第74話  各自に指定された作戦の開始




私、内空閑黒羽は天野紡から提案された作戦を実行するためにひとまず学校に来ていた。

母親にはそれとなく事情を説明したが、彼女は心あらずといったような顔をしている。

まあ、無理もない。

我が子が病院送りにされたとあっては、落ち着かないのも無理はない話だ。

だから美白を一日だけ入院させたのだろうが、親バカにも程がある。

そこが彼女の良いところでもあるのだが。




「さて、と···」




校長室から出た私は、愛室へ行くために生徒会室へ足を運ぶ。

当たり前だが、そこには誰も居ない。

ついこの間まで、四人でわいわいやっていたのにと思うと寂しく感じてしまう。

だが、その当たり前だった日常を取り戻すためにも、まずはやるべきことをやらなくては。


私は部屋に入ると、ポケットからスマートフォンを取り出して机に置いた。

これは私のではない。

あの時、廃工場から拾ってきた彼方のものだ。

当然壊れていて使い物にはならないが、これはとても重要な手がかりになる。


というのも、病院で天野紡がおもむろにこう言ったからだ。




「そういえば、黒羽さん。機械に強いんだったよね?あの部屋にあった機器も、全て自作なんだろう?」


「何?藪から棒に···」


「いや、一つ提案なんだが···黒羽さん、彼方のスマートフォンをもっていると言ったね?それ、解析出来ないかな?」


「解析···?」


「そう。君も思っているだろうけど、それは大きな手がかりだ。ボクが思うに、基調な彼方はスマートフォンに何らかの手がかりを残してると思うんだ。彼方に通じるものかもしれない」


「それは、確かに···」


「機械に強い君なら、解析なんて出来るんじゃないか?」


「当然。私に任せて。お茶の子さいさい」




以上、回想終了。

天野紡の言う通り、彼方ならこのスマートフォンに手がかりを残していても何ら不思議ではない。

もしかしたら、黒幕に通じるものもあるのかもしれない。

あまりにも希望的観測に過ぎないが、試してみる価値は充分にある。

黒幕に思い知らせてやらねばなるまい。

私から彼方を奪ったことが、どんなに愚かで許しがたいことかを。




「さて、やるか···」




私はパソコンを起動した上で、部屋に備え付けの工具箱からドライバーを取り出した。

まずはスマートフォンを分解して、中の記憶媒体となる部品とメモリーチップ、カードを取り出す。

これには数分もかからずに作業は終了した。


次にそのメモリーチップとカードをパソコンの機器に取り付けて中身をパソコンのほうへインストールする。

つまりは、データを移動しているわけだ。

バックアップがなくとも、いくら壊れていようが、私には関係ない。

データを抽出し、私はパソコンを操作する。 




「ふむ、これは···」




通話記録を見るに、どうやら警察と救急車を手配したのは、紛れもない彼方らしい。

多分、美白を発見した際に呼んだのだろう。

それを事前に理解していた黒幕が、宮風朱葉を使うことでダミーに下手上げて時間稼ぎをしたということか。

黒幕は彼方の行動を完璧に熟知している。

やはり侮れない。




「次に、彼方が何か手がかりを残していないか調べないと···」




キーボードを叩き、マウスを動かして彼方が何か手がかりを残していないか調べる。

すると、不自然に消去されたデータがあることが判明した。




「む、これは怪しい···」




そのデータは削除されてはいるが、そんなことは一切関係ない。

この私を甘く見てもらっては困るのだ。




「この程度、復旧は容易い」




データの復旧作業など、私にとっては造作も無いことだ。

黒幕に知らしめてやらねばならない、この私を敵に回すとどうなるかということを。




「ふふっ、ふふふっ···見ているが良い···」




私はパソコンを操作しつつ、ニヤリと卑しく嗤っつ画面を見続けていた。
















「···はい、分かりました。じゃあ、私はこっちで調べてみますね」


『うん、よろしく頼むよ。それじゃあね』




私、花咲桜は紡さんから連絡を受け、自宅へと向かっていた。

話を聞いて驚いた。

まさか黒幕かもしれない月ヶ瀬杏珠さんが、お兄ちゃんと従姉弟だったなんて。

私にとっても、彼女は従姉だ。

だから本来は嬉しいはずなのだけど、彼女がお兄ちゃんを連れ去った人かもしれないと思うと、複雑な気持ちだ。

それでも紡さんは、その情報を使って私にあるお願いをしてきた。

だから私も、ちゃんと覚悟を決めて応えなければならない。

彼女が従姉だろうと、私にとってはどうでもいいことなのだ。

私は、私のお兄ちゃんを取り戻さないと。




「ただいまー!お母さん、居る?」




自宅に到着した私は、リビングへ向かった。

そこには、ソファーに項垂れるようにして座る、少しやつれた顔のお母さんの姿。




「···あら。おかえりなさい、桜」




あの日、お兄ちゃんから絶縁宣言された両親は、それ以来まるで魂が抜けたかのようになっていた。

いつものような気迫が無く、機械的に生きているかのようだ。

それも無理の無い話だ。

案の定ご近所に噂が広まったせいで周囲から批判され、白い目で見られているのが現状だ。

まあ、私も含めてそれは自業自得なんだから、言い訳も何もないけど。

私は甘んじてこの結果を受け入れて、頑張って先に進まなければならない。

全てはお兄ちゃんを取り戻し、お兄ちゃんにまた妹として認められるために!




「あのさ、お母さん。聞きたいことがあるんだけど、いい?」


「···何かしら?」


「『花咲杏珠』って人、知ってる?」


「ッ―――!?」




私の質問に、お母さんが狼狽えた。

目が動揺して、口をパクパクさせている。

それだけで、この質問に答えていると態度で示しているようなものだ。

それなら、逆にありがたい。




「知ってるんだね?」


「ど、どこで···その名前を···?も、もしかして···彼女と会ったの?」


「うん、会ったよ」




正確には、月ヶ瀬杏珠としてだけど。

ただ、お母さんには月ヶ瀬杏珠と出会った経緯や事情をあまり話したくはない。

お兄ちゃんが行方不明だと知られたら、今度はお母さんが壊れてしまうような気がしたから。




「そう···彼女、元気にしてた?」


「うん、ギャルになってたよ」


「そう、あの子が···」




なんだか遠い目をするお母さんだが、彼女にも月ヶ瀬杏珠に対して特別な思いやりがあったのだろうか?

それを聞こうとするも、先にお母さんが口を開いた。




「あの子はね、恋なんてろくにしなかった兄がやっと結婚して作った子供なのよ。だから、私にとってももう一人の娘みたいな存在なの。昔から臆病で、でも優しくてね。彼方やあなたを紹介してあげたかったわ···」




感慨深く言うお母さんだが、実のところお兄ちゃんも彼女を知っているどころか許嫁の関係である。

そのことを、どうやらお母さんは知らないようだ。




「それで?聞きたいことはそれだけ?」


「ううん。実はね、お母さんにお願いがあるの」


「私に、お願い···?珍しいわね、何かしら?もしかして、その子に関することでも教えてほしいの?でも、私が知ってることなんてそんなに多くはないわよ?」


「それは、どうかな···?」




多分、お母さんなら知っているはずだ。

なにしろ、月ヶ瀬杏珠の父親とお母さんは兄妹なのだから。

一族から追放されたとしても、兄妹としての縁が切れたわけではない。

だから、今でも連絡を取り合っている可能性は充分にある。

いや、そうでなくともお母さんなら月ヶ瀬杏珠の父親の近況を知っているかもしれない。

だから、私は問うた。




「『花咲一真』の現住所、知らない?」




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