第14話  ギャルと淡く遠い思い出




「そこに居るのって···もしかしてハナっち?」




そこには、肩まで伸びたウェーブの金髪少女が立っていた。

うちの学校の制服を着ているから学校の生徒なんだろうが、制服を着崩して胸元のシャツから胸の谷間を覗かせている。

いろんな意味で校則違反なそいつは、どこからどう見てもギャルそのものである。




「やっぱハナっちじゃん!会いたかったし!久しぶり!元気にしてた!?」




軽々しく名前を呼び、俺の首に腕を回して抱き付いてくる金髪ギャル。

なんだ、こいつは?

あまりにも馴れ馴れしい。

それに奴のはち切れんばかりのおっぱいが当たっている。




「···彼方?」




ゾクッと寒気がして『つむぐ』のほうへ視線を向けると、氷点下を感じさせるほどの冷めた目をしてこちらを睨んでいる。

怖くなった俺は、ギャルの腕を掴んで引き剥がす。




「あんっ!なんだよぉ、つれないじゃん?」





不機嫌そうに口を尖らせて睨んでくるギャル。

こいつ、何者だ?




「随分と仲良しなんだね、君たち?」




引き剥がしたというのに、何故か『つむぐ』は機嫌を直してはくれなかった。

冷たい眼差しが痛くて仕方ない。

とりあえずこの場を収拾するべく、とりあえず俺はいつものように能面の仮面を被ってギャルに問いかけた。




「失礼、どなたでしょう?ハナっちとは、俺のことでしょうか?」


「うっわ、それ超傷付くんだけど!?まさか、あーしのこと忘れたの!?花咲彼方っしょ?」


「ええ、花咲彼方は俺ですが···」


「やっぱり!ってか、なんで敬語なん?マジウケる!」




ぷりぷりと怒ったり笑ったりする忙しいギャルだが、どんなに記憶を掘り起こしたところで、俺にはこのギャルとお近づきになった覚えは無い。

とにかく面倒事を起こさないために、素直に謝罪をしよう。




「···すみません」


「あ~あ、マジあーしのハートがブロークンされたし!」




ハートがブロークンされたのか。

変な言い回しだな、これが俗に言うギャル語か?

ギャルとは、難しいものだ。




「なぁんで、あーしのこと覚えてないかなぁ?」


「すみません、興味のないことは覚えない質でして···」


「ちょっ、酷いことをさらりと!」




そんなことを言われても困る。

覚えていないものは覚えていないんだから。

しかし俺の知り合いということは、少なからず俺が起こした事件を知っているはず。

なのに何故、こうも近寄ってくるのだろうか?




「················」




不意に寒気がして振り向くと、『つむぐ』が絶対零度を感じるような氷の視線で俺を睨んでくる。怖いんですけど。




「ねぇ、マジであーしのこと忘れた?」


「···すみません」


「まあ、覚えてないのはショックだけど仕方ないっちゃ仕方ないかぁ~···いいよ、あーしのこと教えてあげるから付いておいで」




そう言って歩き出すギャル少女。

俺と『つむぐ』は互いに顔を見合わせ、とりあえず彼女に付いていくことにした。


















俺と知り合いだと言うギャルに連れられ、俺たちはゲームセンターの休憩所に居た。

ギャルは自動販売機からジュースを取り出すと、俺と『つむぐ』に一本ずつ差し出した。




「ほら、あーしのオゴリ♡」


「えっと···」




誰かにご馳走になったことがあまり無かったため、どうしたらいいか迷っているとギャルがジュースを俺の頬に当ててきた。

とても冷たい。キンキンである。

ちなみに『つむぐ』は「ありがとう」とお礼をいってさっさと受け取り、グビグビと飲んでいる。実に男らしい。




「何してんの?もしかしてハナっち、コーラが苦手だったりする?」


「いえ···ありがたくいただきます」




どうしても『迷惑なのでは?』と考えてしまったが、『つむぐ』も遠慮なく受け取っていたし、ここは素直にありがたく頂戴する。

ギャルは休憩所のベンチに座り、コーラ缶の蓋を開けて飲んでいる。

足を組んでいるため、スカートの中が見えそうである。

チラッと見えた。黒だった。




「彼方くぅ~ん?どぉ~こを見てるのかなぁ~?」




俺の行動を読まれたのか、『つむぐ』は俺の手の甲を思い切りつねってきた。

爪が食い込んできてマジで痛い。

唯一の友達にこんなことをされたら、俺のハートがブロークンしてしまう。




「さてと、まずは自己紹介からね!あーしは、二年の月ヶ瀬杏珠つきがせあんじゅだよ♡」




月ヶ瀬杏珠。

眠っている記憶を起こして過去に関わった人物をリストアップするが、やはり思い出せない。

思案している俺の様子を見て思い出せないと悟ったのか、ギャルは驚いたように目を見開いた。




「えっ!?名前で思い出せないの!?かなりショックなんだけど~···!」




がっくりと項垂れるギャルこと月ヶ瀬杏珠。

そんなこと言われても、思い出せないものは思い出せない。

そもそも、過去に関わった人物は俺から離れていった者が多いため、こんな風に再会しても距離を取るのが自然だ。

にも関わらず、ギャルは気にしてないとばかりにぐいぐい距離を詰めてくる。

これは一体どういうことだ?




「あーしだよ!だよ!」




『杏ちゃん』。

その名を聞いて、思い出せなかったはずの記憶が一瞬で蘇った。
















過去、小学校低学年の頃。

俺が『リコーダー泥棒冤罪事件』に巻き込まれるもっと前。

俺は、幼馴染みの桐島彩花とは違う一人の女の子と一度だけ遊んだことがある。


毎日遊んでいる公園で、いつも一人ぼっちで遊んでいた寂しそうな女の子に声をかけたのが出会いだった。




「君さ、いっつも一人で遊んでるよね?なんで皆と遊ばないの?」


「だって···あたし、この髪の色のせいで皆から嫌われてるし···。それに、明日には引っ越すからいいんだもん···」




確かにその子は小学生にしては、似つかわしくない金色の髪をしていた。

聞けば、母親がアメリカ人でその髪の色は遺伝による地毛らしい。

いわゆるハーフというやつだったが、当時の俺はそんな難しいことは良く分からなかった。




「ふぅ~ん···。良く分かんないけど、ぼくはその髪の色、とっても綺麗だって思うぞ!」


「ふぇっ···!?う、嘘だ···だって、先生も皆も信じてくれないんだよ···?」


「だからどうしたんだよ?ぼくが綺麗だって言ったら綺麗なの!」




小難しいことは良く分からなかった俺は、適当なことを言っていた。

それでもその子にとっては救いの言葉だったようで、少女は泣きながら笑っていた。




「よっし!じゃあ、ぼくと一緒に遊ぼう!」


「う、うん···!えへへ、嬉しいな···」


「ぼくは、花咲彼方!よろしく!」


「あ、あたしは月ヶ瀬杏珠!よろしくね!」


 


それから俺たちは、陽が暮れるまでたくさん遊んだ。

別れ際、少女は俺の頬にキスをして言った。




「あたし、絶対また帰ってくる!だから、また会えたら、あたしのことお嫁さんにしてね?」


「うん!」


「えへへっ···ばいばい、ハナっち!」


「また会おうね、杏ちゃん!」





そうして少女は、迎えに来た母親と一緒に手を繋いで帰っていった。

ぶんぶんと俺に手を振って。

その時の笑顔がとても可愛くて印象的だった。

たった一日しか遊んでいなかったけど、俺はそ子に心を奪われていたのかもしれない。

多分、それが俺の初恋。




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