第57話  疑念と不安と確信と




「とりあえず彼女たちは、見た目が酷い割には命に別状は無いようです」




桐島さんたちが病院に運ばれ、付き添いで同行した校長先生から連絡を受けた美白さんがそう漏らす。




「そうか、それは良かった」




未だ目を覚まさない唐木沢ももの傍で、ボクはその報告を受けて一安心した。

本当にあの惨状はショッキングなもので、思い出すだけで吐き気がする。

怒濤の勢いで、次々に悪いことばかりが起きる。




「しかし、考えても分からないね。犯人は誰で、何のためにあんなことをしたのか···」


「そうですね。一番可能性が高いのは、そこに眠る唐木沢ももさんですが···」




確かに、この子が犯行に及んだ可能性は高い。

だが、果たしてそうなのだろうか?とボクの頭がその考えを遮る。

彼女が犯人ならばその行動に一貫性が無い上に、あまりにも突発的過ぎる。

だが、彼女たちを傷付けた理由は二つの理由が主に考えられる。


まず一つ目は、『復讐』。

彼女たちは、月ヶ瀬杏珠を除いて全員が彼方を傷付けてきた人物たちだ。

よって、彼方のために復讐を代行したと考えられる。

だが、月ヶ瀬杏珠が狙われたのは何故か?

もしかして彼女も昔、なんらかの原因で知らぬうちに彼方を傷付けてしまったのか?

だが、唐木沢ももがそれを知りうることが出来るのだろうか?


二つ目の理由として挙げられるのは、彼方と接したことのある彼女たちを傷付けることで、彼方に精神的ダメージを負わせること。

これに関しては、彼女たちを信じていない彼方にとって些細なダメージにしか成り得ないが、『自分のせいで他人が傷付いた』という責任感を彼方に負わせれば彼も自分を責めて少なからず傷付くだろう。

まあ、唐木沢ももから事情を聞かない限りは、これはあくまでも推測の域を出ないが。




「とりあえず、私は校長先生から事の詳細と彼女たちが目覚めた時に話を聞くため、一度病院に行ってきますが···天野さん、あなたはここに残って唐木沢ももさんから事情を聞いてくれますか?」


「ああ、分かったよ。まあ、起きてまだ錯乱していたら話を聞くことは出来ないかもしれないけどね」




苦笑気味にそう返すと、美白さんも困ったように苦笑いをする。




「それでは、私はここで失礼致しますね。何か分かれば、ご連絡を差し上げます」


「ああ、こちらもだ」




再び情報の共有を誓い、美白さんはお辞儀をして保健室を後にした。

さて、これでボクは唐木沢ももと二人きりになったわけだが···。

ちなみに、保険医は今も事後処理に追われている。


さて、彼女が起きるまで暇なので、とりあえず彼女に質問をするために色々整理しよう。

まず、彼女は何故彼方のことを知っているのか。また、何故あんなに狂った愛を向けるのか。何処で彼女は彼方と知り合ったのか、それを聞く必要はある。


そして、彼女たちを傷付けた理由とその方法について幾つか訊ねたいことがある。

彼女が犯人と決め付けるには早計だが、現状では彼女が一番可能性が高い。

犯人でなくとも、何かしらの情報を握っているかもしれないので、詰問する必要はある。

とはいえ、彼女が起きるまで待つしかないわけだが。




「ん···ぁ····こ、ここ···は···?」




そう思ってると、丁度良いタイミングで彼女が目を覚ました。




「ひっ···嫌ぁ!!こ、来ないでぇ!来ないで!私を一人にしてよぉ···っ!」




途端、彼女は怯えたようにガタガタと震えながら布団にくるまってしまった。

あまりの突飛もない行動に、ボクは思わず目を疑った。

さっきまでの狂ったような人とはまるで別人のようで、今は何かに怯えるように錯乱している。

本当に、彼女は悪意に満ちた狂人なのだろうか?




「落ち着いて、唐木沢ももさん!ボクは、君を傷付けたりしない!少し話を伺いたいだけなんだ!だから、どうか怯えないでくれ!」




とりあえず話を聞くために、今は彼女を落ち着かせることが先決だ。

ボクが敵意を持ってないことを必死にアピールすると、唐木沢ももは布団からゆっくり頭だけを出してきた。

その目は先程の狂って濁った瞳ではなく、今はちゃんと焦点が合っている。

だが、やはり何かに怯えるような目だ。

この目を見て、ボクは確信した。

彼女は、悪意を持った人間ではないことを。




「あ、あぁ···あなた、は····誰···ですか···?」




声も弱々しく、ガラリと印象も変わる。

まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。

まあ、ボクは蛇ではないけども。




「ボクは天野紡、一年生さ。唐木沢さん、君に幾つか訊ねたいことがあるんだけど、話を聞かせてくれるかな?」


「は、はい···」





良かった、先程よりは多少なりとも話が通じそうだ。だが、いつあんな狂気を出すか分からないので慎重にいかなくては。




「唐木沢ももさん、君は自分が今までしてきたことを覚えているかい?」


「私が···してきたこと···?」




まだ混乱しているのかもしれない。

ボクは、一つ一つ丁寧に今まで彼女がしてきたことを全て打ち明けた。

すると、彼女はまるで信じられないとばかりに目が大きく見開かれ、その目から涙を流して再び震え始めた。




「わ、私···そ、そんなことを···?嘘···嘘···!そ、そんな···わ、私···嘘だ···!」


「唐木沢さん···?」




まだ混乱しているのかと思ったが、どうやら様子がおかしい。

まるで、本当に自分が仕出かしたことを覚えていないようだ。

まさか、ボクたちは最初から根本的な何かを間違えたのかもしれない。




「唐木沢さん、落ち着いて。深呼吸をするんだ」


「っ···は、ぁ···う、あ···っ」




ボクは唐木沢さんの肩を掴み、まずは落ち着かせるために言い聞かせる。

そのおかげか、唐木沢さんは先程よりもだいぶ大人しくなっていた。

多分、これが彼女の素なんだろう。

ボクが見た感じ、あの狂人振りは作られたかのような気がする。

その矛盾さを解明するために、ボクは彼女に一つだけ質問をすることにした。




「唐木沢さん···君は、最後に何を覚えてる?」


「私···が、覚えてること···?確か···最後に見たのは···『炎』···」


「炎···?」


「私を···飲み込もうとする···赤い、炎が···私を···私を···っ」


「唐木沢さん···?」


「わ、私を···ワタシ···ワタシは···だぁれぇ?あはっ···はははっ···ワタシぃ···ワタシはぁ···あっははははっ···!」




まるで壊れた人形のように、焦点が合わない瞳をしてぶつぶつと呟き始めた。

まずい、また錯乱状態になってきている。

再びあの狂人振りが発揮されては堪らないと思ったボクは、美白さんから返してもらったスタンガンを彼女に当てた。




「ッ―――!!」




日に二度も押し付けてしまい申し訳ないと思うが、このまま彼女が壊れるのを黙って見ているわけにはいかない。

気絶した彼女を再びベッドに寝かせたボクは、スマートフォンを取り出して電話をかける。

この時間ならまだ仕事中だろうが、ボクからの電話なら出てくれるはずだ。

数回コールした後、電話口に出たのは若い男性の声だった。




『もしもし?やあ、久しぶりだね。元気にしていたかな、紡?』


「久しぶりだね、兄さん。仕事中なのに、急に電話をかけてごめん。でも、兄さんに訊きたいことがあるんだ。いいかな?」


『紡が私に?珍しいね、何かな?』




そう、ボクが電話したのは疎遠になっている実の兄だった。

彼女のこの姿は尋常じゃない。

だが、ボクの推測通りならば彼女のこの不気味な行動と心理に説明が付く。

心療内科を担当している彼なら、ボクの推測が正しいのか証明してくれるはず。

だけど、ボクのこの推理が当たってほしくはないと心のどこかで思ってしまっている。

だって、この推測が正しければ―――。

一通りの事の顛末と自分の推測を話すと、兄さんは『ふむ···』と何か考え込むように間を開け、そしてボクに衝撃的な一言を言った。




『うん、多分その可能性は高いね』




確信した。

やはり、まだ悪意は終わっていなかったのだ。

そして、戦慄する。

悪意はまだ加速するのだと。





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