IFルート
IFルート 幸せな記念日~紡の場合
ボクの名前は、天野紡。
いや、今は天野という名字ではない。
ボクは今、別の性を名乗らせてもらっている。
そう、ボクはこの度結婚を果たした。
彼に告白され、交際し、高校卒業をきっかけにボクたちは籍を入れた。
もちろん式など挙げてはいない。
ボクらは高校生だ。バイトをしても、指輪や式を挙げるための資金は到底稼げない。
もちろん親に出してもらうのも一つの手だが、あまり親には借りを作りたくはなかった。
「なぁ、本当に良いのか?指輪も欲しいだろうし、式も挙げたいんじゃ···」
「以前にも言っただろう?そんな金があるなら、ボクらの生活資金に回したほうが得策さ」
「···すまない、俺が不甲斐ないばかりに···」
「式ならいつでも挙げられるし、今ボクはとても幸せだ。君は違うのかい?」
「いや、幸せだよ。紡、愛している」
「うん、ボクもだよ」
本当に無理などしていないし、これがボクの本音だ。
確かに結婚式は、女の子にとっては一生に一度夢見る晴れ舞台だ。
だけど正直、今すぐ挙げたい訳ではない。
言った通り、式ならいつでも挙げられる。
今は結婚したばかりだから、生活資金もままならないし、子供が出来た時用に貯めなければならない。
「ボクに気を遣う必要なんて無いよ」
「···分かった」
口ではそう言うものの、彼はなんだか納得していない顔を見せていた。
まったく、変なところで気を遣うのだから困ったものだ。
まあ、そういうところも可愛いのだけれど。
そうして二人で生活をし続け、二年が経った。
ボクも彼に負担をかけないよう、事務の仕事をしてお金を稼いでいた、そんなある日。
「ただいまー」
ボクはいつものように定時に仕事を終え、家へ帰ってきた。
しかし、部屋には彼の姿は無かった。
もしかしてまだ仕事中か、もしくは残業なのかもしれない。
「やれやれ、帰ってきたら根を詰めすぎないようにと説教しなくてはね」
そう思いつつ、彼が帰ってくる前に夕飯の支度に取りかかった。
今日は、結婚して2年の記念日だ。
腕によりをかけ、さらにお祝いのケーキも買ってこよう。
そんなことを楽しみにし、包丁を握ったのだが―――
「···遅い」
時刻は、既に22時を指していた。
彼の仕事は17時に終わり、残業があっても18時には終わるはずだった。
なのに、未だに帰ってこない。
心配になって電話をかけるも繋がらない。
「···まさか、何かあったんじゃ?」
久しぶりに嫌な予感が頭を過る。
彼の身になにかあったのでは?
まさか、事件や事故に巻き込まれた?
あの事件以来、彼に悪意を向けられることは無くなったと思っていた。
それは、杞憂だったのか?
悪い考えばかり頭に浮かび、居ても立ってもいられなくなったボクは探しに行こうと玄関に向かう。
すると、突然玄関の扉が開いた。
「ただいま」
現れたのは、彼だった。
その姿を見た瞬間、ボクは勢いに任せて彼の頬をビンタしてしまった。
「痛っ···!?」
「っ···今まで、何してたのさ···?ボク、凄い心配してたんだよ···?なのに、連絡しても···繋がらないし···っ」
安堵からか怒りからかは分からないが、ボクの瞳からは涙が止めどなく流れ出した。
言いたいことは山程あるのに、涙ばかりで何も言えなかった。
そんなボクを見て、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまない···そんなに心配させてたとは思わなかった···」
「バカ!心配するに決まってるだろう!?妻が夫を心配しないわけないじゃないか···!」
「···本当にすまない」
再び頭を下げる彼を見て、つい熱くなってしまったボクも冷静さを取り戻した。
「···ボクのほうこそ、ごめん。殴ったりして···痛かったよね?」
「あ、いや···」
「でも、ボクは許さないよ?何をしてたのか、ちゃんと言ってくれないと···」
そう、遅くなった理由を話してくれないとボクも怒りを静められない。
定時を過ぎても帰らず、遅くなるという連絡すら貰えなかったのだ。
ボクにとっては、怒るに値する出来事だ。
それを理解したのか、申し訳なさそうな顔をしたまま口を開いた。
「ああ、話すよ。話す前に、これを受け取って欲しいんだ···」
そう言って鞄の中から取り出したのは、小さな箱だった。
その箱を見た瞬間、ボクはすぐに理解した。
「ま、まさか···これって···」
「ああ、紡が考えてる通りだよ」
彼はそう言うと、箱を開けた。
その中に入っていたのは、質素ではあるが指輪に他ならなかった。
「随分待たせたけど、結婚指輪だよ。まあ、俺の給料じゃ豪華なやつは買えなかったけどな。こんな安っぽいものしか買えなかった」
申し訳なさそうにそう言い、箱の中から指輪を取り出してボクの左手を取り、薬指にその指輪をはめてくれた。
その指輪は、どんな指輪よりも綺麗だった。
「も、もしかして···今日遅れたのは···」
「ああ、指輪を買いに行ってたんだ。この近所に宝石店や指輪を売るところがなかったからな。隣町まで行って、安い店を探してたら遅くなってしまった。本当にすまない」
再度頭を下げる旦那を見て、ボクの怒りなんてとっくに消え去っていた。
そうか、そのために4時間も遅れたのか。
一生懸命店を探して、ボクに似合いそうな指輪を精一杯吟味して。
連絡しなかったのも、悩みすぎていてそれすら思い付かなかったのだろう。
そんな姿を想像し、ボクは逆に愛しくて堪らなくなって彼に抱き付いていた。
「ボクのほうこそ、ごめんなさい···!殴ったり怒ったりして···!本当にごめんなさい!」
今度は嬉しさのあまり、涙が出てしまった。
そんなボクを、彼は優しく抱き返してくる。
「いいんだ、俺が悪かったから。心配かけて、本当にすまない。ただ、その指輪を受け取ってくれたら嬉しいな」
「当たり前だろう?嬉しいに決まってるじゃないか···バカ」
せめてものお礼に、ボクは彼にキスをした。
彼への感謝と、愛情を精一杯込めて。
唇を離すと、彼は優しい笑顔で言った。
「これからもよろしくな、紡」
「こちらこそよろしくね、彼方」
ボクの旦那、花咲彼方は自慢の夫だ。
ボクのことを一番に大切にし、優しい笑顔でいつも微笑んでくれる。
それだけで、ボクは幸せだ。
「今日は記念日だし、ケーキを買ってきたぞ」
そう言って、彼方は鞄からケーキの箱を取り出す。
それを見て、ボクは笑ってしまった。
「ははっ、君もか。ボクもケーキを買ってきたんだ」
「マジか···考えてること一緒だったか」
「夫婦だもん、当然だよ」
二人で笑い合う。
あぁ、こんなことで幸せを感じるなんて思いも寄らなかった。
だけども今、ボクはこんなにも満たされている。
「料理も作ったんだ。もう冷めてるけどね」
「構わないさ。紡が作る料理は冷めても美味いからな」
「ふふっ、調子に乗っちゃって···」
そんな会話をしつつ、ボクは彼方の腕を組んでリビングに向かって歩き出す。
「愛してるよ、紡」
「ボクも愛してる、彼方」
そう、ボクらの恋愛はまだ始まったばかりだ。
これから始めるんだ、ちゃんとした夫婦生活を。
そしてボク、花咲紡としての人生を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます