第58話  予想し得ない疑惑の事実




私、内空閑美白は市内の病院へ足を運んだ。

理由は一つ、事情を詳細に聞くためだ。

ロビーに着くと、私の親で校長でもある内空閑薊が落ち着かない様子でソファーに座っていた。




「あらあら、校長―――いえ、今はお母さんと呼びましょう。彼女たちの容態はどうですか?」


「美白ですか···先程も電話した通り、特に命に別状は無いようです。ただ、やはり怪我が酷いので長期入院になるそうですが···」




お母さんが医者から聞いた話だと、彼女たちは刃物や鈍器のようなものでめった打ちにされたらしいが、身体の内部までは影響は無いとのことだった。

問題は出血のほうで、輸血が必要な状態だったらしい。




「あらあら、不幸中の幸い···と言うべきでしょうか。それで、彼女たちはまだ目を覚まさないのですか?」


「いえ、それが先程意識を取り戻した生徒が居るようです」




それは本当に僥倖だ。

ここまで足を運んだ甲斐があった。

私がここに来た理由は見舞いだけじゃなく、彼女たちに何があったのかを問うためだ。

目を覚ました子が居るなら、話を聞けるかもしれない。




「お母さん、その子に話を聞きたいのですが···大丈夫でしょうか?」


「ええ、平気そうですよ。普通なら襲われた恐怖でパニックになるのが普通らしいけど、その子は大丈夫みたいです。大した肝っ玉ですね」




お母さんが苦笑気味に呟く。

大した肝っ玉。果たしてそうなのだろうか?

だが、これは逆にチャンスだ。

もしかしたら、犯人を見ているかもしれない。




「では、お話を―――あらあら、すみません。どうやら電話が来たようなので、失礼します」




病室に行こうとした時、私のポケットに入っているスマートフォンのバイブ機能が鳴っているのに気付き、お母さんに断りを入れてからそれを取り出す。

画面を見ると、どうやら相手は天野さんのようだ。

何か判明したのだろうと期待に胸を膨らませ、通話のアイコンをタップして電話に出る。




「はい、美白です。天野さん、どうしました?何か分かったことがあったのですか?」


『···ああ、確証は無いけど確信は得られた』




何やら声が低い。私たちにとって、あまり良い情報で無いのかもしれない。

だが、訊かずにはいられない。




「やはり、犯人は唐木沢さんですか?」


『···一連の行動に関して言えば、そうだと思うよ』




なんだかはぐらかすような言い方だ。

これまでのことは彼女の仕業だと、唐木沢さん自身が吐いたのだろうか?

では、はぐらかすのは一体何故だろうか。




「···何かあったのですか?」


『彼女は、自分が起こした行動を一切覚えていないようなんだ』


「あらあら···それは、混乱していて忘れているだけでは?」


『ボクもそう思ったんだが、どうもそうではないらしい。これから語るボクの話は、荒唐無稽で信じられないかもしれないが、落ち着いて最後まで聞いてほしい』


「分かりました、お聞きします」




元より茶化すつもりも無い。

情報は反撃の武器になる。故に、どんな些細なことでも突拍子も無い話でも、頭の内に入れる必要はある。

私がそう返事をすると、天野さんは少し溜め息を吐いた後、耳を疑うようなことを口にした。




『唐木沢もも。おそらく彼女は、人格が統一していない』


「···あらあら、どういう意味でしょう?」


『そのままの意味さ。彼女には、もう一つの人格が植え付けられている可能性がある』




天野さんから聞いた情報は、私たちの推測を根底から覆すようなものだった。

唐木沢ももには、二つの人格がある。

一つは、私たちが知る誰からも愛される大人しく礼儀正しい性格。

もう一つは、私と天野さんが見た狂愛に満ちた狂気な性格。

天野さんによれば、植え付けられているのは後者の可能性が非常に高いとのこと。

つまり、要約すれば




「催眠ですか···にわかには信じられない話ですが···」


『ボクも半信半疑さ。だが、ボクの兄が心療内科の医者でね。彼に確認を取ってもらったところ、彼女の症状は『解離性同一性障害』···いわゆる、二重人格のようだ。しかも、それは催眠によって作られた可能性がある』




催眠による『解離性同一性障害』。

まるで愚昧で馬鹿馬鹿しい話だが、確かにそれなら彼女が急に変わったことにも説明が付く。

そこで、私はハッと気が付いた。




「待ってください。となると、彼女の派手な見た目は彼女自身が選んだのではなく···」


『ああ。その催眠をかけた人物によって犯人と同じ容姿に変えられたのかもしれない。まさにカモフラージュされたドッペルゲンガーだね』




やはり、あれは自分が好んで容姿を変えたのではなく、催眠によって変えられた。

つまり、黒幕が居る。

その黒幕が催眠をかけた人物と同一人物かは分からないが、唐木沢さんはその黒幕とそっくり の容姿にさせられていたということになる。




「まさか、そんなことが···」


『ボクらは、黒幕の掌の上で踊らされていただけに過ぎない』


「なるほど···話は分かりました。なら、花咲彼方君に悪意を向ける人物は他に居る、ということになりますね」


『そういうことだ。ボクはこれからその兄を学校に呼び出し、催眠を解いてもらえるようにして話を聞くつもりだ』


「あらあら、それが宜しいかと」


『だから美白さん、あなたも充分に気を付けて。まだ、悪意は終わっていないんだから』




そう言い残し、天野さんは通話を切った。

黒幕が居る。その人が花咲彼方君に悪意を向け、関係のない唐木沢さんを巻き込んだ。

話を聞くだけでも、相当に狂った人物のようだ。私も、本当に注意して警戒しないと。




「美白?話は終わりましたか?」




通話を終えるのを待っていたお母さんが訊ね、私は「ええ」と首を縦に振る。




「お待たせ致しました。それでは、その子が居る病室へ行きましょう。あぁ、そういえばその子の名前はなんと?」


「確か、二年の月ヶ瀬杏珠と名乗る方です」















「失礼致します、月ヶ瀬さん」




病室に入ると、外に出る警察の方とすれ違った。

どうやら先に事情聴取を受けていたらしく、それがたった今終わったようだ。

だが、彼らの表情からあまり成果は芳しくなかったようで重そうな足取りで去って行った。




「あはっ、会長さん?いやぁ、ごめんね?こんなみっともない姿を見せちゃってさ」




明るく笑う彼女だが、身体中に包帯が巻かれているその姿は見ていてとても痛々しい。

だから私は、そんな彼女の態度に逆に違和感を覚えた。

あまりにも普通過ぎる。

被害者であるはずの彼女が、こんなにも堂々としている姿に目を疑う。


そして、脳裏に一つの可能性が頭に浮かんだ。

気を隠すなら森の中、人を隠すのなら人混みの中と良く言う。

まさか、彼女が黒幕?自分に疑惑の目がいかないために、わざと襲われた?

いや、むしろ彼女が犯人で彼女たちを襲い、自らも傷付けることによってあたかも被害者ぶっているのでは?

全ては自作自演ではないのか?

そんな確信にも似た思考を張り巡らしていると、月ヶ瀬さんは私に目を向けて言った。




「もしかして、あーしのお見舞いに来てくれたん?それとも、事情を訊きに来たんかな?」


「っ···あらあら、両方ですよ」




いけない、思考に気を取られてしまった。

一旦はその考えを止め、まずは彼女に話を聞かないと確信に至ることも出来ない。

彼女たちは、重要な参考人なのだから。




「別にいーですよ。って言っても、刑事さんにも話したことなんですけどねー」




彼女は思い出すように事の経緯を語った。

何者かの手紙によって呼び出され、体育館に向かうと不意に背後から襲われて意識を失ったのだという。

妙にリアリティーがある話だが、不信感は拭えない。

やはり桐島さんたちの話も聞かないと、この子の話が果たして本当なのかすら怪しい。




「ちなみに、その手紙は今何処に?」


「ケーサツに回収されたみたいですよ」




犯人に繋がるかもしれない証拠を持っていかれたか。まあ、それは仕方ない。

だが、この子は怪しいと私の第六感が囁いている。

こうなれば話をして矛盾点を見付けようと口を開こうとしたところ、「あの···」と背後から声をかけられた。

振り向くと、若いナースが立っていた。




「お話し中、すみません。内空閑美白さんという方にお電話が来ていますが···」


「あらあら、私に···?」




病院内のため、天野さんと通話した後はスマートフォンの電源は切っている。

わざわざ病院に電話するということは、誰かが重大な話をするために急ぎ電話したということだろうか?該当者は、天野さんしか居なさそうだが。

とりあえず私はこの場を一緒に来ていたお母さんに任せ、電話が来ているというナースセンターへ向かう。

そして受話器を取り、私は口を開く。




「お電話代わりました、内空閑美白ですが···」




電話口はしばらく静かだったが、不意に相手の声が耳に届いた。




『やあ、初めまして。体育館のプレゼント、お気に召したかなぁー?』







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