第75話 知りたくなかった最悪の真実
「さて、ボクも動くとするか」
黒羽さんと桜さんにお願いをしたボクは、満を持す形で行動を開始した。
黒羽さんには情報の解析を、桜さんには裏付けと情報収集を、美白さんには月ヶ瀬杏珠の監視を依頼した。
なら、ボクは残る謎を解明しよう。
「ここか···」
ボクは美白さんの病室から移動し、着いた先は同じ病院の他の病室だった。
軽くノックをし、ドアを開ける。
「失礼します」
中に入ると、一人の女性がベッドから上半身を起こしてこちらを見ていた。
「あら···どちら様でしょうか?」
清楚な雰囲気を持つその女性は、どことなく彼女たちに顔が良く似ている。
やはり親子だ。
二人は母親似なのかもしれない。
「宮風朱葉さん―――いえ、現在は離婚して火村さんでしたね。初めまして、私は天野紡と申します。不躾で申し訳ありませんが、少 しお話よろしいでしょうか?」
「は、はぁ···構いませんが···」
訝しむように見てくる彼女のことは、事前に美白さんから聞かされていた。
火村朱葉。私たちが直面している事件に巻き込まれた哀れな被害者。
襲われた時は重症だったらしいが、意識を取り戻した今は話を聞く絶好のチャンスだ。
「大丈夫、そんなに警戒なさらないでください。私は、宮風黒羽さん、宮風美白さんの友達です」
「ッ―――!あ、あの子たちの···!?」
この人の警戒心を解こうと二人の名前を出したのが幸いしたのか、彼女は目を大きく見開いて驚いた様子を見せた。
その顔に、どこか心配そうな表情も伺える。
「あの子たち、今はどうしてるんですか!?今、何処にいるのかもご存知なんですか!?」
今にも食って掛かってきそうな勢いで訊ねてくる彼女に、ボクは思わず驚いた。
自分の保身のために彼女らを見捨てて逃げたと聞かされていたが、この必死な姿からはまるで想像が付かない。
だが、これはある意味好都合だ。
話を聞く代わりに、二人のことを教えられる、いわばギブアンドテイクの関係を持ち出せる。
「まあまあ、落ち着いてください。そんなに慌てると、傷に響きますよ?それに、病院でそんな大きな声を出さないように」
「す、すみません···」
ボクの注意を受け、しゅんと項垂れる彼女。
まるで親に叱られた子供のような反応だ。
ボクはクスッと笑うと、彼女が寝ているベッドの隣にある椅子に腰かけた。
「知りたいですか?お二人のこと」
「はい···ですが、私にそれを知る権利があるとは思えなくて、どうしたらいいか···。だって、どんな理由があるにしろ、二人を見捨てたことには変わりありませんから···」
儚く笑うその姿に、ボクは違和感を感じた。
これが二人を捨てた母親の顔か?
確かに二人を捨てたことは許されないことだし、クズな親の見本だろう。
だが同じクズでも、彼方の両親と違うところは本当に反省の意思を見せていることだ。
だから、私は彼女なら信じても良いのではないかと思ってしまった。
「例えクズな親だとしても、子供の今の状況を知る権利はありますよ」
「うふふっ···あなた、容赦が無いのね」
「本当のことですからね」
「まったく、その通りだわ」
「私はあなたに二人の状況を教えます。代わりに、私の質問に答えてください。いいですか?」
「ええ、構わないわ。お願い、聞かせて」
言質を取ったので、ボクは二人のことを彼女に教えることにした。
話す途中で彼女は驚いたり笑ったりし、一喜一憂な姿をボクに見せてくれた。
その姿は、本当に母親そのものだ。
「―――とまあ、美白さんは今、同じ病院に居て明日には退院します」
「そう···そんなことがあったの。大事にならなくて良かったわ」
「···会いたいですか?」
ふと、そんな言葉が出てしまった。
親なら、子供に会いたいと思うのは当たり前な話だ。
それも数年も会ってなければ、現在彼女たちがどんな成長を遂げたのか気になるはず。
しかし、彼女はまた儚い笑顔を浮かべた。
「···確かに、会いたい気持ちは当然あるわ。でも、きっと私を毛嫌いしているあの子たちはそんな気持ちは無いと思う」
「···まあ、そうでしょうね」
「だから、今の私に会う資格なんて無い。あの子たちに、まだ赦されてはいけないのよ」
彼女は、贖罪を求めている。
内空閑姉妹がどう思っているかは知らないけど、この人は本当に心から反省して罪を償おうと道を探している。
ボクに何かを言う資格は無いけど、少しでも彼女を縛る罪の鎖を解いてみよう。
「確かに、まだお二人―――特に、黒羽さんはあなたを恨んでいるかもしれません」
「···ええ、当然よね。本当なら、私があの子を救うのが親としての務めだったもの」
「ですが、今彼女は変わろうとしている。いえ、実際に変わってきている。だから、あなたの誠意を見せれば、黒羽さんはあなたに対して何か心変わりをするかもしれない」
「ふふっ···随分と希望的観測ね」
「あの人の考えていることは、私にも良く分かりませんからね。ただ、これだけは言えます。愛を知らなかった彼女は今、初めて愛した人を助けようとしている」
「·········」
「人は変われるんです。だから、あなたも彼女たちに赦されるために変わりませんか?」
ボクの言葉が彼女に通じたかは分からない。
だが、少なくとも何かを感じたようで、朱葉さんは何かを考え込むように黙っていた。
そして、何かを決意したかのような清々しい顔をこちらに向ける。
「···あなたの言う通りね。私は結局、自分のことしか考えていなかったみたい。あなたに諭されて、ようやく気が付いたわ」
「それは何よりです」
「その上で、私に出来ることがあればなんでも言ってちょうだい。私は、あの子たちのためになれることなら何でもするわ」
なんだか先程の美白さんと同じようなことを言っている彼女に、ボクは思わず苦笑した。
やはり親子だ、言動が一緒過ぎる。
だが、その瞳には強い意思を感じることが出来たボクは、それを信じていいと思った。
「そうですか。では、私の質問に嘘偽りなく答えてください。いいですか?」
「ええ、もちろん。誓うわ」
「では、まずあなたが襲われた時のことを詳しく教えてください」
「分かったわ。私、普段は夜勤の仕事をしているのだけど、その日も残業で仕事をしていてね。朝方終わって、帰宅していたの。その途中に私が倒れていたと聞かされたあの廃工場があるのだけど、そこを通った瞬間、頭を殴られた衝撃に襲われてね···」
「なるほど、状況は理解出来ました。それは、災難でしたね」
「ええ、本当に一瞬の出来事だったから、悲鳴も出せなかったわ。あの男が報復しに来たのかと錯覚したくらいよ」
あの男とは、彼女の元夫の宮風青児のことだろう。
やはり、彼女にとってあの男は黒羽さんと同様にトラウマなのかもしれない。
しかし、あの男は逮捕された今、その可能性は限りなく低い。
ならば、次の質問をしてみよう。
「その犯人の顔、見ましたか?」
「一瞬だったからハッキリとは覚えてないけれど、確かにチラッと見たわ」
それは怪我の功名だ。
もし犯人の顔を見たのが事実ならば、これは私たちにとって大きなアドバンテージになる。
「本当ですか!?特徴は?」
「綺麗な女性だったわ。まだ若くて、スーツを着ていたの。だから、あんな人が私を襲うなんて、まだ信じられなくて···」
若くてスーツを着た女性。
ボクには、一人だけ思い当たる人物が居た。
不安に駆られながらも違って欲しいと思いつつ、ボクはスマートフォンを取り出して画像を検索する。
本来は病院は携帯禁止だが、この際今はどうでもいい。
私たちにとって重要なことなのだから。
「それって、まさかこの人では···!?」
画像を見せると、朱葉さんは驚いたような顔をして首を縦に振った。
「え、ええ···こ、この人よ!もしかしたて、お知り合いだったの?」
「···ええ、出来れば知りたくはなかったのですけどね」
なんということだ、ボクの悪い予感は当たってしまった。
私が彼女に見せた画像には、スーツを着た女性が映っていた。
そう、双子の姉妹を間に挟んで仲睦まじそうに笑うこの人を。
あぁ、神様はなんて残酷なんだろう。
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