第16話  狂気を孕む少女




ギスギスとした雰囲気の中、俺はゲームセンターに設置されている時計に目をやる。

時刻は、17時過ぎを回っていた。

いかん、長居し過ぎたようだ。

この険悪な雰囲気の場に居たくないし、ちょうどいい。




「二人とも、すみませんが俺はここで失礼します。早く帰らないと、家族に迷惑をかけるんで」


「えっ?いやいや、ハナっち、それは冗談キツいって!まだ17時過ぎたばかりだよ?それとも、家に何か用事でもあるの?」


「いえ、そういうわけでは···」




残念そうな顔をする月ヶ瀬さんだが、家には特に用事はない。

ただ単純に迷惑をかけたくないだけだ。

だが、俺の過去を知らない月ヶ瀬さんはめげずに俺の腕に引っ付いてきた。




「だったら、いいじゃん!あーし、ハナっちともっと一緒に居たいよ。せっかく再会出来たんだもん!」





これは困った。

俺としては極力誰かと仲良くする気はなく、また仲良く出来るのは『つむぐ』だけだ。

月ヶ瀬さんは俺の過去を知らない。

だからといって仮面を外すほど、俺は月ヶ瀬さんに対して心を許してはいない。

これ以上、信じて裏切られるのはごめんだ。

仕方ない、ここは心を鬼にして振りほどこう。

そう思った矢先、『つむぐ』が俺たちの間に割って入った。




「ごめんなさい、杏珠さん。彼、ちょっと門限があって早く帰らないと怒られちゃうんです。杏珠さんも、彼が怒られるなんて嫌でしょう?」


「そうなの?ハナっち?」




『つむぐ』の気の利いた機転だと気が付いた俺は、心の中で感謝しつつ頷く。




「ええ、そうです。ですので大変心苦しいのですが、この辺でお暇させていただきますね」




そう言って軽くお辞儀をし、俺は早足で帰宅の途に着いた。

『つむぐ』を家まで送っていこうと思っていたが、その埋め合わせはまたいつかしよう。そう心に決めて。








――――――――――――――――――――





「あ~あ、もうちょっと居たかったなぁ···」




彼方が早足で去っていったのを見送るボクは、隣で呟く杏珠さんに目を向ける。

その表情を見る限り、本当に残念そうにしているのが窺えた。

事件に巻き込まれる前の彼と出会っていたと、彼自身の口から聞いた。

だけど、ボクはまだこの子の真意を図れていない。この子を信用してはいない。

だから、腹を割って話す必要がある。

ボクは意を決し、話しかける。




「あの、杏珠さん?少し聞きたいことがあるんですけど···」


「ん~?なに~?」




のんびりとした返事が返ってくる。

しかし、彼女はニヤッと卑しく笑みを浮かべて「ってかさ···」と口を開いた。




「つむつむさ、それって地じゃないよね?」


「ッ―――!?」




ボクの鼓動がドクンと脈打った。

まさか、彼女は見抜いている?

この短時間で、ボクの素を。

だとしたら侮れない。油断ならない。




「あーし、こう見えて小さい頃から人間観察が趣味なんだよねぇ。だからかな、分かるんだ。その人の本質が」




彼女の目は、さっき彼方に甘えている時よりも遥かに真剣な色を宿していた。




「だから、あーしの前では素直になったほうがいいよ?」


「···なら、そうさせてもらうよ」




彼女の言っていることが本当なら、いつまでも猫を被っていても仕方ない。

だったら、ありのままの自分をさらけ出す。

本音で語り合おうじゃないか。




「杏珠さん、聞きたいことがあるんだ」


「ハナっちのこと?」




やはり見抜かれている。彼女の言うことは本当だったらしい。

だったら、ボクがこれから言うことも理解するはず。




「そう。君さ、彼方が仮面を着けていることに気が付いてるよね?」


「·········」




彼女は押し黙った。それは肯定を意味する。

ならば、もはや面倒な駆け引きは一切不要だ。

ここは要点だけを語って真実を追求するのみ。




「君は、一日だけだったとしても昔の彼のことを知っている。だから、今の彼に強い違和感を覚えたはずだ。違うかい?」


「·········」




またも押し黙る杏珠さん。

なにやら考え事をしているようだが、ボクは追撃の手を緩めることはしない。




「なのに、君はそれを彼方に問うこともせず、それを受け入れている。ボクはそう感じた」


「·········」




そう、ボクが感じた違和感はこれだ。

彼方はボク以外の人間には、常に仮面を被って自分を偽っている。

それも寒気がするほどの笑顔を作って。

この笑顔に、桐島彩花、岸萌未、西川愛莉、他のクラスメイト、そして家族さえも不気味に感じているはずだ。

なのに彼女には一切そんな素振りはなく、まるでそれが当たり前かのように接していた。

人間観察が趣味だと彼女は言った。

なら、その彼の変化に気が付かないはずがない。

そこからボクが導き出した答えは、一つだけだった。




「···君、彼方の事件に何か関わってるね?」


「·········」




ズバリと訊ねたボクの質問に対しても、彼女はまだ黙っていたが、その口が卑しく歪むのをボクは見逃さなかった。




「ふっ···ふふっ···あははっ···キャハッ···キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァッ···!!」




周りの迷惑も考えずに、大声で狂ったように笑う彼女に戦慄を覚える。

さっきまでの無邪気で明るそうなイメージの彼女だったが、ケラケラと笑うボクの目に映っている今の彼女はただの悪魔に等しかった。

そんな彼女は、ボクに視線を向けて言う。




「なぁんだ、バレてたんだぁ···。ハナっちにはバレてないと思ってたのに···やるね、あんた」


「···それが君の本性ってわけかい?」




男に愛想を振り撒くために猫を被る女が、この世には少なからず存在している。

それは女の武器であるということも、それもまた処世術だということも理解しているつもりだ。

ボクだって、彼方の前以外では壁を作るために自分を偽っていた。

でも、この女は根本的に何かが違う。

どこか狂気を孕んでいる。とても危険だ。

ボクの本能が警告音を鳴らしていた。




「まあ、別にバレようがバレまいが、あたしにとっては別にどうでもいいけどさ」




一人称が、『あーし』から『あたし』になっている。それが彼女の本当の姿らしい。




「···ボクが言っていたことについては否定しないんだね?」


「ん?あぁ、まあね。否定する理由も無いし」




あっけらかんと、まるで悪気が全くないように話す彼女に嫌悪感を抱く。

この女は、彼方の事件に直接的に関与したわけではないと思うが、間違いなく彼方に何かするつもりだ。

この女は、彼に近づけさせてはならない。

ボクが、彼を守らなくては!




「彼をどうする気?何が目的なんだい?」


「ふふっ、それは今は内緒かな?でも、これは約束するよ?あたしは、別に彼のことを傷付けるつもりはない」


「···信用出来ないね」


「だろうね。でも、あたしはあたしの信念のままに動くだけ。それは分かってほしいなぁ」




ボクの決意を煙に巻き、未だ笑いながら話す彼女。

信念のままに動く?彼女の信念とは?

何故、彼方を狙う?訳が分からない。

ただ一つ分かっていることは―――彼女は、ボクの敵だ。




「···分かった。ただ一つだけボクからも言っておくよ」


「ん~?なに?」




またさっきまでと同じように、猫なで声のギャルに戻ったようだ。とんだ演者だ。




「彼方に何かしたら、ボクは君を許さない―――その時は、ボクが君を殺す」


「おぉ、怖い怖い」




ボクはそれだけ言い残すと、踵を返して彼の後を追うように歩き出した。

そうだ、もう彼を傷付けさせない。

誰も、彼に近付けさせない。

ボクが―――ボクだけが彼を守るんだ。






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