第77話  協力者の正体とその行方




ボクたちは、ある場所へ赴いていた。

黒幕の協力者を問い詰めるために。

おそらく中々口を割ることはないだろうけど、一応こちらにも打つ手はある。




「紡さん、ここってお兄ちゃんの学校ですよね?ここに、黒幕さんの協力者さんが居るんですか?」


「うん、そうだよ。状況証拠や証言から、彼女が協力者という可能性は高いからね」


「まさか···」




頭が良く鋭い黒羽さんには、その人物が誰なのかがなんとなく予想は付いているようだ。

その顔は当たってほしくないとばかりに、顔が青ざめている。

まあ、無理もない話だ。

ボクだって、あまり身内を疑いたくはない。

だが、この問題を放っておく訳にもいかない。

ここら辺で、ちゃんと白黒はっきり付けないと前には進めないのだから。


ボクたちは覚悟を決めて並んで歩き、ある一室の前で止まった。




「やはり···」




当たってほしくないと思っていた黒羽さんは、諦めにも似た声を出した。




「行くよ?」




ボクは二人に確認し、ドアをノックする。




「はい、どうぞ」




どうやら部屋の主は居るようだ。

さすがに不定期に留守にするわけにはいかないだろうから、居るのは当たり前か。




「失礼します」




ボクはドアを開け、中に入る。




「あなたは···確か、天野紡さんでしたね。あら?黒羽も?どうなされたんです?」




椅子に座り、こちらを不思議そうな顔で眺めるスーツ姿の女性。

ボクは転入手続きの際と、西川愛莉の件を含めてまだ二回ほどしか会ってはいないが、やはり彼女は疑いたくはない人物だった。




「···お母さん」




黒羽さんがポツリと漏らす。

そう、目の前に居るのは内空閑姉妹の里親で、ボクたちが通う高校の校長を勤める女性、内空閑薊その人だ。

この人が黒幕の協力者で、火村朱葉を襲った張本人である可能性は極めて高い。




「すみません、校長先生。あなたにお話があります」


「あら、私にですか?何でしょう?」




もう時間も余裕は無くなってきている。

この辺でハッキリさせないと、彼方を含むボクたちに未来は無い。

ボクは彼女のほうを見据え、単刀直入で切り込むことにした。




「あなたは、月ヶ瀬杏珠の協力者ですか?」




瞬間、場の空気が冷えたような感じがした。

ボクの両隣に居る二人は固唾を飲んで見守り、内空閑薊は目を閉じて黙っている。

驚くかと思ったが、意外に冷静のようだ。

何かを言うのを躊躇っているのか、しらばっくれるために言い訳を考えているのかは分からない。

だが、ここで引くわけには毛頭いかない。

ならば何度でも訊ねるだけだと口を開く前に、黒羽さんが一歩前に踏み出して言った。




「お母さん、答えて。お母さんは、私たちの敵なの?」




敵。自分の母親に対して言うべき言葉ではないが、黒羽さんも覚悟を決めている。

自分だって辛いのに、彼方のために全てを投げ捨てようとしている。

そんな黒羽さんの覚悟を悟ったのか、内空閑薊は小さく溜め息を吐いてこう返した。




「黒羽、私はあなたの敵ではありませんよ」




ボクたちは、揃って目を丸くする。

それはつまり、どういうことなのか?

それを訊ねる前に、内空閑薊は席を立ってボクたちのほうへゆっくりと歩き、黒羽さんを抱きしめて言った。




「本当にごめんなさい。あなたにそんな辛い覚悟を背負わせてしまってたなんて···私は、親失格ですね」


「お、母さん···?」




なにがなんだか良く分からないが、状況を整理するためにボクはひとまず聞くことにした。




「校長先生、お認めになるんですね?」


「···ええ、そうです。私が月ヶ瀬杏珠の協力者です。彼女を襲ったのも、私です」


「···案外、素直ですね?」


「確信や証拠があるからこそ、私に行き着いたのでしょう?ならば否定するだけ無駄ですから」




呆気なく罪を認めた。随分と潔い人だ。

こうも簡単に認められると、些か拍子抜けだ。

内空閑薊は黒羽さんを離すと、その場で土下座をしてきた。




「私は、いかなる処罰をも受ける覚悟です。ですからどうかお願いします、美白と黒羽を守ってください」


「···どういう意味ですか?」




ボクたちはとりあえず話を聞くため、校長室に備え付けのソファーに対面する形で座った。

彼女は項垂れたまま、静かにこう告げた。




「私は、月ヶ瀬杏珠に弱味を握られていたのです」


「弱味だって?それは、どんな···?」


「彼女は、私にこう言いました。『自分の言うことを実行しないと、宗教団体の信者たちに娘たちを襲わせる』と···」


「なんだって!?」


「ご存知ありませんでしたか?月ヶ瀬杏珠は、今でもその宗教団体と繋がりを持ち、多大な影響力と人脈を持っています。さらに、信者の中には警察官も含まれていますよ」




美白さんから聞いた情報には、そんな話は一切無かった。

彼女が宗教団体に加入していたことは知ってはいたが、まさか今でも繋がっていたとは。

それに警察官を相手にするのもまずい。

しかし、だとしたら疑問が残る。




「何故、月ヶ瀬杏珠はその信者たちを使わず、お母さんを使ったの?」




黒羽さんが私の疑問を代弁する形で訊いた。

そう、そこが疑問点だ。

わざわざ内空閑薊を使わずとも、信者たちを使えば良かったのではないか。




「いくら信者でも、学校に潜伏することは出来ません。それに学校の校長である私を使えば、色々とメリットはありますからね」




言われてみればそうか。

校長先生を使えば、学校に根回しが利くようになり、彼方を監視または行動を把握しやすくなる。

それに万が一学校で不祥事が起きても、彼女が上手く揉み消せば問題はない。




「話は、大体理解した。つまり、あなたは姉妹を守るために彼女に協力していたということですね?」


「仰る通りです。しかし私はいくらそのためとはいえ、大事な学校の生徒を生け贄のように扱った上、さらには一人の女性を傷付け、月ヶ瀬杏珠の要望に全て応えてきました。それについては釈明の余地はありません。私はあなたたちに被害が及ばぬよう、美白と黒羽の養子縁組を切り、潔く校長の職を辞退して警察に自首してきます。この度は、本当に迷惑をおかけしてすみませんでした」




深々と頭を下げる校長先生。

彼女の熱意と、子を大切にする気持ちは本物のようだ。

だが、彼女のやり方は正直まずかった。

他にやりようはいくらでもあったのだ。

今さらそれを責めたところで、この結末は覆ることはないが。




「自首して、警察にこれまでのことを全て暴露したいと思います。しかし、警察内部にも信者が居る以上、なかなか動かないと思いますが···」


「そこは心配しなくても良いです。警察に最初から頼るつもりはありません。私たちで、彼方を見付け出して救います。私も、月ヶ瀬杏珠に言いたいことがありますからね」


「そうですか···では、彼の居場所をお教えしますね」




そうだ、うだうだと警察には任せられない。

これまでのことを警察に任せて、はいおしまいとするにはあまりにも簡単過ぎる。

この長年に渡る彼方への悪意に、ボクたちの手で引導を渡さなくては気が済まない。

そう思っていると、内空閑薊は黒羽さんに向き直って再び頭を下げた。




「ごめんなさい、黒羽。あなたたちのためとはいえ、あなたの大事な人を危険な目に晒してしまった。許されることではないけれど、最後に母親として言わせてください。あなたたち姉妹を心から愛しています。本当にごめんなさい」


「·········」




黒羽さんは、一体何を考えているのだろう?

許す許さない以前の言葉を考えているのかもしれないと思い、事の成り行きをただ見守るしかボクたちには出来なかった。

そして黒羽さんはかける言葉を見付けたのか、じっと彼女を見つめて言った。




「許さない。私は、あなたを許さない」


「ッ···そう、ですよね···本当にごめ―――」


「そうやって謝って、私たちから逃げることは絶対に許さない」


「···えっ?」


「私たちの親を辞めることも許さない。あなたには、一生をかけて私たちを支える。それが、私があなたに命ずる罰」


「黒、羽···」


「ちゃんと火村朱葉に謝って、警察に自首して、罪を償って、私たちの元に帰ってくること。それ以外許さない」




逃げ道を作ることを許さない黒羽さんは、彼女にぴしゃりと言い放つ。

なんだかんだ言いつつ、黒羽さんもまた母親を愛しているんだ。

だからこそ、厳しくもあり優しい言葉が出せるのだ。

ボクが言うことじゃないが、黒羽さんも随分と甘い人だ。




「黒羽···黒羽!ごめんなさい、ごめんなさい!あぁ···っ、私、本当になんてことを···っ!本当にごめんなさい···っ!」




校長先生は黒羽さんに抱き締め、泣きながら謝罪を繰り返していた。

黒羽さんも彼女を抱き締め返し、涙を浮かべながら笑っている。

まったく、一時はどうなることかと思ったが、どうにか一件落着だ。




「親、かぁ···お兄ちゃんも、お母さんとこんなふうになれたら良かったのになぁ···」




ボクの隣で、桜さんは悲しげに呟いた。

彼女にもまた、思うところがあったのかもしれない。

ボクと桜さんは苦笑いをし、親子が抱き締め合う様を見ていた。





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