第6話 友の決して消えない後悔と懺悔
私、岸萌未はとても地味な女の子だった。
暖簾のように前髪が長く、瓶底のような眼鏡をかけた外見。
話しかけられても声が小さいためにぼそぼそと返す。
誰とも関わろうとせず、窓際の席で本を読んでいる謂わば陰キャという存在で、クラスの皆に気味悪がられていた。
でも、いじめには遭わなかった。
彼、花咲彼方くんが傍に居てくれたから。
「なに読んでるの?」
彼は、誰も関わろうとしない私なんかに声をかけてきた。
でも、どうせ彼もまた私を気味悪がって離れていくんだ。
そう思っていたのだが、意外にも彼はぐいぐいと近付いてきた。
「おっ、今日はその本か!奇遇だね、俺もその本、読んだことがあるんだ」
「そ、そうなん···ですか···?」
「うん。いやー、ラストが実に衝撃的でね···おっと、これ以上はネタバレになるから言わないけどね!」
そう言って、はにかむ彼の笑顔はとても素敵だった。
とても優しく、穏やかな表情を見せる彼に、私はどんどんと惹かれていった。
二人で仲良く図書室で本について話したり、一緒に下校とか休日に遊びに行ったりもした。
私の毎日は、薔薇色のように輝いた。
―――そう、あの日までは。
その日、私は町の図書館に行くために電車を利用していた。
満員なため、ぎゅうぎゅうになりながらもなんとか堪えて立っていた。
そんな時、誰かの手が私のお尻に触れた。
偶然か?
そう思ったけど、その手は意思を持って私のお尻を揉んでいた。
―――『痴漢』。
脳裏にその文字が浮かぶ。
きっと、私みたいな地味な子は悲鳴をあげることも抵抗することもせすにただ受け入れるのみであろう。
犯人は、そう踏んでいたのかもしれない。
そんな中、急に痴漢の手が離れた。
まずい、このままでは痴漢は逃げてしまう。
そう確信した私は、勇気を振り絞って痴漢の手を掴まえた。
「ち、痴漢です!こ、この人です!」
一瞬にして、犯人は周りに取り押さえられた。
私は、犯人の顔を見て愕然とした。
恋心を抱いていた、花咲彼方くんだった。
彼は必死に「違う!」と否定するも、私が痴漢の手を掴んでいたために誰も納得しようとはしなかった。
もちろん、私も。
ショックだった。まさか、彼がこんなことをするなんて···。
彼が駅員に連れられて行く中、私はその背中を見送ることしか出来なかった。
その日から、彼は周りから『痴漢』『犯罪者』と罵られるようになった。
どこから漏れたのかなんて分からない。
女子からは敬遠され、男子からは苛烈なイジメを受ける彼。
私は、そんな彼を遠くから見守ることしか出来なかった。
彼も、私に関わることは無かった。
ばったり会っても、彼は私に一瞥もくれずに横を通り抜ける。
話しかけようとしても、彼はこちらを見向きもせずに無視されていた。
そんなことが続いたある日、私は衝撃的な事実を母から聞かされることになる。
痴漢されたあの日から、警察が私が本当に痴漢していたのか調べるために、私の服から彼のDNAが検出されるのかどうかを確かめる微物鑑定というものを行ったそうだ。
そして数日後、結果を知らされた。
結果は―――白だった。
触られていたと主張する私の服からは、彼のDNAは一切検出されなかったそうだ。
つまり、彼は無実だった。
親が聞いたという彼の言い分は、『助けるために間に入った』ということだった。
私は、頭が殴られるような強い衝撃を受けた。
彼は犯人ではなかった。
むしろ、私を助けようとしてくれていた。
その事実を知り、私はなんとかしようと考えていたが、もはやどうにもならなかった。
私の祖父と父は国会議員を務めており、祖父のほうは文部科学大臣という重鎮、父はキャリア官僚。
政治に多大な影響力を持つ彼らは、冤罪を作ってしまった私を守るために、警察にも影響を持つ彼らによってその事実を公表することなく揉み消した。
私は憤慨した。
何が国会議員だ!何がキャリアだ!
何が私を守るためだ!
警察も最低だ。
鑑定を行ったのなら、何故それを公表しない?
分かっている、全ては保身のためだと。
スキャンダルを隠すために隠蔽し、何の罪もない人間を失意と暗闇の底へ落としたのだ。
皆、最低だ。···いや、最低最悪なのは私もだ。
あの時、もっと早くに痴漢を捕まえていれば、こんなことにはならなかった。
勇気を出すタイミングを間違えた。
何の罪もない友人の人生を、他でもない私の手で壊してしまった。
私も同罪だ。彼らと同じクズだ。
その後、どこから漏れたのかは分からないが、私の祖父と父が犯した罪が新聞、雑誌に掲載されたことによって事実が浮き彫りになった。
まだ未成年だった私と彼の名前は明かされることはなかったが、この冤罪事件は世間に大きな波紋を広げた。
結果、祖父と父が揃って辞職を迫られるようになり、隠蔽した罪で逮捕にで至った。
そして私たちの家庭は壊れてしまった。
両親は離婚、実家には悪戯目的の無言電話が鳴り続き、家には『犯罪者家族』と書かれた紙が貼られることもあった。
でも、こんなことは彼が受けた傷に比べればなんてことはない。比較にすらならない。
これが私が謝っても謝っても許されない、最低で最悪の罪。
私は、生まれ変わることを決意した。
他の誰のためでもない、浅はかな私への戒めとして。
長かった髪をばっさり切り、眼鏡はコンタクトに変え、ハキハキと喋る練習もした。
生まれ変わるんだ。
もう、後悔なんてしないために。
そしてもう一度彼に会えたら、今度はきっと私の想いを彼に伝えよう。
彼に会いたいという願いは、すぐに実現した。
高校入学式、玄関先のクラス分けの掲示板に彼の名前があった。
もはや運命と言っても過言ではなかった。
私は急いで彼のクラスに足を運んだ。
中学ではろくに会うことも喋ることも出来なかったが、今の私は生まれ変わった。
生まれ変わった私を見てほしい。
また仲良しになりたい。その一心で走った。
「花咲彼方君って居ますか!?」
自分でも驚くくらいの大声で、彼の名を呼んだ。
名前を呼ばれた彼は、私のほうへ歩いてくる。
あの時からだいぶ時が経ったため、彼はさらに大人びていて格好良かった。
でも、私は愕然とした。
彼の目があの時から変わっていなかった。
いや、あの時よりも更に酷くなっていた。
何も写そうとしない澱んだ瞳。
何も感じることが出来ない表情。
「仲良しではないですよ?確かに仲が良かった時期もありましたが、それも中学の一時期です。今は関係ありません」
久しぶりに聞いた彼の声は、無機質で無慈悲さを感じるものだった。
彼の目には、私への興味が一切感じられなかった。
私は、どこで間違えた?
私は、なにを間違えた?
分かっている、私は全部間違えていた。
そう、何もかも···。
「彼方、くん···」
私の声は、彼には届かなかった。
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