操作をすると、呆気なく鍵が開いた。
「ふっ、実に容易い作業だった」
「えっ!?もう開いたんですか!?まだ数分しか経ってないんですけど···」
驚いている桜さんを尻目に、ボクは遠慮無く机の引き出しを開ける。
どんなものが出てくるのかと思ったが―――
「もぬけの殻···?」
そこには何も入っていなかった。
おかしい、わざわざ何もない場所に鍵をかけるだろうか?
これは、まさかミスディレクションか?あるいは、ただ何もない場所へ鍵をかける癖が?
そう思っていると、桜さんが「あれ?」と目を丸くして呟いた。
「もしかしてこれ、二重構造になってませんか···?」
「···なんだって?」
「あっ、えっと、前でテレビで観たことがあるんですけど、この引き出しの底が妙に浅くありませんか?」
「ふむ···言われてみれば、確かに···」
言われるまで気が付かなかったが、確かに普通の引き出しにしては多少底が浅い。
ボクとしたことが注意力散漫だったか。
「それって、二重構造の可能性が非常に高いってテレビで言ってました」
彼女がどんな内容のテレビを見ていたのかは気になるところだが、今は置いておくことにしよう。
ならば、ボクがやるべきことは一つ。
「では、早速試してみよう」
そう言って、懐から今度はマイナスドライバー二本を取り出す。
「ちょっ···!?つ、紡さんのポケットって、四次元にでも繋がっているんですか?」
「誰が未来の猫型ロボットだい?コレもまた、乙女の必需品だよ」
「絶対違う気がするんですけど···はぁ、もういいです。これ以上はコメディになる気がしますから···」
諦めたように溜め息を吐く桜さん。
何のことを言っているのか良く分からないが、気にせず作業を開始しよう。
二重構造の蓋も、特に問題なく抉じ開けることが出来た。
「さて、何が入っているのかな?」
再び机の引き出しの中を覗くと、そこには一冊の本と一枚の手紙が入っていた。
それらを見て、ボクと桜さんは互いに顔を見合わせる。
「つ、紡さん···これって···」
「うん、どうやら見付けたようだね」
ボクたちは、ようやく月ヶ瀬杏珠の弱点と成り得るかもしれないものを見付けた。
手に取り、本の内容を見る。
「これは···やはり弱点だ。これは、ちゃんと目を通す必要があるね」
「紡さん、この写真に写ってる人って、もしかして···」
「桜さんも気が付いたかい?どうやら、ボクらは月ヶ瀬杏珠に会う前にすることが増えたね」
これが月ヶ瀬杏珠の弱点となるなら、直接対面する前にやるべきことがある。
時間に余裕は無いが、念には念を入れる必要があるからだ。
「桜さん。早速で悪いが、ボクはこの人に会いに行こうと思う。写真には、ご丁寧に住所が書かれているみたいだしね」
「は、はい···!私も行きます!」
もしかしたら、この人が事件を終わらせるキーパーソンになるかもしれない。
そうと決まれば、この人に会いに行こう。
桜さんとボクは頷き合い、部屋を後にした。
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