第4話  渡る世間は鬼ばかり




玄関へ向かう途中でも、背後から何やら声が聞こえる。




「待って、カナくん···!」


「待ってください、彼方くん···!」




まだ何か用事があるとでもいうのか、桐島さんと岸さんが追ってくる。

だが、俺は気にも留めずに歩みを止めない。

面倒事はごめんだ。

また裏切られてしまうのが目に見えている。

そのまま昇降口に向かうと、玄関口で妹が立っていた。




「あっ···お兄ちゃん!こっち、こっち!」




俺を見るなり、嬉しそうな顔を浮かべる妹。

その背後には、両親も立っていた。

二人ともスーツに身を包んでいる。




「待っていたぞ、彼方」


「入学おめでとう、彼方」




父親の進さんと母親の舞桜さんが笑顔を浮かべて出迎えてくれた。

妹含め、皆にこやかな笑顔だが、俺の頭の中には疑問しか思い浮かばなかった。




「何故、ここに居るんですか?」




その言葉を聞いた瞬間、両親と妹の笑顔は凍り付いた。

そして、みるみるうちに青ざめていき汗を掻いている。




「な、何故って···お前の入学式だから、親の私たちが来るのは当然だろう?」




父親の進さんが慌てたように話した。

親が来るのは当然。それは嘘だ。

彼らは、俺に微塵も興味は無い。

だって、俺は『いらない子』なのだから。

進さんの言葉に乗っかるように、母親の舞桜さんと妹の桜さんも慌てたように話す。




「そ、そうよ?私たちは家族ですもの。ほら、祝いに皆で記念撮影をしましょう?」


「そ、そうだよ!お兄ちゃん、おめでとう!写真撮ったら、ご飯食べに行こ?」


「それはいいな!良し、では早く記念撮影をしようか!」




見れば、他にも玄関口で新入生と記念撮影をしている親御さんたちが大勢居る。

それを見て、俺は疑問に納得のいく答えを導いていた。




「なるほど、そういうことですか···。俺を祝いに来たのではなく、ただ単純に世間体を気にして来ただけですね」


「な、なにを···?」


「お、お兄ちゃん···?」




そうだ、この人たちは昔からそうだ。

俺のことを一切信じず、世間体ばかりを気にして俺を庇うことは無かった。

親だから、来るのは当然?嘘っぱちだ。

それなら、子供を信じてくれなかったのは何でだ?守ってくれなかったのは何でだ?

答えは簡単。

世間体がそれを許さないからだ。




「すみません、俺は写真を撮ることは出来ません。俺が写真に映ってしまえば、皆さんの印象が悪くなってしまいますから。俺のことでしたらお気になさらず。家族でご飯を食べに行ってきてください」


「彼方!あなた、何を言ってるの!?私たちに恥をかかせないで···!ほら、いつまでも拗ねてないで、一緒に写真を撮ってご飯を食べに行くわよ!」




周囲が疑惑と戸惑いを見せた。

当たり前だ、せっかくの入学式に親子喧嘩なんてみっともないだろう。

それをまずいと悟ったのか、母の舞桜さんが露骨に不機嫌さを顔に出しながら俺の手を掴もうとするが、俺はそれをそっと避ける。




「か、彼方···?」


「すみません。俺が行っては迷惑でしょう?俺が行けば、犯罪者の親として世間にバレてしまいますから。ですから、どうか俺抜きで楽しんできてください」


「なっ···わ、私は、そんなつもりじゃ···」




俺の言葉で舞桜さんと妹が泣きそうな顔をし、進さんは唖然とする。

分かっている。舞桜さんは悪くはない。

ただ一人の母親として、世間に悪く思われないようにしていただけだ。

こんな俺なんかに構っていると、またあの時のような事件が起きれば舞桜さんの心身が削られてしまう。

それはよろしくないことだ。




「だから、犯罪者の俺はこれ以上迷惑をかけないようにしますので、家族皆で楽しんできてください。それでは、先に帰りますね」


「お、お兄ちゃん!待って!ほ、ほら!私たちは家族なんだから!だから、一緒にご飯食べて帰ろうよ!ね?ねっ?」




妹が涙を浮かべながら必死に懇願するが、俺の心には微塵も響かなかった。

俺は応えることはなく、その場を後にした。






家族はいつだって、そうだ。

世間体ばかりを気にして、俺を信じない。

なのに妹ばかりを信じる。

『お兄ちゃんなんだから、妹の見本になりなさい』と何度も言われた。

そこには、俺のことを一切考えないという意味も含まれていた。




俺が事件に巻き込まれた際、両親は多大なストレスを受けたに違いない。

父親は『なんで、私たちばかりこんな···』と頭を抱え、母親は『ああ、なんで···いい加減にして···お母さんを困らせないでよ···』と泣き崩れ、妹からは『触んないでよ、変態痴漢野郎』と罵倒された。


しかし、今ではそれが無かったかのように俺に話しかけてくる。

過去なんて無かったかのように笑いかけてくる。

それも全部、世間体を気にしているから。


なんてことはない、俺は家族からしてみれば目の上のたんこぶ、厄介者、異物だ。

何の力もないただの子供の俺には、そう納得せざるを得なかった。




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