第15話  ラブコメのような修羅場




幼き頃の淡い記憶を思い出し、懐かしむように口を開く。





「あぁ···そういえば昔、一度だけ遊んだ記憶が···」


「っ···!そうだよ!やっと思い出してくれたんだね、ハナっち!」


「ごふっ···!?」


「んなぁっ···!?」




思い出したのが余程嬉しかったのか、ギャルは涙を浮かべて俺の鳩尾に頭から突っ込んで抱きしめてきた。

アメフト部も驚きのナイスタックルである。

『つむぐ』はそんな行動を見て、あんぐりと口を大きく開けていた。美人が台無しだぞ?




「離れてくれますか···?」


「嫌だし!10年振りのハナっち成分の補充が先だし♡」




ハナっち成分とは何だろう?俺は何かの栄養素なのか?衝撃の新事実である。

しかしいい加減に離れてくれないと、俺の理性が保てない。

俺にこういった耐性は無いのだ。




「かぁ~なぁ~たぁ~?」




桃色空間を味わっていると、先程まで呆然としていた『つむぐ』がこちらを見ていることに気が付いて我に返る。

とても素敵な笑顔である。

―――その目に光が入っていなければ。

心なしか、ゴゴゴゴゴという擬音が聞こえる気がする。

命の危機を察知した俺は、急いで離れることにした。




「あんっ、もうちょい足りないしぃ!」




残念そうに頬を膨らませるギャル―――いや、月ヶ瀬杏珠。

この子、こんな子だったか···?




「それで?この人とはどういう関係なんですか、彼方君?」




背後に般若が見えてしまうと感じるほど、今の『つむぐ』は怒りに満ちているのが手に取るように分かった。

怖い。とにかく怖い。

とりあえずこの場を上手く収めるために、無難な紹介で切り抜けよう。




「こちらは月ヶ瀬杏珠さん。昔、一緒に遊んだことがある―――」


「婚約者でっす♡」




あの、月ヶ瀬さん?

俺のとても素敵な紹介を素敵な笑顔でぶち壊さないでくれます?

そんな俺の心など露知らず、月ヶ瀬さんは幸せそうに頬を赤く染めて俺の腕に頬擦りをしてくる始末。




「ふぅ~~~ん···?」




反対に、『つむぐ』の顔はみるみると怒りで顔を真っ赤にしていく。

般若が羅刹に変わる瞬間であった。

その羅刹さんが俺の耳元で囁く。




「ねぇ、彼方?」


「っ···」


「君さ、誰も信じることが出来ないって言ってたよね?ボクだけが唯一信じられる友達だって言ったよね?」


「そ、そうだな···」


「なのに、婚約者が居たんだ?へぇ~?ほぉ~?ふぅ~ん?とぉんだプレイボーイだったんだね、君は···?」




氷のような視線がとても痛々しい。

そろそろ弁解しないと、羅刹が閻魔に変わりそうである。




「えっと···こちらの月ヶ瀬さんは、俺が事件に巻き込まれる前に出会ってだな···婚約者というのは子供ならではの約束と言うか···」



怖すぎてまともに説明出来ない。

額から嫌な汗が出てるし、膝ガックガク。

しかしそんな俺の言葉で納得したのか、『つむぐ』の怒りのボルテージが下がっていくような感じがした。




「なるほど···一応、納得してあげる。それに、子供の約束だもんね、うん···」




とりあえずは納得してくれたらしい。

一安心である。




「えっ?あーし、今でもハナっちと結婚したいって思ってるけど?」


「あ゛ぁ゛ん!?」




閻魔になってしまった。恐怖で身体が強張る。

学校に居た時、『つむぐ』は本気で怒っていたけど、比較にならないほどのブチ切れである。

早く家に帰りたい。

そう思ったのは初めてかもしれない。

とりあえずこの状況を収めるため、ひとまず月ヶ瀬さんのほうを説得してみよう。




「あの、月ヶ瀬さん?律儀に子供の頃の約束を守らなくてもいいんですが···?」


「なんでー?あーし、別に律儀とか義務感とかでハナっちと結婚するわけじゃないよ?あーしは、あーしの意思で本気でハナっちと結婚したいって思ってる。あーしに、あそこまでしてくれたのはハナっちが初めてなんだもん···」


「月ヶ瀬さん···」




懐かしむように、されどどこか寂しそうに語る月ヶ瀬さんを見てぐっと言葉が詰まる。

彼女にも、何か特別な事情があったのかもしれない。

気にはなるが、興味本意で軽々しく聞くものではないと感じた俺はそれ以上は何も言えなかった。

彼女は、見た目とは裏腹に繊細な性格なのかもしれない。

そんな俺をよそに、月ヶ瀬さんは「だから···」と言葉を続ける。




「そのために、あーしは今まで誰とも付き合わなかったんだし!あーしの処女は、ハナっちだけのものだよ♡」




月ヶ瀬さんは、小悪魔のような笑顔を見せる。

前言撤回。からかっているだけのようだ。

しかしなるほど、彼女は処女なのか。

なんだか重要そうなので心にメモしておこう。




「もちろんあーしの初めて、貰ってくれるんだよね?」




そう俺の耳元で囁くように聞いてくる月ヶ瀬さん。

どう返答すべきか悩んでいると、バキッと何かが潰れた音がした。

振り返ると、そこには片手で飲んでしまった空き缶を握り潰している笑顔の『つむぐ』の姿。

マジぱねぇっす、『つむぐ』さん。

しかし俺は悪くないと思うので、ここは見なかったことにしよう。




「ところでさ、ハナっち?いっぱい聞きたいことがあるんだけど、いい?」


「はい、何でしょう?」


「さっきから気になってたんだけどさ···その子、誰?もしかして、カノジョ?」




今度は月ヶ瀬さんが据わった目で、俺と『つむぐ』を睨んでくる。

一方、『つむぐ』は「か、彼女だなんて···」と照れたように顔を赤くして頬を掻いていた。

閻魔はどこ行った···? 




「いえ、この子はあくまでも友達ですよ」




俺が『つむぐ』の恋人なんてどう考えても釣り合わないし、『つむぐ』にとっても迷惑であろう。

なので月ヶ瀬さんに誤解されないよう、友達だとちゃんと説明をした。

だというのに、何故か『つむぐ』は不機嫌そうに頬を膨らませた。




「痛っ···な、なんだ?」


「べっつにぃ~?何でもないっ」




何でもないなら、俺の手を甲をつねらないでうただきたい。 

さっきより痛い。

俺の手の甲に恨みでもあるのか?




「そ、そっか、友達か···良かった、えへへっ」




そんな俺の心境など露知らずといった感じの月ヶ瀬さんは、俺の説明に納得がいったのか安心したようにはにかんだ笑顔を見せた。

とても可愛らしい。天使のようだ。

そんなギャルの見た目で天使のような月ヶ瀬さんは、『つむぐ』のほうに目を向けた。




「えーっと、さっきも自己紹介したけど、改めて!あーしは、月ヶ瀬杏珠。ハナっちのお嫁さんだよ♡よろしくね!」




そう言って、『つむぐ』に手を差し出す月ヶ瀬さん。

その言葉に『つむぐ』はひくひくと引きつった笑顔を見せ、月ヶ瀬さんの手を取る。




「ご丁寧にどうも。私は彼方君の『唯一』のお友達で、『天野紡』と言います。こちらこそ、よろしくお願いしますね?」




何故だか『唯一』の部分を強調して自己紹介をする『つむぐ』。




「杏珠でいいし!あーし、苗字はあんま好きくないんだよね!」


「そうですか。では、杏珠さんと呼ばせていただきますね」


「うん!よろしくね、つむつむ!」




二人ともにこやかな笑顔を浮かべて、握手を交わす。

しかし、気のせいだろうか?

二人の背後には、般若と鬼女が映っているように見えるのだが。

まあ、ここは敢えて言及しないようにしよう。

藪をつついて蛇を出したくない。






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