第5話 幼馴染みが残した癒えぬ傷
私、桐島彩花は卑怯者だ。
ずっとずっと仲良しだった、好きだった幼馴染みの花咲彼方くんを地獄に落としてしまった。
もちろん本意ではなかった。仕方がなかった。
だって、そうしないと···。
私とカナくんは、周りから見ても仲睦まじい幼馴染みと評判だった。
何処に行くにも一緒、何をするにしても一緒と離れられない存在だった。
でも、あの日。私は、大きな過ちを犯した。
事の発端は、クラスで女子のリコーダーが紛失したことによるものだった。
皆で探しても探しても見付からず、遂には『誰かが盗んだのではないか?』という結論に至ってしまった。
そこから犯人探しが始まる。
瞬間的に、私はまずいと思った。
その女子と私は、とにかく仲が悪かった。
なにしろ、当時からカナくんのことが好きなのは私だけでなく、その女子もだったからだ。
喧嘩をしたことはないにしろ、私たちの仲が険悪なのは皆も知っていた。
だから、皆が私を犯人だと疑いの目を向けるのではないかと思った。
それは嫌だった。
だから、咄嗟に私は―――
「カナくんが···やったの···」
よりにもよって、大好きだった幼馴染みを生け贄に仕立て上げてしまった。
ポロッと、つい溢れてしまった嘘。
その嘘を信じ、クラスの皆が一斉に彼を責め立てた。
カナくんは、「ぼくはやってないよ!」と泣きながら反論していたが、先生を含めた皆は聞く耳を持たなかった。
やがて先生がカナくんの両親を呼び、両親が涙を浮かべて謝罪し、カナくんを怒鳴り付けていたのを今でも覚えている。
「あなた、なんでこんなこと···!恥知らず!泥棒をする子は、うちの子じゃありません!皆さんに謝りなさい!」
母親の叱咤でも、カナくんは謝ることは無かった。
当然だ、彼は何もしていない。
結局最後まで彼は何も言わず、その目は諦めの色を灯していた。
そこからは最悪で地獄の日々だった。
彼と仲が良かった友達は皆離れ、彼に対するイジメが始まった。
善悪の区別が付かない子供というのは、本当にたちが悪い。
一切の容赦も罪悪感の欠片も無いのだ。
皆で彼を無視する、仲間はずれにする、靴や机といった彼の所有物を隠す、バットやモップなどで彼を叩く、『死ね』『消えろ』とあらゆる罵詈雑言を彼に毎日浴びせるといった熾烈なイジメは留まることがなく、遂には彼が池に突き落とされてしまったこともあった。
私も一部始終を見ていたが、皆はただひたすらに笑っていて誰も助けようとはしなかった。
そして、私は気付いてしまった。
彼の目は、何の感情も映っていないことに。
苦しみも辛さも悲しさも無く、そこに映っているのは虚無。何もなかった。
そうさせてしまったのは、紛れもない私だ。
怖くなった私は、ある日彼に手を差し伸べた。
「あ、あの···カナくん、大丈夫?」
しかし、私の手を彼が掴むことはなかった。
「ひっ···!?」
子供でも分かる、彼の濁った目。
まるで私のことなど何も覚えておらず、また私に対して何の感情も沸いていないような、小学生に似つかわしくない人生を諦めたかのような目だった。
あんなにも優しかった彼の表情は無く、そこにあるのはただの虚無。
「ボクに···二度と関わるな···」
小学生とは思えないほどの冷たい声色で、その目で私を拒絶した。
怖くなった私は、それから会うことを止めた。
クラスでも顔を合わせず、一緒に帰ることも無い。
それから卒業を迎え、私は別の中学に通うことにした。
彼と会うのが怖かったから。
彼とまた三年過ごすのが怖かったから。
彼にあんな目を向けられたくなかったから。
中学生になっても、彼の噂は私の耳にも届いた。
なんでも痴漢騒動を起こし、またも苛められているという。
助けたかった。やってないと信じていた。
庇いたかった。守ってあげたかった。
でも、私にそんな資格はあるの···?
その考えが私の行動を邪魔し、彼に会いに行く機会を奪った。
そして高校生になった今日、玄関のクラス分けの掲示板を見て驚いた。
――愛する人の名前がそこにあったから。
しかも一緒のクラスだ。私は歓喜した。
急いで謝りたかった。会いたかった。
一緒に登下校したり、笑ったり遊びたい。
でも数年振りに会った彼は、以前の花咲彼方では無かった。
一瞬で分かった。
いくつもの感情が壊れている。
それを隠すように、まるで能面のような仮面を貼り付けている。
それを裏付けるかのように、久しぶりに会った彼はこう言った。
「他人ですが何か?」
悟った。
あぁ、彼の中では私への感情も興味もとっくの昔に無くなっていたんだと。
そう感じた時、ショックと悲しみで涙が溢れてしまった。
彼の中で、私は死んでしまったも同然の存在だと。
分かっている、これは自業自得だ。
彼の心に決して癒えることが無いであろう傷を残した愚かな私へ神様が与えた罰。
でも諦めたくなかった。
例え私に彼を愛する資格が無いにしても、また幼馴染みとして、友達として仲良くなりたい。
そう思って教室を出る彼を追いかけたが、彼はもう祝ってくれた家族にすら感情を向けていないことが分かってしまった。
私は、どうすればいいの···?
私は、どうすれば良かったの···?
あの時のこと、謝りたい。
また彼と仲良くなりたい。
「カナく、ん···う、うぅ···っ」
家に帰って自室のベッドに倒れ、私は涙を流すしかなかった。
私の罪は、どうすれば許されるのだろう。
私は、許される時が来るのだろうか···。
自責だけが、今の私に出来る精一杯の贖罪だった。
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