第78話  葛藤と迷いと調査




その後の展開は、怒濤の勢いだった。

内空閑薊はまず校長を自ら辞職、その足で病院に向かって自分で怪我を負わせた火村朱葉に謝罪。

そのまま同じ病院に居る美白さんにも謝罪をし、警察へ向かって行った。

その際、姉妹は「必ず帰ってくること」を条件に彼女を赦したそうだ。




「というわけで、ご心配おかけしました」




そして翌日。

美白さんは退院をし、ボクたち四人は生徒会室に集合していた。




「あ、あの···もう大丈夫なんですか?」


「あらあら。ありがとうございます、桜さん。ええ、もうピンピンです。ご迷惑をおかけした分、きっちりとお力添え致しますよ」




どうやら本当に大丈夫そうで一安心する。

だが、喜んでばかりではいられない。

美白さんという強力なカードが手に入った以上、やるべきことはただ一つ。




「それじゃあ早速だけど、彼方救出の作戦を練ろうか」


「ん、了解」


「あらあら、分かりました」


「はい、頑張ります!」




ボクの一言に、三人は揃って頷く。

反撃の幕開けといこうじゃないか。




「まず、内空閑薊さんから手に入れた彼方の居場所やその他の情報を黒羽さん、あなたに精査してほしい」


「ん、任せて」


「次に、美白さんにお願いがあります。ボクらが救出に向かった際、どのような邪魔が入るか分かりません。なので、スムーズにいくためのサポートをお願いします」


「あらあら、承りました。そういうことなら、私にお任せください」


「そして、桜さん。君には、救出に向かう前に、ボクに付き合ってほしいことがある。付いてきてくれるかい?」


「は、はい。私に出来ることでしたら」



ボクはそれぞれにお願いをした後で、桜さんと共に学校を出た。

願わくば、それが最後のお願いとなるように。







――――――――――――――――――――





天野紡と花咲桜が生徒会室を後にし、この場には私と美白だけが残った。




「それじゃあ、私は情報を整理してくる」




美白にそう言い、私は秘密部屋に向かおうとすると、「あらあら、ちょっと待ってください」と美白に呼び止められた。




「黒羽、一つ聞きたいのですが···他に、やり残したことはありませんか?」


「···何を?」




今の私にやるべきことは、情報の整理だけ。

他にやることなんて無い。

そう思っていると、美白は真剣な眼差しで私に問うてきた。




「あなたも聞いたでしょう?私たちの産みの親である火村朱葉が入院していることを」


「···知っている。それが何?」


「会ってみたいとは思わないのですか?」




美白の質問に、私は少し思案する。

産みの親である火村朱葉に会う?

会いたいかどうかと問われても、良く分からない。

あの人は、私たち姉妹を捨てた人だ。

それは一生赦すことはないだろう。

でも会うこと自体に、赦す赦さないは別の話である。

ただ、いきなりそんなことを言われても私には良く分からない。

会って、どうする?話してどうする?

そんな自問が頭の中で巡り、答えを出せないでいた私に美白は申し訳なさそうな顔をした。




「すみません、迷わせてしまいましたね。こんな時に言うことではありませんでした」


「···別に気にしない」


「あらあら、またそんな嘘を。ですが黒羽、頭の片隅にでも覚えていてください。あの人は、私たちが今直面している問題に巻き込んでしまった。その謝罪は必要です」


「···分かってる」


「分かっているならいいんです。花咲彼方君を無事に救出した暁には、私と共に彼女に会いに行きませんか?」


「···考えておく」




私はそれだけ言うと、部屋の中に入った。

産みの親に会う、か。

思い起こせば、あの人と親子の思い出は確かに存在していた。

私が好きな黒糖飴。

あれも彼女が初めて私にくれたものだ。

あの人が嫌いなら、当然黒糖飴なんか好き好んで食べはしない。

じゃあ、心のどこかではあの人を赦しているのかもしれない。

ただ、会いたいかどうかは分からない。

怖いのだ。信じて、また捨てられるのが。




「···でも、私もそろそろ前を向かなくちゃ」




彼方は、ちゃんと自分の親と向き合った。

それなら、私もそうしなくては彼の背中を押した身として立つ瀬がない。




「···会ってみてもいいのかも」




ただ、それは全てに決着を付けてからだ。

そして、彼女に紹介するんだ。

私の一番大切な彼のことを。




「そのためには、やるべきことをちゃんとやらなきゃ」




私は気合いを入れ直し、情報を精査するためにパソコンを操作し始めたのだった。






――――――――――――――――――――




「あ、あの···何処に行くんですか?」




学校を出て歩くボクに、桜さんは半歩下がりながら訊ねてきた。

あぁ、そういえば目的地を言っていなかった。




「桜さんが調べてくれた『花咲一真』―――いや、月ヶ瀬杏珠の家だよ」


「つ、月ヶ瀬杏珠の家ですか···?それはまた、どうして?」


「もちろん、確かめることがあるからさ」


「···?」




良く分からないといった風に小首を傾げる桜さんを連れ、私たちは月ヶ瀬杏珠の家に到着した。

そして迷うことなくインターホンを押す。




『はい、どちら様でしょうか?』




機械から流れてきたのは、中年男性の声。

言うまでもなく、花咲一真本人だろう。

良かった、ちゃんと家に居てくれたようだ。

まあ、そうでなくては困るのだが。




「突然すみません。私、月ヶ瀬杏珠さんの友人で、天野紡と言います。少々お時間頂いてもよろしいでしょうか?」


『杏珠の!?わ、分かりました。少しお待ちください!』




何故だか慌てたような声が返ってきた。

察するに、月ヶ瀬杏珠はあんな派手な見た目をしながらも友達は居なかったのだろう。

だから初めて出来た友達が訪ねてきたので、思わず驚いてしまった。こんなところだろうか。

少し待つと玄関が開き、花咲一真と思わしき中年男性が出迎えた。




「お待たせしました。私、杏珠の父です。まさか、あいつに友達が出来ていたなんて···。それで、ご用件は?あいつなら、何日も帰ってきてはいないんですが···」


「初めまして、天野紡です。突然すみません。彼女は学校も休んでいまして。先生から預かったプリントやらを持ってきたんです」


「あぁ、そうでしたか。では杏珠の部屋に案内しますよ」


「ありがとうございます」




花咲一真は私たちを中に入れ、彼女の部屋まで案内してくれた。

そして「何かあったら呼んでください」と言い、彼はリビングのほうへ戻って行った。

それを見届けたボクに、桜さんは小さな声でこっそりと耳打ちしてくる。




「あ、あの···良くあんな口から出任せが言えましたね?」


「ふふっ、何事も臨機応変に対応しなくちゃ世の中は生き辛いものだよ?」


「凄いですね、恐れ入りました」


「さて、では部屋に入ろうか」




ボクの発言に感服したような表情を見せる桜さんを尻目に、ボクは部屋のドアを開けて中へと歩を進める。

彼女の部屋には、年頃の女の子の部屋そのものでファンシーに彩られていた。

並んで置かれた動物のぬいぐるみ、コスメやアクセサリーが並ぶ化粧台、少女漫画が陳列した本棚。

まさしく、今時の女の子の部屋だ。




「あの、それでここで何を···?」


「月ヶ瀬杏珠の弱味、あるいは弱点となるものを探すためさ」


「弱点···ですか?」


「そう。彼女は催眠や洗脳を使える、極めて厄介な相手だからね。真正面からぶつかっても、きっと勝ち目は薄い」


「なるほど、だから彼女の弱点を探してそれを武器に戦うということですね!」


「ふふっ、正解だよ。さあ、時間も無いことだし、そうと決まれば早速調べよう」


「分かりました!」




こうしてボクと桜さんは、月ヶ瀬杏珠の部屋を調査することにした。

さてはて、鬼が出るか蛇が出るか。





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