第73話 真実は時として残酷なもの
病室に戻ったボクたちは素知らぬ顔で作戦会議に参加し、滞りなく終わらせた。
桐島彩花、岸萌未、月ヶ瀬杏珠はそれぞれ自分の病室に戻り、ここには美白さんとボクだけが残っていた。
黒羽さんと桜さんには、それぞれやってほしいことがあったので会議が終わった直後に動いてもらっている。
「―――以上が会議の意見でした」
ボクは美白さんから、会議で出された意見を拝聴していた。
なるほど、確かに悪くないものばかりだが、どれも決め手に欠ける。
それに、怪しいと踏んでいる月ヶ瀬杏珠の意見など信用に値しない。
「そちらは、何か進展はありますか?」
「とりあえず黒羽さんと桜さんには動いてもらっているよ。黒幕を暴くためにね」
「あらあら、そうですか。私もここから動ければ手助けしたいのですが···すみません」
一応精密検査では特に異常はないようだが、念のために一日だけ入院という形になっている。これは校長先生の意思でもあった。
本当は美白さんの手も借りたいところだが、こればかりは致し方ない。
「仕方ないよ。その代わり、美白さんに少しお願いがあるんだ」
「あらあら、今の私にも出来ることが?」
「うん、とても重要な話だよ。美白さんには、月ヶ瀬杏珠を監視してもらいたい」
「月ヶ瀬杏珠···なるほど、そういうことですか。分かりました」
ボクの意図が読めたのか、美白さんは納得したように呟いて頷いた。
さすがは美白さん、話が分かる人だ。
「あなたも、彼女が怪しいと踏んでいたのですね?」
「『も』ということは、美白さんも?」
「ええ、彼女と初めて会った時から何か嫌な予感はしていました。だから、こちらのほうで情報を探っていたのですが···」
どうやら、美白さんは月ヶ瀬杏珠と以前にも顔を合わせたことがあったようだ。
まあ、生徒会長だし不思議ではないけれど。
「その言い方だと、何かあったのかい?」
「はい、あまり良い話ではありませんが···」
「詳しく聞かせてくれ」
美白さんは頷くと、淡々と話してくれた。
彼女が調べた様子だと、月ヶ瀬杏珠の両親は元々、宗教団体に所属している信者だったそうで、彼女も幼い頃から両親の薦めで加入をしていたようだ。
だが、両親の意見の対立から離婚。
月ヶ瀬杏珠は母親のほうへ引き取られ、この町を引っ越して行ったそうだ。
「なるほど、その時に彼方と知り合っていたのか···」
両親が離婚問題に直結して心の拠り所が彼方しか居なくなったとすれば、黒幕の異常までの愛と執着にも多少は納得が出来る。
「話は、まだ終わりではありません」
続けて話したのが、月ヶ瀬杏珠のその後。
彼女は母親の実家の元で暮らしていたらしいが、その母方の祖母が昔気質の人で彼女に酷く厳しく躾を行ったそうだ。
そう、暴力を交えた育児を。
虐待だと通報されて祖母は逮捕されたが、母親のほうは仕事の過労で倒れてしまい、さらに当時交際していた男性に捨てられたために精神を病んでしまったらしい。
今も、どこかの病院に入院中なんだとか。
そして、彼女もまた壮絶な人生を送る。
なんでも月ヶ瀬杏珠の祖母が逮捕されたということで、彼女は被害者にも関わらず近所から総スカンを食らっていたようだった。
おそらく、理由は宗教団体絡みだろう。
あまり良い噂は聞かなかったようだ。
そしてうちの学校に転入する以前の学校では、そのことが起因して彼女は想像を絶するイジメに遭っていたようだ。
私物を隠されるのは当たり前で、酷い時にはトイレの便器に顔を突っ込ませられるなどと胸糞の悪いものばかりだったらしい。
「ちっ、反吐が出るね」
「あらあら、ごもっともです。その後、彼女は元父親に連絡をして事態を収拾、そして父親に引き取られてうちの高校に転入したとのことです」
「なるほど。それでも懸命に負けじと生きてきたのは、彼方の存在があったからか」
そんな酷い目に遭わされた彼女にとっては、本当に彼方が生きる目標だったのだろう。
その過程で心が病み狂気になってしまったとしたら、なんだかやるせなくなってくる。
だが、彼女が本当に黒幕だったとしたらボクは許すことはできない。
どんな理由があるにしろ、人を傷付けて良い理由にはらないのだから。
「あぁ、それと大変な事実が後二つほど判明致しました」
「大変な事実?」
「ええ。まず一つですが、月ヶ瀬杏珠の父親。昔の職業はヒプノセラピスト。つまりは、催眠療法士だったそうです」
「なんだって···!?」
その事実に、思わず目を見開いてしまう。
月ヶ瀬杏珠の父親が、元催眠療法士。
であるならば、月ヶ瀬杏珠が催眠や洗脳について昔から知っていたことになる。
月ヶ瀬杏珠が父親から学んだか、あるいは父親の本を読んで勉強したのか。
それは定かではないが、彼女が黒幕の可能性がまたより濃厚になってくる。
だが、やはりこれはある意味チャンスだ。
そうなってくると、黒羽さんや桜さんに任せた仕事が大きな意味を為すに違いない。
「なるほど、ね。黒幕が彼女と断定するには弱いが、これは貴重な話だ」
「はい、そうですね。そして、もう一つの事実がありますよ」
「それは···?」
「月ヶ瀬杏珠。月ヶ瀬というのは母方の性なのですが、父親の性は『花咲』でした」
「···は?」
美白さんの言葉に唖然とする。
待て、落ち着け、冷静になるんだ。
月ヶ瀬杏珠の父親の性が『花咲』だと?
ということは、月ヶ瀬杏珠の本当の名前は『花咲杏珠』。
「月ヶ瀬杏珠の父親は、花咲彼方の母親と兄妹ということが分かりました。つまりですね、彼女は花咲彼方君の従姉だったということですよ」
「なっ···!?」
「とは言っても、花咲彼方君や桜ちゃんは、それを知らなかったようですが」
当然だ。
そんな事実があったら、彼方はボクに話していたはず。
彼方が月ヶ瀬杏珠の従弟だと?
あまりの新事実に、理解が追い付かなくて足元がふらつく。
「それは···本当なのかい?」
「確認しましたので、間違いはありません」
「それを知っている人は?」
「月ヶ瀬杏珠とその父親、花咲彼方君のご両親のみでしょう。彼らの両親···つまり祖父母に当たる人たちが、月ヶ瀬杏珠の両親が宗教団体に加入した時に勘当して、彼女たち家族を一族から追放したと聞きました」
なんということだ。
彼方と彼女にこんな関係性があったなんて。
世間は狭いと言うが、これはそんなレベルではない。
月ヶ瀬杏珠はそれを知ったからこそ、黒幕としてあんなに執着心を見せていたのだろうか。
点と点が繋がっていき、線となって全容が明らかになっていくがあまり嬉しくはない。
「分かった。話してくれてありがとう」
「あらあら、こちらこそ申し訳ありません。私としては、話すべきかどうか迷いました。プライバシーな問題もありますが、この話はそれ以上なので」
確かに、軽々と口に出来る話ではない。
だが、必要だと思ったからこそ信頼のおけるボクに話してくれたのだろう。
そう思うと、感謝しかない。
「なら、その事実を踏まえて調査しないと」
「あらあら、他に私に出来ることがあれば何でも仰ってください。月ヶ瀬杏珠の監視は、私にお任せくださいね。次はこんな醜態は晒しませんので」
「ああ、分かった。ボクは他にやるべきことがあるので、これで失礼するよ。お大事に」
ボクはそれだけ言うと、病室を後にした。
思わぬ手がかりと情報を手にしたため、これは上手く活用しなくてはならない。
さて、それじゃあボクはボクに出来ることをしますか。
そちらは任せたよ、黒羽さん、桜さん。
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