第1話  大切な君は俺の恩人




登校中、ふと周りを見渡す。

やはり朝が早すぎることもあり、俺以外は生徒は歩いていないようだ。




「早すぎたか···どうするか···」




もう少し家に居れば良かったかと思ったが、あの家では俺が心から休まることは出来ない。

あの家に居ても、三人が笑って過ごせない。

しかし、かといってこの時間に向かっても学校には誰も居なさそうだ。




「···仕方ない···」




俺はポケットからスマートフォンを取り出す。

電源を入れて起動すると、初期状態の待受画面が表示される。

今時の学生たちは、気に入った画像を待受画面にしたり、アプリなどをたくさん入れているものだろうが、俺の場合は電話とメッセージアプリ以外は何も入れていない。

ギャラリーなどにも何の画像も動画も、音楽さえ入っていない。

言うなれば、空虚。真っ白だ。

いくら無料だからといって、使えば使うほどに電池がなくなってしまい、そのたびに充電しなくてはいけなくなる。

その電気料金を支払うのは、両親だ。

これ以上は迷惑をかけられない。


そんな中で、俺は電話アプリを起動する。

連絡先には、家族以外に一人だけの電話番号が表示されている。




「さて、と···出るかな···?」




その電話番号をタップし、電話をかける。

数コールした後、通話画面が開いた。

どうやら出てくれたらしい。

スピーカーから聞き慣れた声が聞こえてきた。




『もぉーしもしぃ···?随分と朝早くに電話をかけてきたものだね、君は···』


「すまん、時間はあるか?迷惑なら切るが···」


『あー、だぁいじょぶぅ···。この寝起きの声で良ければ、電話出来るよぉ···』





本当に眠そうな声で応対してくれるのは、チャットアプリで知り合った『』。

彼、いや彼女かもしれないが、どちらとも取れる中性的な声なために判別出来ない。

性別も年齢も全て不明。

だが、この人は俺が唯一敬語を使わずに心を置ける大切な存在だ。

この人が居なかったら、今の俺は多分文字通り存在していない。





『それよか、どうしたのさぁ?こんな時間に電話なんて、珍しいよね?』


「ああ、そうだな。少し、早めに登校してしまってな···何もすることもない。だから···」


『暇潰しに、ってわけ?』


「む、すまん···迷惑だよな」





いくら暇潰しだからといって、少し調子に乗り過ぎたのかもしれない。

慌てて謝罪を口にするが、『つむぐ』からは気にしないとばかりに笑い声が聞こえてきた。





『あははっ、だいじょぶだいじょぶ!むしろ、暇潰しの相手に選ばれて光栄さ!それよりも···そっか、今日が入学式なんだっけ?』


「ああ、そうだ」


『ふむふむ···友達、出来るといいね』


「友達、か···」





信じれば裏切られる。

それを痛いほど体験した。だから―――





「いらないな、友達なんて···」


『おいおい、それじゃあボクは友達じゃないのかい?悲しいことを言うじゃないか···』


「『つむぐ』は···恩人だ」





そう、『つむぐ』は俺にとっては恩人だ。

あの頃から、ずっと影で支えてくれた。

慰めてくれた。優しくしてくれた。

家族よりも俺を庇ってくれた。信じてくれた。

だから、今俺は生きている。





「感謝が絶えないくらいの恩人だ」


『あー、あははっ···な、なかなか恥ずかしいことを素で言うね、君は···。なんだか照れるじゃないか···』


「全て本音だが?」


『知ってるよ、君が嘘や社交辞令でそんなことを言わないってことぐらい。でも、友達は作ったほうがいいよ。一生に一度しかない高校生活だからね』


「む···だが、信用出来ない」


『やれやれ···君の『心の病気』は、まだ完治しそうにないね···。まあ、こればかりは仕方ないか···』


「すまない···」


『いいよ。でもね、予言してあげる。君は友達が出来る。必ずね』





意味深なことを言う『つむぐ』。

信用出来ないと言った俺に、果たして友達が出来るのか?

その答えは、否。

こんな俺なぞ、誰もが不気味に思って近付かないはずだ。





「···善処はする」


『ふふっ、頑張ってね。そろそろ時間じゃないかな?』





『つむぐ』に言われて辺りを見渡すと、ちらほらではあるが生徒の姿を何人か確認出来た。

どうやら通学時間にはなったらしい。





「そのようだ。『つむぐ』、ありがとう」


『ふふっ、良い暇潰しにはなったかな?』


「ああ。また電話をかける」


『うん、またね』





そして通話が終了された。

さて、では登校を開始しよう。





――――――――――――――――――――




「お礼を言うのはボクのほうだよ、彼方···。君の病気は、ボクが治してあげる···必ずね」







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